突然ですが、みなさまにクイズです。

 

:時代も国境も超えた絶大な人気を誇るシリーズもの小説の主人公で、その人間離れした活躍ぶりが、原作者亡き今も世界中の人々を魅きつけてやまない英国人男性といえば?
ヒントA:映像化作品も出るたびに大ヒット。
ヒントB:原作者の著作権を管理する財団が、現代の作家たちと組んで公式続編を発表している。

 では、答えを大きな声でどうぞ!

 ありがとうございます。はっきり聞こえました。一番多かったのは、“シャーロック・ホームズ”“ジェームズ・ボンド”でした。もちろん、どちらもあてはまりますよね。石畳の道を馬車が行き交う十九世紀のロンドンで天才的頭脳を駆使した名探偵と、英国秘密情報部所属の工作員として第二次世界大戦以後の世界で命がけの任務を遂行した”殺人ライセンス”を持つ男。二人とも老若男女から愛される不滅のヒーローです。どなたも映画やテレビドラマで彼らを演じた俳優が誰かしら頭に思い浮かぶでしょうし、次作の小説や映像を心待ちにしている方々も多いと思います。

 ヒントBに関してですが、ジェームズ・ボンドシリーズの公式続編は1968年のキングスレー・エイミス『007/孫大佐』を皮切りに、今回の最新作も含めて長編だけで25作(チャーリ・ヒグソン他のヤング・ボンド・シリーズやノベライゼーションを除く)が生みだされてきました。歴代の著者には日本でもおなじみのジェフリー・ディーヴァーや、ホームズの宿敵モリアーティ教授を主役にパスティーシュを書いたジョン・エドマンド・ガードナーも名を連ねています。

 そこへ新たに仲間入りしたイギリスの作家アンソニー・ホロヴィッツ。最近の邦訳作品はコナン・ドイル財団公認の『シャーロック・ホームズ 絹の家』『モリアーティ』で、シャーロック・ホームズとジェームズ・ボンド、両シリーズの公式続編を任された初の作家ということになります。イギリスのテレビドラマ『刑事フォイル』『名探偵ポワロ』などの脚本を手がけたほか、小説ではティーンエイジャー版ジェームズ・ボンド、”アレックス・ライダー”のシリーズを十作まで発表しています。この少年スパイものでは、読み手の視線を高いところへ低いところへ自在に動かすアクション・シーンが痛快で、その巧みな技は本書でも健在です。フォイルやポワロの渋みとアレックスの抜群の運動神経が合体した主人公の魅力をぜひご堪能ください。あらすじを簡単に紹介しましょう。

 1957年、『ゴールドフィンガー』の事件後プッシー・ガロアとともに帰国したジェームズ・ボンドは、すぐに新たな指令を帯びてドイツへ向かう。地獄の難コース、ニュルブルクリンクで開催されるカーレースに出場し、ソ連が企む英国人レーサーの暗殺を阻止するためだ。命がけの危険なレースになったが、大胆な秘策が功を奏して任務は成功。ただ、現地でソ連の諜報機関スメルシュの人間と接触するアメリカの韓国人実業家シン・ジェソンを目にして、不吉な予感をおぼえた。レース後、シンが湖畔の古城で催すパーティーへ出かけたボンドは、シンの私室に忍び込んで、アメリカのロケットが写った写真を見つける。時代は米ソ中心の宇宙開発競争へと突入していた。軍事的な意味合いでも、宇宙を制する者が地球を制する。シンはスメルシュと結託してアメリカのロケット打ち上げを阻もうとしているのか? 調査のためボンドはアメリカへ飛ぶが、ロケット計画に関わる海軍はボンドの警告に耳を貸さず、協力の姿勢をまったく示さない。その程度の邪魔で宇宙開発は揺るがないと自信満々だ。では、スメルシュの企みには別の目的があるのか? ボンドは古城で出会った謎のアメリカ人女性ジェパディと組んでシンの身辺を探るうち、恐るべき陰謀の正体にたどり着くが……

