もうお馴染みと言っていいでしょう、ノルウェー、いや、北欧を代表する作家、ジョー・ネスボの新作です。

 サニー・ロフトフースはオスロの刑務所に服役していて、麻薬中毒でありながら他の服役囚から聖人のように崇められているのですが、ある日、警備の厳重なその刑務所を脱獄し、それからは煙のように姿を消してしまいます。

 その後、オスロ市内で謎めいた殺人事件が連続します。

 オスロ警察殺人課のシモン・ケーファス警部はその殺人事件に規則性があることに気づき、同一犯の仕業ではないかと疑いながら捜査を進めていきます。その過程でサニーと交錯するのですが、そこには、奇妙な因縁があるのでした。

 実はサニーの父親はシモンと仲のいいオスロ警察の刑事だったのですが、犯罪組織のスパイとして密かに情報を提供していたことを自ら懺悔したあげく、拳銃自殺をしたのです。しかし、息子のサニーはそれが事実でないことを知り、十二年後、周到に準備をし、計画を練り上げてから、刑務所を脱獄して父親の復讐に取りかかったのでした。

 そのうちに、父親がつながっていたとされる犯罪組織も自分たちが狙われていることに気づいてサニーを抹殺しようとしはじめます。

 サニーは何も知らない市民に助けられてそういう窮地を脱しながら、ついに父親を殺した張本人、犯罪組織のボスにたどり着き、ようやく最後の復讐を果たしたかに思われたのですが……。

 一方、シモンは捜査の過程で容疑者として浮かび上がったサニーと遭遇したあと、なぜか、彼の願いを叶えさせてやろうとするかのような動きを見せはじめ、ついにはともに犯罪組織のボスを追い詰めて、復讐を成就させてやります。

 しかし、その犯罪組織のボスが死の直前、思いがけない事実を明らかにし、シモン・ケーファスとサニーの父親の意外な過去と関係が白日の下に晒されます……そのことについてシモンは一切の弁明をせず、それに対してサニーは……

 あとは読んでのお楽しみですが、いかにもネスボらしい、切れ味鋭い、驚天動地の結末が待っていることは間違いありません。

 この作品は犯罪、悪、復讐、血、愛といった要素(そして、その逆の要素)を同時に織り込んだ警察小説、あるいは社会派小説と言ってもいいかもしれません。

 読者は冒頭から不思議な世界に引きずり込まれ、幾重にも重ねられた本線と見紛っても不思議がないほどの伏線を歩かされつづけ、目の前の薄いヴェールが一枚一枚取り去られていく安堵を味わされ、その安堵が本物ではなかったことに気づかされということを繰り返しながら大団円へと向かうことになります。

 ネスボの作品で特徴的なのは、時間と空間が何の前触れもなく入れ代わるところであり、それが巧みな伏線として機能しているところでしょうか。読者は視点のスイッチを頻繁に切り替えなくてはならず、それはそれで頭を使わなくてはならないし、疲れもするのですが、読み終わったとの充実感が半端なものでないことも確かです。

 こんな手に汗握る小説、読まない手はないと思いますが、どうでしょう。

戸田裕之(とだ ひろゆき)

 一九五四年島根県生まれ。早稲田大学卒業。編集者を経て翻訳家。フリーマントル、アーチャー、フォレットの諸作品を翻訳。現在はアーチャーの『機は熟した(クリフトン年代記第六部)』を翻訳中。今後、ネスボのハリー・ホーレ・シリーズ『The Devil’s Star』を翻訳する予定。

■担当編集者よりひとこと■

 本書は、ネスボのスタンドアローン作品、つまり、ハリー・ホーレものではない作品です。2014年に本国ノルウェーで刊行され、すぐに英訳版も刊行されると、アメリカではニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに入りました。

 作者のネスボは旅が好きなようで、作家としてのデビュー作である『ザ・バット 神話の殺人』からして、リフレッシュのために訪れたオーストラリアで、かの地を舞台に書き上げた作品です。日本にも来たことがあるようですし、日本に関するトリビアルな知識が、色んな作品の端々に登場することは、『ネメシス 復讐の女神』の巻末解説で、池上冬樹さんがお書きになっているとおりです。また、ハリーがいきなりブラジルに出張したりするように、世界のあちこちが舞台になったりします。

 しかし本書は、最初から最後までオスロとその周辺が舞台です。夏の北欧の、透き通るような空、バカンスで人が少なくなった街の空気感が見事に写し取られています。その美しい季節のなかで、凄絶な復讐劇が描かれていくのです。ネスボの特徴である、突き抜けた暴力性と叙情性は本書でも健在で、というより、いっそう磨きがかかっています。

 いまや北欧ミステリーを牽引する作家となっているネスボが、敢えてシリーズを離れて世界に問うた自信作を、お楽しみいただけましたなら、幸いです。

(集英社クリエイティブ翻訳書編集部・K)   

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