——恋人が映画のスクリーン・テストを受けるので、飛行機でひとっ飛びして送り届けてくれないか。頼む、ジョー。

 依頼の主はフランク・シナトラ。なんだかんだと言って頼みこんでくるシナトラに、ジョーが根負けするのはいつものこと。しかもこのときは、その恋人とやらがシナトラいわく、“エヴァ・ガードナーがホーボーケンの主婦に見える”ほどのいい女だという。ジョーも男、好奇心には勝てなかった。

 時は1960年。本書の主人公、ジョー・ブオノーモは元戦闘機のパイロット。戦後は知人と航空輸送会社を立ちあげて、荷物を運ぶ日々を送っている。シナトラとは8年まえに、彼をカジノでの揉め事から救ったことがきっかけでつき合いが始まり、以来、ときおりトラブルの解決に手を貸したり便宜をはかっている。

 今回の依頼はシナトラの恋人を飛行機で送る、ただそれだけのはずだったが、どんないい女が来るかと待っていたジョーのまえに現われたのは、元婚約者のヘレンだった。ジョーは動揺するが、平静を装ってヘレンを飛行機に乗せる。

 別離から5年。女優を目指して田舎から出てきましたといわんばかりの素朴な娘だった彼女も、いまや女優然とした美女に変貌していた。しかし、ジョーと同じく、ヘレンのほうも彼への想いを断ち切れていなかった。その想いをジョーにぶつけるが、彼はシナトラを裏切るわけにはいかないと、感情に流されそうになるのをぐっと堪え、夜に予定されていた配送の仕事に向かう。

 翌朝、ジョーはシナトラからの電話で起こされる。ヘレンがスクリーン・テストに現われず、連絡もつかないという。ジョーはヘレンのアパートメントに駆けつけるが、彼女の姿はなかった。彼女がゆいいつ名前を口にした友人、ベティの住まいを探して訪れたところ、ベティは浴槽で死体となっていた。ヘレンがよからぬことに巻きこまれているのは、ほぼまちがいなかった。

 その後、ヘレンはいったん見つかるが、またすぐに行方がわからなくなる。どうやら一連の事件は、彼女がシナトラ宅からこっそり持ち出した1本のフィルムが原因のようだった。シナトラがギャングや政界の大物をまじえてパーティを開いた際に、出席者がはめをはずして騒いでいる様子をおさめたものらしいが、そのフィルムを闇に葬りたい者、敵を貶めるために利用したい者など、思惑の異なる者たちがフィルムの確保に躍起になっていた。

 しばらくしてシナトラのもとに、ヘレンを誘拐したと思しき人物から身代金を要求する電報が届く。電報からヘレンの居所のヒントを得たジョーは、ギャングふたりを助っ人に従えて救出に向かう。

 ジョーをひと言で形容すると「タフ」でしょうか。感情を爆発させる熱さも持っていますが、自分を律するすべも知っており、ヘレンを思って猪突猛進しているようなときでさえ、頭のなかでは冷静な判断をくだしています。身体能力も高く、飛行機の操縦もかなりの腕前。ヒーローと呼ぶにふさわしい人物で、その活躍ぶりについては、ぜひ本書を手に取ってお楽しみください。

 いっぽう、ヘレンもやはりタフ。したたかな女です。生来したたかなのか、ハリウッドの荒波にもまれたからなのか。いずれにしろ、大女優になれるならばなんでもするわといった根性を持ち、強面の男が目のまえにいても、まわりでどれだけ銃弾が飛びかおうとも、手に入れたいものは最後まであきらめません。

 訳者からすると、ジョーには男のロマンを感じ(妄想?)、ヘレンには「いやな女」と思いつつも、したたかな生き方に羨ましさを覚えます。脇役陣も実在の人物はさておき、何事にも動じなさそうなジョーの会社の共同経営者、仙人のような老人(ヤクでラリってますけど)、ジョーを認めながらも嫉妬心でひねくれモードの保安官、波止場の荒くれ男たちにもひるまない逞しい女など、魅力的な人物がそろっています。訳者のイチ押しは、ジョーと最後まで行動をともにする助っ人のヴィトです。理由はなんだか男気があってかっこいいから(凡)。読者のみなさまが誰にどのような印象を抱くか、機会があればお聞きしてみたいです。

 本書は著者ジョン・サンドロリーニのデビュー作になります。主人公のジョーが空の男なら、生みの親であるサンドロリーニも空の男です。1965年にシカゴで生まれ、長じて後、空軍州兵に8年在籍しました。元来、空が好きなのか、現在は航空会社でパイロットを務めています。今秋には、ジョーを主人公にした2作目 My Kind of Town が出版されるとのこと。こんどはシカゴを舞台に、アル・カポネの隠し財産をめぐってひと騒動起きるようです。ギャングの街でジョーがどんな騒動に巻きこまれるのか、いまから楽しみです。

 以下は本書のプロモーション・ビデオです。映像だけ見ていると、航空会社か旅行会社のPVのよう。どうぞこちらもお楽しみください。

高橋知子(たかはし ともこ)

翻訳者。朝一のストレッチのおともは海外ドラマ。一日三度の食事のおともも海外ドラマ。お気に入りは『CSI』『メンタリスト』『クリミナル・マインド』。

■担当編集者よりひとこと■

「空のハードボイルド」「男と女のハードボイルド」「三角関係のハードボイルド」そんなキャッチフレーズが編集中、思い浮かんでいました。

 主人公ジョーは戦時にパイロットとして敵機を撃墜して我が物顔、まさに「俺の空」と思っていたにちがいありません。しかし戦闘で友を喪い、戦争の虚しさに苛まれます。かつての我が「庭」を、いまはただ荷物の輸送で運ぶ——それだけの毎日。

 しかし、そんな彼の心がまた燃え盛る出来事が。そうかつての恋人が謎の失踪を遂げ、彼女を探すため・運ぶために空を飛ぶことになるのです。

 ジョーにはやはり空が似合う。ミステリ史上、屈指の空の男、ジョーをよろしくお願いします。

 

(早川書房編集部Y)   

 

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