《会場に参加者たちが到着する》

 ぼくらは金沢各方面からやって来た。1人は遠方からやって来た。そのうち何人かは数分間、道に迷って到着した。

 ぼくらは炎天下の道のりで汗をかいている。会場は元置屋の古く趣のある建物である。

 ぼくらはここで、アゴタ・クリストフの『悪童日記』を語り合う。

 ぼくらは、世話役の翻訳者、軽業バーテンダー、トップセールスレディ、不思議な介護士、バイトの書店員、遠来の客、エロ看護師の7名である。

 参加予定の泥酔図書館職員は、3部作を読破したにもかかわらず、3日酔いで欠席した。

 軽業バーテンダーは、会の開始間際から作品を読み始め、読み終えたら駆けつける予定という軽業を早速魅せる。

 世話役の翻訳者が言う。

「それでは時間ですので、そろそろはじめましょうか」

 アゴタ・クリストフ作品は全て堀茂樹氏の翻訳であり、どの作品にも氏による充実した解説が付されていること、映画公開予定の『悪童日記』が何故か文部科学省推薦であること、前売り券購入者は『悪童日記』風ノートが貰えるなどの紹介がある。

 エロ看護師が口を挟む。

「アゴタ・クリストフは通の間で、ゴタクリと略されているとかいないとか……」

 不要なウンチクは笑いどころか、反応も産まない……。

 ぼくらは自己紹介する。

 遠来の客が言う。

「自分の県では、読書会参加者が40人を超えます。あっという間に満席になるので、速攻で申し込む癖がついてしまいました」

 エロ看護師は返す。

「200人は凄いですねええ」

 遠来の客が答える。

「40人と言いましたが……」

 聴力を鍛える……。

《参加者たちが感想を語る》

 トップセールスレディが言う。

「この作品は日本語版が発売されたと同時に読んで衝撃を受けたが、具体的には憶えていなかった」

 更に言う。

「しかし今回の再読で、作品は主人公の作文の体裁をとっており、その内容が主人公から見た事実のみに限定されること、これを今までになかった表現法として鮮烈に感じたのを思い出した。

 主人公が生きていくためにしたこととは言え、読んでいて怖くなる作品。筆致は乾いているがユーモアがある」

 不思議な介護士が言う。

「子供が子供らしく生きられない時代がエゲツない。皆川博子の『死の泉』に雰囲気が似ていた。暗い気持ちになるが、続編が凄く気になる。

 でも、猫は虐めてはいけない」

 彼女は猫を2匹飼っている。

 遠来の客が言う。

「子供が強く生き抜く作品。ふたりの実務能力の高さが印象深い。続編は必読だと思った。ドライな筆致が佐藤亜紀の『ミノタウロス』を思わせる。映画がどこまで再現できるかが楽しみ」

 世話役の翻訳者が言う。

「原題“大きなノート”の邦題を『悪童日記』としたことで、より多くの読者を獲得したと思う。よく“衝撃的”と形容される作品だが、どこをそう感じるかは読む人によって違うのでは。本木雅弘、糸井重里など、影響を受けた有名人も多かった記憶が」

 トップセールスレディも言う。

「水道橋博士のブログタイトルも『悪童日記』から付けたらしい」

 エロ看護師が言う。

「自分的には神童日記。パンツも穿かずに糞する婆あ。ドMの将校とホモ達、好き者で陰毛の濃い女中、言いなりの従卒、ロリな司祭、ド淫乱な兎っ子など登場人物がキャラ立ちしまくり。

 人物名にも町の名にも固有名詞が全く使われていないので読みやすい。ゴタクリの全作品、亡命への後悔がメインテーマ」

 バイトの書店員が指摘する。

「先程から従卒をトソツとおっしゃっていますが、読み方はジュウソツですよ」

 日本人特有の薄ら笑いを浮かべるエロ看護師。赤恥に耐える……。

 バイトの書店員が言う。

「初めて読んだが、それほどの衝撃は受けなかった。しかし、ルールを使った作文の書き方は新鮮。感情はあるのだが、あえて書いていない。靴屋の“無理して言うことないんだよ”という言葉が、主人公の後の行動に影響を与えたのではないか」

 読了直後の軽業バーテンダーが会場に到着する。間に合い方も軽業師。

 バーテンダーは言う。

「一人称複数で書かれた作品を読んでみたかった。“ぼくらは”という表現が何かの仕掛けかと思ったが……。魔女と呼ばれるおばあちゃんが途中から好きになった。主人公のおばあちゃんに対する愛情表現の書き方が上手い」

 遠来の客が言う。

『ジェイン・オースティンの読書会』も、一人称を“私たち”とすることで独特な効果をあげていたが、映画化作品ではその効果が消えてしまった」

《語り合いの果て》

 双子が××する結末が腑に落ちない、気になるとの感想が多出したので、ぼくらはこの点を突き詰めていく。

 3部作の解説や著者の自伝などから、参考になる箇所を読みあげつつ意見交換。2作目、3作目未読の参加者を泣かせぬよう、ネタバレを巧みに避けつつ討論が展開される。

 軽業バーテンダーがまとめる。

「焼きすぎて凄く焦げているのに、中は生の肉のような、でも美味い作品」

 ぼくらは、上手いことまとめられて頷き合う。上手いことまとめるのを鍛える……。

 せっかくまとめたのに、エロ看護師は言う。

「やっぱ、スカートも穿かない婆あが可愛いですよね」

 不思議な介護士が突っ込む。

「パンツもスカートも穿かなかったら、下半身丸裸じゃないですか」

 赤恥に耐える……パート2。

市川史朗(いちかわ しろう)

下ネタ専任看護師。酒とミステリー小説をこよなく愛する下ネタ野郎!

『ミステリー小説まとめチャンネル』 http://mysterych.ldblog.jp/ は泣かず飛ばず……。

Twitter 友治の孫 https://twitter.com/tomozinomago も不評ツイート中!!

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◇世話人より追記

次回の翻訳ミステリー金沢読書会は、諸事情により少し先になりますが、年明けの1月10日(土)に開催予定です。課題書はエラリー・クイーンの『ギリシャ棺の秘密』。12月初めには詳細をご案内しますので、順次刊行中の国名シリーズ新訳を楽しみつつお待ちいただけたら幸いです。

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