追記(2016-04-12)

「ヒラヤマ文庫」最新刊が発売になりました!

「クイーンの定員」の一冊『無音の弾丸』の主人公クレイグ・ケネディ教授を主人公にした、続編をご紹介します。1915年に発表されたこの作品は、もともとサイレント映画であり、それを小説化したものです。日本でも映画公開時に翻訳されて「拳骨」などの題名で出版されました。当時のサイレント映画の雰囲気を色濃く残した作品であり、また科学探偵としてのケネディ教授も大活躍します。(Amazonの紹介文より)

 ヒラヤマ探偵文庫の、平山雄一です。

 普通の出版社から普通の紙の本の翻訳ミステリーも発表していますが、昨年から Amazon の Kindle を利用して、古典ミステリー翻訳を電子書籍で発行し始めました。

 もともとアマチュア活動で本を出すのは好きな方で、学生時代のクラブ活動のホームズ研究同人誌から始まり、海外のシャーロッキアンと協力して英語で研究雑誌 The Shoso-in Bulletin を発行したり、初期の電子書籍 T-Time の本をフロッピーディスクで販売したり、オンデマンド出版に手を出したりしていました。

 英文雑誌も一段落して、次に関心を抱いたのが「ホームズのライバルたち」でした。かつて同名のシリーズが創元推理文庫から出版されてブームになりましたが、現在は「古典」ミステリーが出版されても、ほとんどが「黄金時代」の作品です。だったら誰もやらない分野に手をつけてみようじゃないかと思いつきました。自分が面白いと思った本は著作権が切れているものばかりですから、練習を兼ねてどんどん訳しました。つてを頼って出版社に持ち込みをし、めでたく日の目を見た原稿もありました。しかし現代の需要とマッチしない作品が多いのは、当然です。ただそのまま原稿を放っておいても、何にもなりません。いろいろ紆余曲折はありましたが、結局急遽自分の手で発表することになりました。

 今まででしたら同人誌のようにして印刷するのでしょうが、数十万円はかかります。ホームページや青空文庫に掲載するのは無料ですが、手間の割にはリターンがありません。オンデマンド出版は販路がありません。そこで思いついたのが Kindle でした。これなら初期投資も在庫管理もなしで済む、販路はすでに確立していると思ったのです。

 実際にかかった費用は、「一太郎」と電子書籍制作のハウツー本の購入代金だけでした。表紙のデザインも自分でやり、写真も iPhone で撮影しています。収録しているイラストは、たまたま所有していた初出雑誌からです。プロのデザイナーに依頼したり、文章もプロの編集者に手を入れてもらえれば、もっとよくなるのでしょうが、そんな資金はありません。とにかく出してみようというのが、先でした。

 さて問題の売れ行きですが、一部の古典ミステリーファンには喜んでいただいてもらえるものの、とりあえず商売としては全く成り立ちません。同じ時間をかけるなら、造花をつくる内職でもしていたほうが、ずっと収入は多いことでしょう(笑)。書評として取り上げてくださるのは、翻訳ミステリー大賞シンジケートのストラングル・成田さんだけで、他では何の話題にもなりません。同じようなことは絶対になさらないようにと、強くご忠告申し上げます(苦笑)。

 原因は、そもそも電子書籍で読書する習慣がまだ日本に根付いていないこと、もとより少ない古典ミステリーを愛好する読者はコレクターが多く、物質としての本にこだわりがあること、Kindle は出版業界のアウトサイダーであること、などが考えられます。

 しかしアメリカでは紙の本を Kindle が抜いたとも言われていますから、いずれは誰もが抵抗なく Kindle で読書をする時代が来るのでしょう。その時を待って、取らぬ狸の皮算用をしております。

 ヒラヤマ探偵文庫の主な取り扱い範囲は、まず第一に「クイーンの定員」です。エラリー・クイーンが選定した歴史に残る名短編集を総称して「クイーンの定員」といいますが、驚いたことにその多く、特に黄金時代以前の作品の多くが日本に紹介されていません。そのなかから今までご紹介したのが、ケネディ教授シリーズの第一短編集『無音の弾丸』(アーサー・B・リーヴ)、美人探偵小説家が主人公の『スーザン・デアの事件簿』(ミニヨン・G・エバーハート)、二人の探偵が競い合う『決定的証拠』(ロドリゲス・オットレンギ)です。

 第二の分野が「シャーロック・ホームズのライバルたち」です。十九世紀末から第一次世界大戦までに発表された数多くの作品から、『ジュディス・リーの冒険』(リチャード・マーシュ)、『ミス・キューザックの推理』(L・T・ミード、ロバート・ユースタス)、そしてパロディ作品の『シャーロック・ホームズ再び』(ジョン・ケンドリックス・バングス)をお届けしました。

 第三の分野はいわゆる「黄禍論」に注目し、百年前のヨーロッパでの東洋人の描かれ方をご紹介しています。『悪魔博士フー・マンチュー』(サックス・ローマー)『日東のプリンス』(E・フィリップス・オッペンハイム)がこの範疇です。

 第四の分野は私の原点であるシャーロッキアナ研究で、『戦前日本のホームズ・ドイル』などを出版しています。

 今後の予定としては、ケネディ教授シリーズの一冊、日本人マッドサイエンティストが放射性物質をばらまいてロンドンを恐怖のどん底に陥れる一冊、十九世紀の植民地インドで白人警官が活躍する一冊、さらには「クイーンの定員」から数冊などの原稿の在庫がありますので、順次発表して行きたいと思います。

平山雄一(ひらやま ゆういち)

ヒラヤマ探偵文庫主宰、探偵小説研究家、ベイカー・ストリート・イレギュラース会員、翻訳家。普通の本では『江戸川乱歩小説キーワード事典』(東京書籍)、『フィデリティ・ダヴの大仕事』(ロイ・ヴィカース、国書刊行会)、『隅の老人・完全版』(バロネス・オルツィ、作品社)など。近刊予定は『思考機械・完全版』(作品社)、「シャーロック・ホームズの姉妹たち」(仮題)シリーズ(国書刊行会)があります。

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