はじめて気仙沼を訪れたのは2012年、今回の気仙沼読書会のきっかけとなった「くまちゃんに会い隊」の2年目のツアーに参加したときでした。気仙沼在住の翻訳者仲間、熊谷千寿さんに会いたい、そして被災地を訪れることでほんの少しでも復興の役に立てればとの思いから、編集者の坂本久恵さんを隊長として翻訳者有志が集まり、震災の年に結成された隊です。最初に気仙沼の海辺の光景を見たときの衝撃は忘れられません。それでも、毎年少しずつ街が再建されて活気を取り戻していくのを自分の目で見たくて、すっかり顔なじみになって親戚のような気さえするあったかい人たちにまた会いたくて、気がつけば、隊員の顔ぶれは毎回変わりつつもツアー自体は毎年の恒例となったのです。

 そして今年、6回目の「会い隊」の打ち合わせがはじまったころ、飲み会の場で「せっかくだから読書会もやっちゃおう」との声があがったそうで(たぶん酔った勢い?)、あっという間に開催が決まりました。最初は「自分の訳書はやめてー」と抵抗していた熊谷さんも、越前さんの頼みは断りきれず、課題書は、もうこれしかないだろうというダン・ブラウンの『パズル・パレス』(越前敏弥&熊谷千寿訳)に決定。

 こうして「会い隊」と「気仙沼読書会」のコラボとなったわけですが、それからが大変でした。なにしろ気仙沼です。遠いです。どこからどれくらい人が集まるかもわからない。遠方にいながら会場探しと手配から参加者の当日の足と宿の確保まで、人十倍くらい面倒見のよい主催者おふたり(越前さんと坂本さん)が、現地と何度も連絡をとりながら手際よくさくさくと話を進めてくださいました。さすがです。

 告知文が掲載されると、ぞくぞくと申し込みがはいりました。ご近所読書会から頼りになる援軍として弘前・仙台・福島の世話人さんや参加者のみなさん、シンジケート界隈ではおなじみの、全国読書会に精力的に遠征している常連さんたち、読書会初参加の初々しい方も数名、そしておよそ読書会の世話係には不向きなのんびり体質の隊員翻訳者たち、総勢20名が、“海に向かって愛をシャウトしたくなる街”気仙沼に集結したのでした。

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 会場は新鮮な海の幸が地元でも大人気の居酒屋〈ぴんぽん〉。営業前の仕込み時間にお店の一画をお借りすることができました。

 自己紹介によれば、参加者は北海道、青森、地元の宮城、山形、福島、茨城、東京、静岡、長野と、さすがに北・東日本が中心です。各地からの差し入れの名菓が山と積まれました(個人的に福島の玉羊羹との再会がうれしかった!)。

 課題書の『パズル・パレス』は大ベストセラー作家ダン・ブラウンのデビュー作ということで、まずは共訳者兼進行係の越前氏による”自己弁護”からはじまりました(IT関係に疎いので熊谷さんに協力を仰いだこと、20年前の作品なので時代的に古さは否めないこと、日本に関する記述にまちがいが多々あってかなり修正したことなどなど)。「これらをふまえた上で、さあ遠慮なくつっこんでください」という言葉を真に受けて、本当に遠慮なくつっこむ参加者たち

 トップバッターのベテラン翻訳者Kさんがのっけから、「主役の男女がムダに美しすぎる、ロマンス小説か! この設定に美男美女である必要まったくなし、逆につまらない」とばっさり。これを皮切りに、

「暗号関係の用語やウンチクがわけわかんない」

「NSAの辣腕幹部が後半はただのエロおやじでがっくり」

「国家の最高機密を扱うプロ集団が同僚にパソコンの暗証コードやメールのデータを簡単に盗まれるとかまぬけすぎる!」

「話がベタすぎてハッピーエンドがみえみえ、全然ハラハラしない」

「殺し屋に追われる切迫した状況で名所旧跡の観光案内とかしてるってどうなの?」

「章立てが細かくて場面展開が多すぎ、まるでドタバタ喜劇」

『ダ・ヴィンチ・コード』とかと作りがおんなじ、ワンパターン」「エンセイ・タンカドとかトクゲン・ヌマタカとか日本人の名前がありえない!」

「ラストのタイムリミットが迫る場面がまるっきりアニメ」

「盛りこみすぎてお子様ランチにデザートとおみやげまでついてるって感じ」

 ……以下延々と続き、とどめがベテラン編集者Sさん。「優秀な頭脳集団なのに結局すべてを直感に頼っていて、この人たち本当に国家機密を扱う政府の職員なの? 時系列の矛盾や事実に反する点も多いし、疾走するタクシーがぽんこつベスパに追いつけないとかありえないでしょ! わたしが担当編集者なら泣く。これはもう完全にファンタジーですね」と最後はファンタジー作家呼ばわりされるダン・ブラウンさん……。

