北欧と言えば? ヤコブセンやアアルトの家具がお好きな奥様、こんにちは。マメリッコのファブリックがお気に入りのお嬢様、ごきげんよう。アアルト&マメリッコのお部屋で紐解くならやっぱり北欧ミステリですよね。ただ常々不思議なのが、北欧ミステリはなぜどれもこれも暗くて重くて寒くて猟奇なのかってこと。家具職人のお仕事ミステリとかサウナ探偵とかがあってもよさそうなのにねえ。

 カーリン・イェハルドセン『パパ、ママ、あたし』(創元推理文庫・木村由利子訳)はスウェーデンのショーベリ警視シリーズ第2弾。シリーズ前作『お菓子の家』が、タイトルと装丁からてっきりコージーだと思ったらまぁ、ビックリするほど暗くてひっくり返ったもんですが、今回も辛い重い暗い。不良娘がヤラれて殺されるくらいはまだしも(←これを「まだしも」という時点で基準がおかしい)、瀕死の赤ちゃんが公園で発見され、近くには母親の死体が。しかも、そのお母さんにはもうひとり三歳の女の子がいて、彼女は家にひとりきりなのに、誰もそのことを知らない!

 ママを呼びながら空腹に歩き回る女の子。重くなったオムツの描写や、冷凍食品を凍ったままかじる描写など、もういちいち具体的で辛い辛い辛い。誰か早く気付いてあげてと泣きそうになったね。異変に気付いた見知らぬおばあさんの頑張りだけが救いだったわ。

 でも、 4分の3が過ぎて物語が解決に向かい出してからは一気呵成! そして終わってみれば、まあ実に巧く色んな物事が繋がっていて、「あらやだそれが伏線だったのね!」というのも多々あったりして、感心させられたのだった。あー、それにしても辛かった。

 けれどそれほど残酷じゃない北欧ミステリもあるのよ。ヴィヴェカ・ステン『夏の陽射しのなかで』(ハヤカワミステリ文庫・三谷武司訳)は、トーマス警部&ノラのシリーズ第2弾。出版は1月。電子化が予定より遅れたため今月の紹介になりました。

 舞台は夏のスウェーデン、華やかなヨットレース。スタートの号砲とともに、レースの本命だった有名弁護士が狙撃された。すらりと並ぶ参加艇、たくさんのギャラリー、そしてマスコミ。いったい誰がどこから撃ったのか? ──北欧ミステリらしからぬなんて明るいリゾートな舞台、しかも夏!

 事件もかなりハラハラさせてくれるけど、特にノラとヘンリケ(このネーミングが何を意味するかは、12月度のこの稿で書いた通り)の夫婦の問題は世の奥様と語り合いたいね。どっちが悪いわけでもなく、ただ根本的な価値観の相違ですれ違う夫婦がこのあとどうなるのか、珍しく生活感のある北欧ミステリ。第3巻が楽しみ。ってもう発売されてるんですけどね。電子化待ってます。

 あ、ただ注意を一点。本書はシリーズ第1作『静かな水のなかで』を、完膚なきまでにネタばらししてます。なので刊行順に読むが吉。

 今月のコージーはクレオ・コイル『謎を運ぶコーヒー・マフィン』(原書房コージーブックス・小川敏子訳)。シリーズ11作目の本書から原書房に移りました。

 実はこのシリーズ、ヒロインの恋愛脳がどうしても好きになれず、刊行当時は3冊で断念したのよ。ところがコージー番長の杉江松恋さんから「もったいない!そこからが面白いのに。7作目でいろいろスッキリするから」と言われ、今回しぶしぶ読んでみたわけさ。

 そしたら、おお、なるほど、確かに7作目で人間関係が片づいたよ! 人間関係が片づくってことはヒロイン・クレアの恋愛脳も落ち着くってことで、ぐんと読みやすくなりました。ありがとう松恋さん! その嫌悪感がなくなれば、あとはコージーにお馴染みのお仕事描写に料理描写、ムダにアクティヴな姑、個性的な脇役たち。今回は知り合いが轢き逃げに遭い、クレアと元夫のマテオはある組織に狙われるという派手な展開。マンハッタンの交通事情や雑多な階級の住人など(街の描写はピカイチ!)、この地域ならではの特徴が事件に深く関わります。いいじゃんいいじゃん。うん、また続けて読んでみよう。

 ただ、このシリーズ引き継ぐならアリス・キンバリーの幽霊書店シリーズも引き継いで欲しかったなあ原書房。あっちの方が面白いと思うの。

 さて、ここからはどれを銀の女子ミスにするか迷いに迷った3冊を。七福神でも人気だったし、自分が解説書いた本なので、ここはちょっと遠慮してミネット・ウォルターズ『養鶏場の殺人/火口箱』(創元推理文庫・成川裕子訳)を先に出しちゃいましょう。

 ミネ子さん初の中編集。「養鶏場の殺人」は100年近く前に実際に起きた事件をあらためて検証し、小説仕立てにしたものです。話だけ見ればよくあるメロドラマ的事件で、死んでしまう女性は「自分の理想と違う現実を認めない人」。でもイタいだけじゃなく、静かな悲しみがじわじわ滲んでくるのね。美容院の場面は出色。

