80年代、私立探偵ヴィクに胸ときめかせ、90年代、鍛冶職人メグ・ラングスローに共感し、00年代、お菓子探偵ハンナにジリジリしてる奥様、こんにちは。東西ミステリーベスト100からP・D・ジェイムズが消えたことに立腹し、年間ランキングにコージーやロマサスが入らない風潮を憂いているお嬢様、ごきげんよう。今月から月イチで、前月の女子ミスを総まくりしちゃおうってなコラムを連載することになりました。ゆるふわコージーからガチの女性刑事まで、時には女子読者好みの男性モノも含め、その月のお勧め作品「金の女子ミス」「銀の女子ミス」を選定いたします。よろしくおつきあいのホドを。

 先月いちばん嬉しかったのは、海の上のカムデン最新刊! 訳者あとがきによると、ようやくエージェントと連絡がついたそうで、コリン・ホルト・ソーヤーさんが存命であることがわかって一安心。『年寄り工場の秘密』(中村有希訳・創元推理文庫)は、近くに建った新しい老人ホームに幽霊が出ると聞き、アンジェラ&キャレドニアが体験入所して謎を探るってな話から始まります。ミステリ的には極めてストレートだけども、恋するアンジェラおばあちゃんが可愛いぞ。そしてこのシリーズ最大の魅力である「こんなふうに年を取りたい」と思わせるセリフが今回もてんこもり。コージーや3Fの主人公ってもともと読者のロールモデルとして存在したわけで、カムデンはその役目を今もきっちり守っている貴重なシリーズ。ソーヤーさんにはぜひ長生きしていただきたい。

 続いてお仕事コージーを。ヴァージニア・ローウェル『お菓子の家の大騒動』(上條ひろみ訳・コージーブックス)はクッキーカッター(型抜き)が謎解きの決め手になる「クッキーと名推理」シリーズ第3弾。町内の事件にヒロインが巻き込まれるテンプレ設定で、謎解きはまあたいしたことはないものの、小道具と事件の結びつきがイイのよ。家庭の歴史を語るコージーならではの小道具ってキルトが代表的だったけど、クッキーの型抜きにこんな工芸的見どころがあるとは。単にお仕事コージーってだけじゃなく、そういうアメリカの家庭文化に触れられるのがマル。しかもこのシリーズ、ヒロインのママがいい味出してる!

 ただ本書に限らず、「何の保険もかけず、証拠を探すために容疑者の家に忍び込む」という設定が私にはどうしても安易としか思えないので、そこで1点減点。スリルと情報を同時に提供するには便利な定番パターンだけど、ヒロインが考え無しに見えちゃうのよねえ。そこに工夫が見られると一気に評価が上がるんだが。

 ロマサスからのイチオシはスーザン・ブロックマン『少女たちは闇に閉ざされ』(田辺千幸訳・ヴィレッジブックス)。

 近未来のアメリカを舞台に、超常能力を持った主人公たちが敵対組織と戦うお話。設定と人間関係を飲み込むのにやや手間取ったものの、そこを過ぎれば一気加勢だ。もちろんロマンスなのでそれなりにホットな場面はあって、3組のカップル(うち一組は男同士ね)の行く末が読みどころのひとつではあるけど、それぞれのカップルの恋愛模様と事件の展開が絶妙にリンクしてくのよ。「こんなのホントの愛じゃないわっ」だの「男同士ですが試してみますか」とかやってる彼らに「あのー、あなたたたち今、誘拐された少女を一刻も早く助け出すというミッションの最中なんですが、覚えてますか?」とツッコミつつ、かなりハラハラさせてくれて、何度もひっくり返されて、伏線が意外なところにつながって、うーん、堪能。しかもタイプの違うイイ男がいっぱい! 私は断然シェーン派です。

 コンテンポラリーともパラノーマルとも違うので、コアなロマンスファンはどう感じるかわからないけど、「ロマンスなんてテンプレでしょ?」と思ってる一般読者にぜひお試しいただきたいエンタメです。

 いい男といい料理の組合わせがマーティン・ウォーカーの警察署長ブルーノのシリーズ。『黒いダイヤモンド』(山田久美子訳・創元推理文庫)ではトリュフを巡る事件が意外な展開を見せます。フランスの田舎町のコミュニティ描写、料理が得意なブルーノの生活描写、毎回相手の変わる(え?)ロマンスといったコージーの要素満載で、そこにシビアな歴史問題や政治問題をまぶしてくるのが特徴。

 これを読んで感じるのは、日々の生活と社会、政治、歴史は決して無関係じゃないんだってこと。ラグビーの試合を楽しみ、子どものためのクリスマスパーティを開き、恋愛にやきもきする生活と、戦争の歴史、国際的な犯罪、選挙なんてものが、実は分ちがたく結びついてるんだってことが自然と伝わってくる。良シリーズです。ところで胡桃のワインってどんな味?

