メイドという職業についてウィキペディアの記事を見てみると、その仕事の内容は多岐にわたっていて、役割によって呼び方もさまざまなのだと知ることができる。この記事を読むまで、メイドの中にも役割分担があり、序列が存在するということを知らなかった。詳しい人には当然の知識なのかもしれないが、そのことにまったく思い至らなかったのは、家庭内の作業がどれほど大変なものかということへの、私自身の理解のなさによるものなのだろう。
またメイドは、単なる職業という枠組みだけで語られる存在ではなく、富裕層と貧困層、あるいは支配する者と従う者を明確に区別するひとつの要素であったとも言える。
《メイドとは、他人の家庭内におけるさまざまな作業を一手に引き受ける職業である》
メイドを端的に説明するならこのようになるだろうし、それはそれで間違いではない。しかし、メイドという言葉と存在は、それ以上に、「富裕層におけるステータスシンボル」としてのメイドだったり「低賃金かつ重労働の代名詞」としてのメイドだったりと、地位や身分にかかわるさまざまな意味合いを有していた。そして、当然ながら個々のメイドが持つ能力や知性についてはまったく問題にされなかったのである。
このようなことを考えたのは、マライア・フレデリクス『レディーズ・メイドは見逃さない』(吉野山早苗訳 コージーブックス)を読んだからである。レディーズ・メイドというのは、使用人の中でも上級と位置づけられる、その家のレディにかかわる一切をお世話する存在。ハウスキーパー(いわゆる家政婦長のような存在)の次に地位の高い使用人のようである。
舞台は1910年のニューヨーク。事業で成功し財を得たベンチリー家は、その財に見合った暮らしをするためにニューヨーク州スカーズデールからニューヨーク市に引っ越してきた。財に見合った暮らしをするには、優秀なメイドが必要だ、ということで紹介状を手にベンチリー家を訪れたのがジェイン・プレスコット、この物語の主人公である。前に仕えていたアームズロウ夫人が亡くなり無職になったジェインであったが、その賢さと思慮深さを買われ、ベンチリー家を紹介されたのだった。
ジェインは、ベンチリー家の二人姉妹をお世話するレディーズ・メイドとして雇われたが、その優れた洞察力は、二人姉妹のみならずベンチリー家全体におよび、いろんな局面でベンチリー家の面々を立てつつもうまくフォローしていく。けっして出過ぎず、しかし必要とあらば臆することなく大胆な行動を取るジェインは、レディーズ・メイドとしてベンチリー家の信頼を勝ち取ることになる。そんなベンチリー家の、社交界デビューまもない姉妹の妹シャーロットに、名門ニューサム家の跡取り息子ノリーとの結婚話が持ち上がるところから事件が始まる。
ニューサム家がかつて経営していた炭鉱で起こった崩落事故。子ども8人を含む121名の炭鉱夫たちが亡くなったこの事故では、当時炭鉱を運営していた会社とその母体であるニューサム家への批判が巻き起こった。事故から10年を経過した現在(1910年)も、無政府主義者と呼ばれる労働者階級の間でそれはくすぶっていた。そんな折、ニューサム家に脅迫状が届き始める。因果関係は明らかでないものの、脅迫状の存在を知った誰もが、過去の悲惨な事故と結びつけ、無政府主義者の復讐ではないかと不安を抱いていたのだった。
ノリーとシャーロットの縁談は、そんな不安に包まれるなか準備が進められていたが、いよいよ婚約を発表するという大事な晩餐式の夜、ノリーは何者かに惨殺されてしまう。脅迫状との関連も取り沙汰されるなか、死体が発見された状況から、婚約者であるシャーロットにも疑いがかかりかねないと見て取ったジェインは、持ち前の洞察力と行動力で事件の真相を知るべく調査を開始する。
1900年代初頭のアメリカは、多くの移民が押し寄せた時代だった。特にドイツ、アイルランド、イタリアなどからの移民が多く(ジェインもスコットランドからの移民という設定である)、そのほとんどが貧困や宗教的、政治的迫害から逃れるために祖国を離れた。移民たちは民族ごとにアメリカのあちこちに散らばったが、本作の舞台であるニューヨークには、アイルランドやイタリアからの移民が根付いたという。困窮から脱するため仕事を求めてアメリカに来た移民たちだったが、労働条件は過酷で、その望みが叶う可能性はほとんどなかった。作中描かれる炭鉱の崩落事故とその後の対応も、労働者層に対する富裕層の無関心さを象徴したエピソードと言えるだろう。一部の富裕層に富が集中し、貧困層との溝は狭まる見込みもない時代だったが、一方で労働者の環境を改善すべく、さまざまな労働団体が興ったのもこの時代である。
誰がノリーを殺したのか。本作の謎はたったこれだけで、とてもシンプルな犯人探し小説なのだが、上に挙げたような時代背景ゆえ、同じ殺人でありながら富裕層と労働者層という立場によってちがった見方が披露される。ジェインの調査によって明かされる真実は、けっして後味のよいものではないが、メイドといういわば貧困層の側でありながら、富裕層にもコミットできるという自分の立場を賢く利用し、双方の信頼を得つつ事件の真相を見抜いていくというジェインの所作は、おそらく誰の目にも魅力的に映ることだろう。
また、ラストにはちょっとした仕掛けが施されており、読者はここでようやくこの小説(というかシリーズ)の構造を知ることになる。今月刊行された、シリーズ2作目となる『レディーズ・メイドと悩める花嫁』にも当然ながらこの構造は継承されており、それがこのシリーズに独特のカラーを添えていることは間違いない。ちなみに2作目は移民問題や女性参政権の問題が取り上げられており、1作目以上に歯ごたえを感じる仕上がりになっているが、ミステリーとしての出来ばえもとてもよいので、1作目とあわせてこちらも手に取ってもらいたい。
さて、すでにお気づきの方もいるだろう。私はここまで、本作を紹介するのに必ず用いられるであろう、ある言葉を用いなかった。その言葉に頼らず、この作品の魅力をどこまで伝えられるか、とか、その言葉を使うことによってこれから読もうとしている人に予断を与えてしまうのではないか、とか、使わなかった理由はいくつか挙げられるのだが、私自身その言葉の意味するところをよく理解していない、というのが実はいちばんの理由かもしれない。
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大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。 |