“英国本格ミステリの正統なる後継者”ジム・ケリーはここがすごい!

「今、現代作家の中で謎解きミステリを構築するセンスの良さという点で、頭一つ抜けているのがジム・ケリーだ」——川出正樹氏

「現代海外ミステリにおける本格謎解き小説の名手は誰か、と聞かれたらジム・ケリーの名前を筆頭に挙げるだろう」——若林踏氏

 上の引用は、「ミステリマガジン」2014年6月号に掲載された「クォータリー・ベスト」からです。2014年1月1日〜3月31日に出た海外ミステリから、川出さんと若林さんが担当書の『逆さの骨』を選んでくださっている! しかもすっごくほめてくれている! ということで、単純なわたしはうれしくなり、著者であるジム・ケリーさんの魅力をもっと多くのひとに伝えるべく筆をとったわけでございます。

 ジム・ケリーさんは2003年に『水時計』でデビューしたのち、2006年には英国推理作家協会の図書館賞を受賞しました。この賞はイギリスの図書館員によって選ばれるもので、作品ではなく作家自身に対して授与されます。要するに図書館員による好きな作家投票みたいな感じですね。本国イギリスでも実力を評価されていますが、日本でも『水時計』は「2010本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の海外ランキング第4位、二作目『火焔の鎖』は同じく「2013本格ミステリ・ベスト10」で第3位に輝きました。“人生を変えられた一冊”はドロシー・L・セイヤーズの『ナイン・テイラーズ』である! と語るなど、伝統的なミステリを愛し、黄金期の探偵小説を彷彿させる謎解きミステリを執筆しています。いまどきこういう硬派(?)な作家さんって珍しいんじゃないでしょうか。

 そして、三作目『逆さの骨』も、上記のように既刊を上回る高評価をいただいております。とはいえ「ミステリのランキングなんて興味ないわ……」「本格とかってよくわからん!」という方もいらっしゃると思います。ということで、今回はミステリ的評価ではなく、キャラクターと人間ドラマの面から、ゆる〜く紹介してみようかと思います。

 さて、まずは主人公のフィリィップ・ドライデンさん。職業は新聞記者で、30代。外見はというと、短く刈った濃い黒髪で、まっすぐな眉と突きだした頬骨、深く窪んだ目など初期のノルマン建築を思わせる顔! です。この表現毎回出てくるので、ジム・ケリーさんよっぽど気に入っているんだろうな……。もともとはロンドンの有名新聞社で働いていましたが、不幸な自動車事故に遭い、現在はイーリーという町で『クロウ』という週刊新聞の記者をしています。性格はひと言でいうと、まぁ陰気というか陰鬱というか暗い感じです。おまけに犬が怖い、狭いところが怖いなど恐怖症だらけ。“フェンズ”と呼ばれる沼沢地帯にあるイーリーという町に住み、グレート・ウーズ川に浮かべた船で暮らしています。

 このドライデンさんの人生を一変させた出来事というのが、悲惨な自動車事故。イーリーからロンドンへの帰路、無謀運転の対向車がふたりを乗せた車を排水路に突き落としたのです。ドライデンは何者かによって救出されましたが、妻のローラは、三時間にわたり車内に閉じ込められたままでした。その出来事のせいで、ローラは“閉じ込め症候群(LIS)”という状態になってしまいます。身体機能は正常で、ある程度まわりの状況を把握しているはずなのに外的刺激に反応せず、病院のベッドに横たわり続ける……。実はこの事故についても、驚くべき真相が用意されています。

 ドライデンは昏睡に近い状態になってしまったローラに声をかけ、ずっと見守っていますが、物語が進むにつれて、ローラの状態とふたりの関係は少しずつ変わっていきます。このふたりを中心にした人間ドラマがまさに読みどころなのです! 「なぜローラを置き去りにしてしまったんだろう」という自責の念を消すことが出来ずに、ひたすら鬱々と悩み、傷つきながらも生きていくドライデンさん。その姿はたまらなく人間くさくて、でもそこがいい! リアルでシビアで丹念な人物描写が、小説としてのおもしろさを支えているのです。

 この人物描写のうまさは、他の登場人物たちにも活かされています。特にドライデンのお抱え運転手、ハンフ。彼がまたおもしろいキャラクターで、ドライデンさんとの妙なやりとりがあるたびに、ニヤニヤしてしまいます。小型タクシーの運転手で、取材のたびにさまざまなところへ行くドライデンさんを運んでいます(事故のせいで、ドライデンさんは運転をしたくない、という事情がまた泣かせます)。“運転席にすわっているよりも、そこに無理矢理はめこまれているといったほうが近い”という、100キロを超える立派な体。ほぼタクシーの外へは出ず、ひたすら語学テープを聴いてカタロニア語やポーランド語やらの勉強をしています。奥さんが彼を捨て、村の郵便配達人と駆け落ちしたせいで、郵便配達人を見かけるたびに車を寄せて自転車から突き落とそうとする、というエピソードが好きですね(笑)。まぁとにかく変わった人間で、彼とドライデンさんの仲が良いんだか悪いんだかわからない掛け合いがとっても楽しい! 皮肉だらけの会話は、いかにもイギリスの小説という感じです。彼の存在が、この作品の清涼剤(?)になっています。

 このような人物たちがひしめくイーリーという町を舞台に、ドライデンさんが不可解な状況で発見された死体や事件の謎解きを繰り広げる! というのがシリーズを通しての特徴です。緻密かつ堅牢な謎とその美しい解決、という現代本格ミステリとしての良さもさることながら、キャラクターや人間ドラマもおもしろいんだよー! ということが伝われば幸いです。気になった方は、ぜひ作品を手にとっていただけますとうれしいです。ちなみに、「玉木亨のイチ押し本」(http://wordpress.local/1275261770)で、訳者の玉木亨さんによるイーリーの写真が見られます。こちらもあわせてどうぞ。

連載「冒険小説にはラムネがよく似合う」(執筆者・東京創元社S)