 11月刊行だけど電子化は12月だったのでヴィヴェカ・ステン『静かな水のなかで』(三谷武司訳・ハヤカワ文庫)も入れちゃおう。スウェーデンの群島を舞台にした警察物。事件もさることながら、主人公の刑事(男性です)の幼なじみで、事件の舞台となった島に住むノラがいいのだ。夫と子ども二人と暮らしてるノラは、仕事で大きなチャンスを掴む。そのためには引っ越さなくちゃならないんだけど、医者をしている夫ヘンリケはハナから相手にしない。夫の仕事で引っ越すのは当たり前なのに、妻の仕事だとどうしてダメなの? ポイントは彼らの名前がノラとヘンリケってとこ。こりゃもうヘンリック・イプセンの『人形の家』を連想しますわなあ。本作では二人の亀裂は一応落ち着く(これがまたドラマティック)んだけど、たぶんこの問題は引っ張ると見た。

 この作品ね、なぜかポーラ・ゴズリングのブラックウォーター湾シリーズを彷彿とさせるのよ。どこが似てるってわけでもないんだけど、なんでだろ。自分への宿題として、既に発売されてるシリーズ2作目『夏の陽射しのなかで』を読むことにします。

 さて、では今月の「銀の女子ミス」は──ローナ・バレットのシリーズ第2弾『サイン会の死』(大友加奈子訳・創元推理文庫)だ!

 ヒロインが経営する古書店で人気作家のサイン会が開かれ、その作家が殺されるというもの。設定としてはアリス・キンバリー『幽霊探偵からのメッセージ』(新井ひろみ訳・旧ランダムハウス講談社文庫)と同じですね。

 1作目『本の町の殺人』は慌ただしい展開と人物の行動原理に納得がいかず(「何の保険もかけず容疑者の家に忍び込む」を2度もやってるし!)留保をつけたが、その欠点がすべてクリアされてる。なんだこのレベルアップは。思わす座りなおしたぞ。推理にも筋が通って「あっ」と言わされた。

 この変化は、それぞれのキャラがはっきりして、コミュニティとして機能し始めたせいだと思う。ロマンスの女王ノーラ・ロバーツに心酔してる人物がいるんだけど、「イヴ&ロークだけは認めない」と言い張るくだりにはニヤリ。店では本格ミステリを中心に扱うヒロインが、隣のキッチングッズのお店に来る客には「クッキング・ママ」のダイアン・デヴィッドソン『チョコ猫で町は大騒ぎ』ジョアンナ・カールを薦めたりする。ミステリ的な構造がしっかりしただけじゃなく、そういう細部がコージーに必須のリアルな生活感を生んでるのよ。

 何よりこの大団円のラストが、いかにも古き佳きコージーで気持ちいい! 古書店が舞台でありながらビブリオミステリではなく、業界情報もロマンスもほとんどない、人間関係だけでコージーはちゃんと成立する見本。3作目がアガサ賞候補になってるんで、今から楽しみ。

 そして記念すべき第一回の「金の女子ミス」は……ケイト・モートン『秘密』(青木純子訳・東京創元社)に決定!

 いやもう文句無し。年間ベスト級。幼い夏の日に偶然目撃してしまった、母が人を殺すところ。娘の証言で正当防衛となったものの、成長した娘は死の床にある母を見て、母の秘密を調べ始める。複数の世代の物語を並行して描きひとつの大きな謎を解くのは、『忘れられた花園』と同じお得意の趣向。しかしまあこれが、ドラマティックでエキサイティングで、もちろんミステリとしても驚嘆の連続で、欠点が見つかりません。特別な何かになりたいと熱望する少女、戦時中のロンドンでのロマンス。誇れるものと言えばサヤインゲンの栽培くらいだと思ってた母に、どんな人生があったのか。大金持ちの奥様とメイドだとか、ロケットペンダントの中の写真だとか、とっておきのナイロンストッキングだとか、衣装部屋だとか、どこをとっても最強の女子ミス。戦時中だって勝負の日にはハイヒールを履くわよだって女ですもの!

 悔しいのは、あまり批評で取り上げられることのない女子ミスを皆に知って欲しいと始めたこのコラムで、よりによってしょっぱなから七福神のうち三人が押してるベストとかぶってしまったってのがなあ。このコラムの存在意義が……でもそれだけ素晴らしい作品なんですよ。2014年、まずは『秘密』で女子ミスの壮大なロマネスクに浸るが吉!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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