 そして「火口箱」はすごいよ!これ一作だけで今年のベストミステリの上位に入れてもいいくらい。狭いコミュニティの中で偏見や差別が暴走し、悲劇を招く。カットバックを使って「何が起きているのか」を少しずつ読者に見せる手法はさすがのお家芸! 後で分かる緻密な伏線と言い、閉塞感みっちりのコミュニティの描写と言い、中編でこれだけ著者の粋が詰まってるって、やっぱすごいわ。ミネ子さん未体験読者はぜひ本書からどうぞ。

 ロイス・ダンカン『殺意が芽生えるとき』(論創社・藤盛千夏訳)も収穫! 夫に先立たれ、幼い子ども二人と暮らすお母さん。けれど子どもが危険な目に遭う事件が続く。彼女が振った元カレのせいに違いない。ところが事態は思わぬ方向に──。

 最初は「また子どもが辛い目に遭う話?」とちょっとうんざりしかけたんだけど、途中、ある事件が起きてから俄然面白くなるよ。犯人はこの中にいる!という状態で、読者としても誰を疑えばいいのかとっても迷う人物配置。怪しいと思ったらひっくり返され、そのたびにそこにドラマが浮かび上がる。巧いなあ。二転三転の先に辿り着く真相が、これがまた切なくて、でも前向きで。短くて読みやすい、なのに濃密。

 以上2作は、他の月なら銀の女子ミスに入れてたレベルです。

 というわけで接戦を制した今月の銀の女子ミスは、サラ・プール『毒殺師フランチェスカ』(集英社文庫・三角和代訳)だ!

 15世紀末のローマ、唯一の身寄りである父を殺された十代の女性フランチェスカが、父のあとを継いでボルジア家に仕える毒殺師になる。主人の安全を図り、毒が盛られたりしないようチェックする仕事なのだが、政敵の毒殺なんかも命じられてしまうのね。

 本書ではまず、フランチェスカは父を殺した犯人を探そうとするわけよ。でも話はそこで終わらず、ある人物の毒殺指令をボルジアから受け、陰謀渦巻く中で更なる危険が……。頭脳戦ありアクションあり、謎のイケメンありユダヤを巡る歴史的社会問題あり。当時の医療のあれこれも実に興味深い。おまけにいざとなれば複数のタイプのイイ男が彼女を手助けするというナイスな設定も萌えどころ。もちろん「女は不浄」の時代にがんばるフランチェスカちゃんを応援せずにはいられない。

 ローマ史に疎くてもぜんぜん問題無し。ほら、教皇選出の「コンクラーヴェ」って聞き覚えない? あれが本書のキモになる。不思議なもので、「あ、あの根比べってダジャレの」程度の知識しかなくても、知ってる単語がひとつあるだけで俄然理解しやすくなるもの。背景も用語も、さりげなくわかりやすい描写ですんなり世界に入れます。むしろこれを読むと、15世紀ローマをもっと知りたくなる。早く続きが読みたい!

 そして今月の金の女子ミスは、スーザン・イーリア・マクニール『エリザベス王女の家庭教師』(創元推理文庫・圷香織訳)に決定!

 舞台は1940年代のイギリス。ヒロインのマギーは数学の学位も持ち、暗号の知識もあるのに、首相官邸での秘書官募集には女だからという理由でタイピストでしか採用されなかった。そこでなんだかんだあって力を発揮し、見事MI-5のスパイに採用されたのが前作『チャーチル閣下の秘書』のラスト。

 だから本書では女スパイとして大活躍するマギーが見られるかと思ったら……わははは、運動神経なさすぎてスパイ落第だって(大笑い)。代わりにマギーは14歳のエリザベス王女の数学教師を命じられます。もちろん、ウィンザー城の中でナチスドイツに与している人物をあぶり出すというミッション付き。

 いや面白いわハマるわこれ。ここ数年で始まったシリーズの中でいちばん好きかも。冒険小説とコージーの配分が絶妙で(Uボートと花嫁介添人が同じ文脈で語られるミステリが他にあるか?)、しかも暗号の話になると、実際に起きた女王暗殺未遂事件で使われた暗号文を写真入りで出し、それがどういうものだったか、マギーが若いエリザベス王女に話して聞かせるなんて場面もあるんだぞ!

 で、明るくてしっかりしてる14歳のエリザベス王女は、のちに女王となり、85歳で007にエスコートされてロンドンオリンピックの開会を宣言しちゃったりするわけですよ。そりゃスパイと一緒にUボートで立ち回りやってもおかしくないわ。

 本書はリース・ボウエン『貧乏お嬢様、メイドになる』のシリーズと併せて読むともっと楽しい。貧乏お嬢様にも出てきた王室のあの人は数年後にはこうなるのか、なんてこともわかるし。映画『英国王のスピーチ』を見た人は更に楽しめるかと。本書にはロンドン市街の爆撃とそれに負けない市民の姿も描かれてて、ケイト・モートン『秘密』も同じ時代、同じ場所の話だなあと、どんどん読書が広がります。

 とまれ、このシリーズはヒットですよ。「男社会で頑張る女性」というありきたりの切り口ではなく、その女性を通して時代を描くことこそが狙い。主人公が女性だから、政治や軍事の話だけでなく、それが生活にどう影響していたのかがわかる。しかもサスペンス満点! お勧めです。遅れてきた推薦で申し訳ないけど、『チャーチル閣下の秘書』と併せて熱烈全力プッシュだ!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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