エーランド島4部作の最終章が、前作から3年近くの時を経て登場です。お待たせしたぶん、フィナーレにふさわしい充実の内容となっており、しかも、4月2日にスウェーデン大使館でおこなわれる翻訳ミステリー大賞授賞式に特別ゲストとして著者来日決定という、読者のみなさまには嬉しいニュースも飛びこんできました。詳細や著者略歴はこちら。
このシリーズはスウェーデン南端に位置するエーランド島を舞台として大きく表情を変える秋冬春夏を背景に、誇り高き老船長イェルロフのかかわる事件を通じ、物語のなかの現在である90年代後半と過去の人間模様を見つめ、厳しい現実を受け入れながらも希望をなくさずにいようという心意気を描いたものです。
ひさしぶりですので、ざっとおさらいを。
イェルロフは高齢者施設暮らしで脚の自由がきかないこともあるのですが、心のなかではいまでも自分で進路を決める船長。昔から好奇心旺盛で洞察力が鋭かったことから、謎解きにひらめきを見せます。第1作『黄昏に眠る秋』では島から人も減って薄暗い風景のなか、20数年前に発生した孫の失踪事件を、わだかまりができていた娘と協力して調査。次の『冬の灯台が語るとき』は深い雪のなか、いわくつきの双子灯台そばの屋敷に越してきた一家を襲う悲劇とイェルロフの身内である若い警官の活躍、そして過去パートの幽霊話が印象的な作品。3作目の『赤く微笑む春』はようやく花の咲く季節が巡ってきて、生まれ育った村にもどることを決意したイェルロフと、過去の呪縛や人生の厳しい試練に苦悩する人々、過去が引き起こす事件が描かれました。
そして4部作を締めくくる『夏に凍える舟』では、陽射しあふれる夏の観光シーズンを迎えて島はいつになくにぎわっています。イェルロフも夏至祭を楽しみにしていますが、リゾートを経営する一家のなかで孤独を感じている少年、お金を稼ごうと島にやってきた若いミュージシャン兼DJ、復讐を誓って島に帰ってきた老人と、しあわせな人ばかりではありません。そして壮絶な過去パート。このシリーズは、エーランド島という小さな点と大きな世界とのかかわりをいつも意識したところが魅力のひとつでもありますが、そこがとくに色濃く現れたのがこの『夏に凍える舟』なのです。テオリン氏が温めていたものを渾身の力で注いだのだと感じられる作品ですので、シリーズのファンはもちろん、著者来日をきっかけに読んでみようかというかたも手にしていただけると嬉しいです。
大丈夫、各巻で扱われる事件は独立したものですから、前のを読んでいないとわからない、ということはありません。ただ、シリーズ最終巻ということで、ちらちらっと前3作への目配せもあることはお知らせしておきますね。最後にイェルロフはどうなるんだろうと、わたしはずっと気を揉みながらこのシリーズを訳してきました。1915年生まれで20世紀の大部分を目撃してきたイェルロフが来たる21世紀への思いを語る場面があるのですが、こちらも責任を託されたようで気が引き締まる思いがします。そんな彼がどんなラストを迎えたのか、どうぞ、みなさん自身の目でおたしかめください。
今回は訳者あとがきを書いておりませんので(解説は酒井貞道さんです、お楽しみに)、この場をお借りしていいかな、このシリーズは英語版から訳したものですが、ときには辞書を引きながらスウェーデン語版も参考にしつつの進まない作業を、丁寧にサポートしてくださった早川書房の担当編集者の永野さんにはめちゃくちゃお世話になりました。そして行ったこともない遠いエーランド島なのによく知った場所に感じるようになり、翻訳を通じてドアを開けていく面白さをまたひとつ発見させてくれたテオリン氏にありがとうを。そして最大の感謝を、ここまでおつきあいくださった読者のみなさんに。最終巻まで刊行できたのは、みなさんが読んでくださったからなのです。みなさんにもなにか発見のあるお手伝いをできたことを祈って。
三角和代(みすみ かずよ) |
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訳出中はスウェーデンのラジオを聴いて Lars Ludvig Löfgren を知りご機嫌に。訳書にパウエル『ガンメタル・ゴースト』、ザン『禁止リスト』、カーリイ『髑髏の檻』、ボンフィリオリ『チャーリー・モルデカイ』シリーズ、カー『テニスコートの殺人』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、プール『毒殺師フランチェスカ』他。ツイッターアカウントは @kzyfizzy 。 |
■担当編集者よりひとこと■
刊行予定についてお問い合わせいただくことが多かったエーランド島4部作の最終巻、ついに刊行です。大変お待たせいたしました。
「ガラスの鍵」賞や英国推理作家協会賞など錚々たるミステリ賞を受賞しているこの4部作の魅力をあげようとするといくら言っても足りないぐらいなのですが、ひとつ個人的な好みであげるとすれば、エーランド島の風景のすばらしい描写です。4部作の特徴として、幽霊や精霊といった目に見えないものを排斥しない温かい視線がありますが、そういった繊細で抒情のある描写、人々の心の機微をやさしく丁寧にすくいあげる描写が、世界遺産にも指定された島の情景とあわさって、圧倒的な雰囲気を作り出しています。(ちなみに訳者の三角さんは作中に登場する固有名詞や歴史的事実等々をとても詳しく調べてくださるのですが、参考として送ってくださるURLを開き、花の写真や島の古跡の写真を見ながら読み進めるのは至福のひとときでした。担当編集の役得ですね)
このブログ上で既に告知されましたが、4月2日(土)の翻訳ミステリー大賞授賞式にあわせ、スウェーデン大使館招聘によるヨハン・テオリン氏の来日が決定いたしました。現在イベントなど企画中ですので、ぜひこの機会にテオリン氏の描く世界をお手に取っていただけますと嬉しいです。