書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 毎年恒例のランキング月間も終わり、年末年始のお休みに読む本の検討に入った方も多いと思います。さあ、そういうときも怠らず新刊の情報をお伝えします。11月は嵐の月でした!

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

酒井貞道

『古書奇譚』チャーリー・ラヴェット/最所篤子訳

集英社文庫

 柔弱なる文系男子同志諸君、刮目せよ! 我らにぴったりのビブリオ・ミステリが登場したぞ!

 基本的に文弱の士は、引っ込み思案で根暗で自信がなく、いじけており、異性どころか人間関係全般に消極的だが、プライドは妙に高いうえに、恋愛感情を一丁前に抱くと相場が決まっている。そういう人の理想的恋愛とは、趣味が同じ美女が自分に惚れてくれることだ。彼女は自分のことを限りなく尊敬し、諸々の考え方は最初から完全に一致しているため、認識をすり合わせる必要はない。何をされたら嬉しいかも完全に一致しているので、プレゼント関係のリサーチすら不要。むしろ向こうが勝手に色々してくれる。

 もちろんそんな都合のいい相手がいるはずもなく、文系男子はありとあらゆる方面から恋愛観をボロクソにこき下ろされて(あるいはそうなることを予想して何も言わずに)軌道修正を余儀なくされるわけですが、『古書奇譚』の主人公は、そういう女性に出会うことができてしまう。それも二度も! 相思相愛で一心同体とは羨ましい限りだが、よくよく考えると、たまたま自分の都合=相手の都合なだけで、自分を抑えて相手に合わせる場面が全くないのはやはりツッコミどころでしかない。愛妻が不妊&早世というのもポイントで、主人公は自分の責任が生じない安全な立ち位置から、悲劇のヒロインぶることすらできるのだ。かてて加えて、主人公は趣味が嵩じてビブリオ方面でも名声を確立してしまう。

 これでストーリー全体あるいは構成の完成度は高いのだから始末に負えない。文系男子の《夢》がこれでもかとばかりぶち込まれたビブリオ・ミステリとして高く評価したい。これを痛々しいと感じるか、共感するか、ツッコミを入れるか、はたまた嫌悪感を抱くかは読者各位のお好みどおり。私個人は、これら全ての感覚を同時に味わいましたが、「おぞましいモノに共感してしまう」背徳感をたっぷり味わえたのが推薦の決め手です。

 ただ、ここからカルロス・ルイス・サフォンは距離がめちゃくちゃ近い。あれが好きな人なら、文系男子ならずともオススメ。

 は? シェイクスピアの正体はどうだったかって? んなこたぁどうでもいいじゃないですか、どうせ全部妄想なんだし。本書は妄想性そのものを楽しむべき一冊だと思います。

川出正樹

『12人の蒐集家/ティーショップ』ゾラン・ジヴコヴィッチ/山田順子訳

東京創元社

 すみません、ミステリではありません。でも、だからこそミステリ・ファンにお勧めしたいのです。この不条理なんだけれども奇妙に論理的で、洒脱でちょぴり黒くて実は割と残酷な、それでいてピュアで、思わずくすりと笑ってしまう不思議な物語集を。

 「12人の蒐集家」も「ティーショップ」も、目の前に現れた魅惑的な選択肢に対して、自分だったら抗えると言い切れない、と思わせる匙加減が絶妙で強烈に惹かれてしまいます。《異色作家短篇集》よりも《ブラック・ユーモア選集》に近い味わい、と言ったら何となく雰囲気は伝わるかな。

霜月蒼

『ゼロ以下の死』C・J・ボックス/野口百合子訳

講談社文庫

 年末ランキングの季節だが、「ランキングには無縁だが秀作ぞろいのシリーズ」というのも人生には大事だ。ということで、その筆頭であるC・J・ボックスのジョー・ピケット・シリーズ邦訳第8作を。森深いアメリカの田舎で猟区管理官(密猟者を捕まえたりする)ピケットが、毎度、孤立無援の立場に追い込まれつつ勝利を収める(昔でいえばディック・フランシス、今で言えば池井戸潤を思わせる)痛快シリーズなのである。頼れる相棒に利発な娘(現在JK)など、キャラも十分に立っている。

 本作は邦訳第2作『凍れる森』の後日譚なので、できればそちらを先にお読みいただきたいが、なあに、『凍れる森』はシリーズを代表する傑作なのだから損はしません(品切れにしていない講談社も偉い)。いま読みはじめれば素敵に良質の冒険ミステリを8冊も読めるのだからお得ですぜ。ダニエル・フリードマンなんかがお好きなひとにもよいのではないか。おすすめ。

