『チャイルド44』で華々しいデビューを飾り、一躍ベストセラー作家の仲間入りを果たしたトム・ロブ・スミスの最新作である。
『チャイルド44』は『グラーグ57』『エージェント6』と書き継がれ、旧ソ連の秘密警察捜査官レオ・デミドフ三部作として完結した。三作とも旧ソ連という国家のあり方を問う、スケールの大きな骨太の大作だった。本書は打って変わってどこまでも“家庭的”で、誰の身にも起こりうるような身近な話だ。これが読ませる。語りの妙にページを繰る手が止まらなくなる。
物語は“ぼく”が父親からの電話を受けるところから始まる。ロンドンでガーデン・センターを経営していた“ぼく”の両親は、老後をのんびりと過ごそうと、数ヵ月前にスウェーデンの田舎に移住しており、今は悠々自適の毎日を送っているはずだった。が、父の電話は思いもよらないものだった——「おまえの母さんのことだ……具合がよくない」それも心を病んでしまったというのだ。ふたりが移住したスウェーデンの田舎ではひそかに犯罪がおこなわれており、その犯罪には自分の夫も加担している。おまえの母さんはそんな妄想に取り憑かれてしまった、と涙ながらに語る父親のことばに“ぼく”は唖然としながらも、何はともあれ、すぐに現地に向かうことを約束する。そして翌朝、ヒースロー空港で搭乗ゲートに向かっていると、今度は母親から電話がかかってくる。「あの男(父親)があなたに言ったことは全部嘘よ。わたしの頭はおかしくなんかなってない。お医者さんに診てもらわなくちゃならないようなことは何もない。わたしに今必要なのは警察よ」母親の話しぶりは精神に異常を来たした者のそれではなかった。理路整然としていた。“ぼく”は両親のどちらを信じればいいのか。父か? 母か? そもそも父も加担していると母が訴える犯罪とはいったいどんな犯罪なのか? そんなことを思って混乱する“ぼく”には、実は何年にもわたって両親につきつづけている嘘があった。一方、両親のほうにも“ぼく”に隠している秘密があった……
どこにでもありそうな一家庭内のことさら珍しくもないごたごたである。繰り返しになるが、しかし、これが実に読ませるのだ。“ぼく”の母親ティルデの問わず語りに否が応でも引き込まれる。いささか過剰なところはあっても、ティルデのことばは筋道立っており、彼女が次々に提示する犯罪の“証拠”の品とともに謎はいよいよ深まる。そして、その謎の答は最後にほろ苦く明かされる。そこでは多くの読者が深く胸を打たれるはずだ。キャラクター造形の巧みさ、語りとプロットの妙、まさに作者トム・ロブ・スミスの作家としての才能がいかんなく発揮された、文句なしの傑作である。
もう何十年もまえのことだが、翻訳もなさっていたミステリー作家の故小泉喜美子さんがこんなことをこぼしておられたのをたまたま耳にしたことがある。ミステリー作家というのは普通の作家より大変なのよ、だってとにもかくにも読者をびっくりさせなくちゃならないんだから。そんな意味のことばだった。私事ながら、当時はまだ駆け出しの翻訳者で、おもに地味な私立探偵小説を訳していた私は、ひとりかふたりしか死なない探偵小説よりもっと派手な、最低七、八人は死ぬミステリーも訳したいなあ、なんぞと思っており、小泉氏のこのことばには大いにうなずいたものだ。もちろん、死ぬ人間の数に読者がびっくりするわけではないが、一時期流行ったサイコスリラーや連続殺人鬼ものには、これでもかこれでもかといったどぎつさとあざとさで、読者をびっくりさせようとする作品も少なくなかった。日本の翻訳ミステリー界は昨今、いわゆるイヤミス流行りだが、これも読者がたいていのことではもうびっくりしなくなったことと無縁ではないだろう。本書はその真逆を行く。著者自身、この結末がなければ本書を書くことはできなかっただろう、と言っているが、どこまでもほろ苦い真実が明かされながらも、最後には、やっぱり人間っていいなあ、家族っていいなあ、と思わせてくれる。看護師がティルデの思いを伝える最後のひとことには胸が熱くなる。
もう一度言わせていただきたい。文句なしの傑作である!
(写真は2011年来日時のトム・ロブ・スミス。写真提供=新潮社・若井孝太氏)
田口俊樹 (たぐち としき) |
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1950年、奈良市生れ。早稲田大学卒業。“マット・スカダー・シリーズ”をはじめ、『チャイルド44』『パナマの仕立屋』『神は銃弾』『卵をめぐる祖父の戦争』『ABC殺人事件』『シャンタラム』『暴行』『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『カクテル・ウェイトレス』『暴露』(共訳)など訳書多数。著書に『おやじの細腕まくり』『ミステリ翻訳入門』。 |
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