書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
あけましておめでとうございます。新年最初の七福神をお届けします。例年12月は刊行点数も少なく、冬枯れの季節なのですが、さて、どんな作品が上がってきますことか。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
北上次郎
『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/上野元美訳
ハヤカワ・ミステリ
半年後に人類が滅亡するという設定なら、いろいろな物語が考えられるが、まさか殺人事件を捜査する刑事の物語とは、想像を絶している。もうそんなの、どうでもいいだろ! まったく素晴らしい。問題は、これが3部作の第1部であることだ。早く結末を知りたい。角川文庫『ウール』も3部作の第1部が刊行されたばかりだが(こちらも面白いのだ)、両方の訳者と版元に告ぐ! 第2部はいいから第3部を早く出してくれ!
川出正樹
『秘密』ケイト・モートン/青木純子訳
東京創元社
『忘れられた花園』から三年弱、ついに翻訳されたケイト・モートンの新作は前作を上回る現時点での彼女の最高傑作であり、謎と企みに満ちた豊穣な物語に秀作が多かった2013年を締めくくるに相応しい逸品だ。
1961年に母ドロシーが見知らぬ男を刺殺するのを目撃した16歳の少女ローレルは、半世紀後、母の死が目前に迫ったことがきっかけとなり事件の真相を探り始める。1961年と2011年、そして第二次世界大戦の最中の1941年と、三つの時代を往還する中で周到に伏線を張り入念に布石を打ちながら、次から次へと謎を呈示して読む者を物語の迷宮へと誘い込む手際のなんと見事なことか。そしてすべてが収斂した後に訪れる心憎いほど鮮やかな幕切れ。
人は生きている限り常に選択をし続けなければならない。その結果、「生身の人間がひとりいれば、その背後には必ず語られない部分(ブラック・スポット)が控えている」とローレルが述懐するように、誰しも“秘密”を交えて人生というタペストリを織り上げることになる。余韻に浸りつつ、しみじみとそんな当たり前のことを考えてしまった。必読。
千街晶之
『秘密』ケイト・モートン/青木純子訳
東京創元社
突然現れた謎の男を母親が刺殺する光景を目撃したヒロイン。半世紀の後、彼女は死期が近づきつつある母の過去に何があったのかを知ろうとする……。現在と過去を往還しながら、物語は愛と憎しみ、友情と誤解が交錯する哀しい運命の調べを奏でてゆく。最後の「秘密」が暴かれるその瞬間へと読者を運ぶ、計算され尽くした構成とたおやかな語りは完璧。これぞケイト・モートンの最高傑作。
霜月蒼
『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/上野元美訳
ハヤカワ・ミステリ
人類滅亡まで半年、世界で自殺が相次ぐ中、一件の首吊り事件に殺人の疑いを抱いて新米刑事が孤独な捜査に邁進する——という設定だけで勝利したようなものだが、キャラよし、語り口よし、サブキャラも印象的ならサブプロットも手が込んでいるという清新な快作。「この世界ならでは」の動機が(間違いの推理を含めれば複数)用意され、若き刑事の意地、動機の哀切など感情のドラマも鮮烈なのに長すぎないのもすばらしい。K・モートンの話題作『秘密』は、『千尋の闇』『闇に浮かぶ絵』あたりのロバート・ゴダード好きにおすすめのページターナーでした。
吉野仁
『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/上野元美訳
ハヤカワ・ミステリ
およそ半年後に小惑星が地球に衝突するとされる世界を舞台にした異色ミステリー。終末感がただようなか、新人刑事が自殺と思われた事件を捜査していく。そのなんともいえない不安感をはじめ、人々の心理がうまく描かれている。三部作の第一作で、衝突の日が近づいていく第二、第三作をはやく読みたい。
酒井貞道
『秘密』ケイト・モートン/青木純子訳
東京創元社
今月はどう考えても『秘密』以外あり得ない。二十一世紀、六十代も後半を迎えた娘(ローレル)が、死の床にある老母(ドロシー)の七十年前の秘密を探る。この構図の話をあのケイト・モートンが書くのだから、面白くならないはずがない。現代パートを穏やかにしっとり描く一方、過去の戦中ロンドンのパートを実に闊達に描いてコントラストを付けている。少女時代の夢を実現したローレルと、夢に破れた(と仄めかされる)ドロシーの人生の対比も興味深い。そして、次第に明らかとなるドロシーの衝撃的な秘密! 伏線の張り方も素晴らしい。細かいエピソードや台詞回しにもいちいち血が通っている、あらゆる意味で素晴らしい小説である。正直、今月ベストどころか年度ベスト級である。
杉江松恋
『いにしえの光』ジョン・バンヴィル/村松潔訳
新潮社クレストブックス
ミステリー読みならば無条件で『秘密』か『地上最後の刑事』を選ぶべき月なのだが、大好物のテーマを扱った小説が出たので仕方ない。これは回想の小説だ。主人公の老俳優が思いを巡らせるのは、若き日に自分の初体験の相手になった女性のことで、なんと友人の母親なのである。性に開眼したばかりでどこまでも貪欲な少年と、その欲望を受け止める年上の女性との関係は、いつ、どのようにして終わることになるのか。決定的な瞬間に向けて物語は突き進んでいく。そこに重ねあわされるのは主人公の自殺した娘のエピソードであり、読者の心に別のざわめきが重ねられ、複雑な波紋を描いていく。ブッカー賞受賞作『海に帰る日』に重なるテーマの作品でもあり、併せて読むとさらに味わい深い。
というわけで綺麗に票が分かれた12月でした。先月のバラバラぶりとはうってかわって、おもしろい結果になりましたね。それではまた来月、この欄でお会いしましょう。(杉)