 序盤にボンドがゴルフやカード・ゲームで敵と軽く一勝負するのがこのシリーズの特徴で、今回はそれがサーキットでのカーレース。しかもこの部分、なんとイアン・フレミングによる未発表の遺稿が土台になっていて、激しい死闘の空気が十二分に伝わってきます。この作品ならではの魅力を挙げると、大きくまとめて二つあります。ひとつは、読んでいてめまいに襲われたり息苦しくなったりしてくる真に迫った脱出劇。ボンドは不死身だから絶対に助かるとわかっていても、こっちの身体が持ちそうにありません……。本書は第一部と第二部に分かれ、それぞれ「空高く」と「地下深く」というタイトルがついています。ダイナミックな動の要素はもちろん、それらをつなぐ背筋が凍りそうな静の仕掛けも必見です。もうひとつは、丁寧に描かれた登場人物の心情。たとえば、敵のシン・ジェソンは恐るべき怪物ですが、それを作り上げた過去の体験を著者は歴史の悲劇とからめて読み手にじっくり語りかけます。心の闇という言葉では表しきれない絶望の悲鳴が聞こえてくることでしょう。 

 007シリーズの公式続編プロジェクトは現在も継続中で、イアン・フレミング財団は次の作品もホロヴィッツが書くと発表しました。刊行は二〇一八年春の予定。今度もイアン・フレミングの別の遺稿から採ったアイデアが盛り込まれるとのことです。

 最後におまけをひとつ。冒頭の話題に戻りますが、シャーロック・ホームズ俳優の代名詞ともいえるジェレミー・ブレットは、ショーン・コネリーの後継者として映画版ジェームズ・ボンドの候補になったことがあります。実現したらどんなボンドになっていたかな、と想像するのも楽しいですね。

駒月雅子(こまつき まさこ)

20170327192311.jpg

 翻訳家。訳書にカリン『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』(角川書店)、マクロイ『ささやく真実』(創元推理文庫)など。角川文庫のホームズ正典翻訳を粛々と進めております。あこがれの人はデヴィッド・ボウイ、好きなアニメは「ユーリ!!! on ICE」

■担当編集者よりひとこと■

‟英国人から抜群の信頼度を誇る男“ことアンソニー・ホロヴィッツの最新作は、コナン・ドイル財団公認に続き、イアン・フレミング財団公認の「ジェームズ・ボンド」シリーズ続編です!

 ふむふむ、シャーロック・ホームズとジェームズ・ボンドにはこんなにも共通点があるのですね。あらすじや読みどころは駒月さんが充分に書いてくださっているので、担当編集からはちょっとした願望……いえ、野望を。

全世界から、長く、熱く、愛されてきたジェームズ・ボンド。だからこそ、「興味はあるけど、今からだと入りにくい」「知っているけど、実は読んだことも観たこともない」……特に若い年代の方から、こんな声も聞こえてきます。そんな皆さまに、せっかくの‟公認“最新作ですので、『007 逆襲のトリガー』をおすすめし、深淵なる「ジェームズ・ボンド」シリーズへの入口としていただくというのも、アリだと思うのです。

 思わずニヤリなネタが満載で、長年のファンの方に楽しんでいただけるのはもちろん(訳者付記で何点か解説していただいています)、ボンドの大胆な秘策が光る息もつかせぬカーレースがあったかと思えば、ハッと息を飲む伏線の回収があり、息苦しくなる脱出劇、明らかになる息の止まるような巨大な陰謀……老若男女、シリーズ既読でも未読でも、読了後はきっとはあはあしているはずです(笑)。

とくに、アンソニー・ホロヴィッツの『シャーロック・ホームズ 絹の家』『モリアーティ』を楽しめたという方へ。あの原作に対するリスペクトや、読者を飽きさせないメリハリのついたストーリー展開、通り一遍ではない黒幕の過去のトラウマも健在です。

読みやすさや細部の表現にまでこだわりぬいた駒月さんの翻訳も、入口のひとつです。どうぞお楽しみください。これからも新たなファンを増やしながら、書籍、映画ともに盛り上がっていきますように——ジェームズ・ボンドは永遠に!

(KADOKAWA 担当編集T)   

【随時更新】訳者自身による新刊紹介 バックナンバー