千街晶之

『プラド美術館の師』ハビエル・シエラ/八重樫克彦・八重樫由貴子訳

ナチュラルスピリット

 プラド美術館が所蔵するラファエロ、ティツィアーノ、ボス、エル・グレコらの名画に籠められたメッセージとは? 最盛期スペインに君臨したカール五世やフェリペ二世は、何故芸術家たちを庇護し、彼らにミステリアスな絵を描かせたのか? 著者自身が謎の老人から秘密を伝授されるオカルト・サスペンスの体裁を取りつつ、現代ではなく作品が生み出された当時の思想・宗教に基づく名画のメッセージの緻密な読み解きが繰り広げられてゆく。ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』のようなオカルトと美術をモチーフにしたミステリが好きな方にお薦めの異色作だ。

吉野仁

『古書奇譚』チャーリー・ラヴェット/最所篤子訳

集英社文庫

 古書商ピーターがイギリスの古書の町、ヘイ・オン・ワイを訪ねる場面から幕を開け、やがて謎めいた古書と出会うミステリー長編。メインの物語は、シェイクスピアの正体をめぐる話ながら、それ以上に、本好きなピーターとアマンダとの恋愛模様がいい。図書館に通う彼女を見染めたピーターは、次に手に取るであろう本の表紙がはずれていたため、それを修復してから戻そうとする……。話のつづきは『古書奇譚』25ページあたりからどうぞ。そのほか、エメリー・シェップ『Ker 死神の刻印』ヘレンハルメ美穂訳(集英社文庫)は、スウェーデン・ミステリーではお馴染みの移民問題を扱っているもので、『ミレニアム』を意識したような陰のあるヒロインの造形が印象的だった。ぜひ続編を読みたい。

北上次郎

『ゼロ以下の死』C・J・ボックス/野口百合子訳

講談社文庫

 猟区管理官ジョー・ピケットを主人公とするシリーズの、第8作だ。こういうシリーズものは、最初から読んでないとわからないのではないか、と思ってこれまでの作品を未読の方は敬遠してしまうのかもしれないが、このシリーズは大丈夫。私、全作読んできているが、いつも前作を見事に忘れている。それでも毎回楽しめるから保証つきだ。このシリーズを初めて読む人は、この第8作から読み始めよう。これからこのシリーズは面白くなるのだから(訳者あとがきを読むと、絶対にそうだ)、今からでも遅くはない。今回は感動的なラストにただ涙。

杉江松恋

『図書館大戦争』ミハイル・エリザーロフ/北川和美訳

河出書房新社

 どこかで聞いたようなタイトルだけど映画化されてもたぶん岡田准一は出ません。この本の存在を知ったのは風間賢二さんのtwitterでした。風間さんが激賞している、おお! と思っていたらやはり世紀の怪作で抜群におもしろかった。かつてソ連に多大な人気を得たドミトリー・アレクサンドロヴィッチ・グロモフという大衆作家がいたのだが、死後は完全に忘れ去られた存在になっている。その著書もほとんどは遺棄されており、わずかに僻村の図書館などに残っているのみ。しかし、彼の作品を血眼になって探し回るコレクターたちがいた。七つのタイトルだけが現存していることがわかっているグロモフ作品をある条件下で読むと、本に備わった力が発現するのである。力の書、権力の書、憤怒の書、などと新たなタイトルで呼ばれるようになった本を集めた者は、図書館と呼ばれる武装組織を形成し、他の図書館との血みどろの抗争を繰り広げる。

 ……と、設定部分を紹介するだけでも血湧き肉踊るですよ。第一部は図書館同士の抗争を列伝形式で描き、第二部からは自らの意志によらず闘争に巻き込まれたアレクセイなる人物が語り手〈私〉として登場する。彼を視点人物とした教養小説として物語は展開していくのだが、戦争を描いた冒険小説としても滅法おもしろい。無数に書かれては消えていく大衆小説へのオマージュとして読むことも可能だから、ビブリオ・ミステリーがお好きな方も読むですよ。河出書房新社が毎年繰り出してくる「やたらと分厚いがものすごい勢いで読めてしまう奇想小説」に外れなし。年末年始の読書にお薦めです。

 古書あり図書館あり美術館ありとタイトルはいかにも芸術の秋にふさわしい感じでしたが、なんでしょうか、この賑やかさは。実におもしろい。来月もまた七福神をお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