 あ、もちろんこれらの愛ある苦言のほとんどは「一気に読ませるおもしろい作品であるのはたしかだけど」という前置きつきであったことをお断りしておきます。「好きな登場人物は?」との質問には、主人公のスーザン(天才的な頭脳を持つ暗号解読のプロにしてすこぶるつきの美女!)、ではなく、セキュリティ分析官のミッジ(60歳)がかっこいい!との声が複数あり。わかるわかる。ちなみにわたしが好きなのは、国家から個人のプライバシーを守るという崇高な信念のために巨大な政府組織にひとりで闘いを挑んだ健気なタンカドくんです(冒頭でいきなり死んじゃってほんと残念!)。いずれにしても、ダン・ブラウンは読者へのサービス精神旺盛な一流エンターテイナーだね、というのが一致した結論でありました。

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 2時間の読書会が終わると、そのまま同じテーブルにどーんと豪華なお刺身の橋盛りが運ばれてきて懇親会のはじまりです。熊谷さん以外は全員が遠征組なので、みんな旅気分。おいしい料理をぱくつきながら、初参加の方もすっかり打ち解けて和気あいあいの宴となりました。

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 懇親会後、越前さんを含む日帰り組は気仙沼駅へ、宿泊組はタクシーと参加者の車に分乗して〈唐桑御殿つなかん〉へ。到着すると、“底抜けに明るくて面倒見のいい美人女将”一代さんとおいしい料理が待っていました。熊谷さんの奥さまも加わり、総勢17名で、料理長の竜介さんが腕を振るってくれた牡蠣やムール貝、ホタテやウニの絶品魚介料理を味わいながら、熊谷さんのお父さまが22年前に持ち帰ったという南氷洋の氷で日本酒をくいくいと。気仙沼生まれなのに魚介が苦手でいっさい食べないという熊谷さんを囲んでみんなで海の幸をいただきながら、二次会は夜更けまで続いた模様です。

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 翌日も朝からさわやかな五月晴れ。ツツジで有名な徳仙丈山がぎりぎり見頃とのことで、早起きチームがおにぎりの朝食を持ってタクシーでお花見登山に出かけ、ゆっくりチームは朝の散歩を楽しんだあと、おいしい朝食をいただきながらまた本の話でひとしきり盛りあがったのでした。この日は「会い隊」が毎年訪れている〈MAST帆布〉や「ほぼ日」プロジェクトの〈気仙沼ニッティング〉、ドーナツがおいしい〈アンカーコーヒー〉などをまわり、〈浜の家〉さんで昼食。しばらくして、最後までご一緒した参加者3名と気仙沼駅で名残惜しくお別れして、気仙沼読書会は無事お開きとなりました。

 遠路はるばる来てくださったみなさま、ありがとうございました。みなさまの心に残る読書会であったなら幸いです。

 最後にご報告を。受付に置いた「復興支援の募金箱」へのご協力ありがとうございました。この日集まった22,165円は、日本赤十字社と熊本読書会への震災支援金として使わせていただきました。

(おまけ)

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 今回かぎりの気仙沼特別読書会は、主催のお二方の多大なるご尽力と地元気仙沼の多くの方々のご厚意によって開催が実現しました。週末の忙しい日に営業前のお店を無償で貸してくださった居酒屋〈ぴんぽん〉さん、大人数の宿泊と遅い時間からの二次会を快諾して歓迎してくださった〈つなかん〉のみなさん、そして、スケジュールの相談から複雑な車の手配、お花見登山の引率、楽しい観光案内まで、3日間親身になってお世話してくださった〈気仙沼観光タクシー〉堅魚丸の運転手熊谷正雄さん。この場をお借りして篤くお礼を申しあげます。

 気仙沼は本当に温かい街です。みなさんも機会があれば訪れて、駅前にホヤぼーややカツオやサメが描かれたかわいい赤いタクシーがとまっていたら、ぜひ声をかけて乗ってくださいね!

(さらにおまけ)

 読書会終了後、「会い隊」の隊員5名は、気仙沼からBRT(Bas Rapid Transit)バスに乗って、志津川の〈南三陸さんさん商店街〉を経由し、津波で町の中心部の8割が流出したという南三陸町へ向かいました。車窓から見る海岸沿いの土地はがらんとして、かさ上げの土の山が点々とどこまでも連なるばかり。あらためて復興の道のりの遠さを実感させられました。

 翌日は、宿泊した〈南三陸ホテル観洋〉の「語り部バス」に乗り、被災者の生の声に耳を傾けながら、ニュース映像で何度も見た防災対策庁舎(の残骸)などをまわって、献花台の前で手を合わせました。震災を風化させないために、そしてこんなつらい体験をほかの人にさせないためにも語り続けたいという語り部の方の切実な言葉に、温泉で浮かれていた隊員たちも思わず涙……。

 わたしたちにできるのは、まず忘れないこと。できれば被災地へ足を運び、自分の目で見て耳で聞くこと、でしょうか。「会い隊」ツアーは来年以降もまだまだ続きます。

(さらにおまけのおまけ)

Togetterまとめ「気仙沼読書会!」

読書会の話がほとんど出てこなくて、ごめんなさい……(みんな、何しに行ったんだ!?)

高橋恭美子(たかはし くみこ)

 北の国の翻訳者。ギリシャ神話をモチーフにした七人姉妹のシリーズ1作目を訳了し、16年ぶりにロバート・クレイスのエルヴィス・コール&ジョー・パイク(+スコット&マギー)シリーズを翻訳中。最近の楽しみは『重版出来!』で心ちゃんのお洋服と髪型を観察すること。

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