デビューの一作のみのおつきあい、という作家は数あれど、ダントツに記憶に残っているのは、2000年8月刊行のデビュー作『大いなる陰謀』で、ちょっと、いやかなり、ヘンな、ほかのだれにも似ていない魅力を発散していたノア・ホーリーです。同作が『このミステリーがすごい!2001年版』の栄えある「バカミス・ベスト10」の銀賞(金賞じゃなく、銅賞でもなく、銀賞4作のうちのひとつ)に輝いたといえば、当時のホーリーの渋い立ち位置をなんとなく理解していただけるでしょうか。気になる人だったので、その後の動向を横目で追っていましたが、主たる活動の場をじょじょにテレビの世界にシフトしているように見え、もう彼の作品が邦訳されることはないのだろうとなかば諦めかけていたところ、第5作 Before The Fall がいきなり《NYタイムズ》のベストセラー2位にランクイン。邦訳の機会を得ました。しかも、訳者としてはもう一度ノア・ホーリーとおつきあいできる幸せだけで充分だったのに、なんと、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)のエドガー賞・最優秀長篇賞を受賞という超弩級のおまけがついてきたのです。「バカミス」から17年(しつこい)、驚いたのなんの、喜びもひとしお、超ウレシイ。
2015年夏の終わりのある夜、歴代大統領や富豪の避暑地として知られる島から飛び立ったプライベート・ジェットが、離陸後18分で大西洋上に墜落。乗員・乗客合わせて11人。死者9人、生き残ったのはふたり。墜落の謎を解くための国家機関の調査と並行して、ジェット機が海に「墜ちるまえ」と「墜ちたあと」の人間たちのドラマが展開します。
『晩夏の墜落』において著者は「エンターテインメント文学の資質を大きく進化させている」。これは三橋曉氏が解説(文庫版、ポケミス版とも)に書いてくださった、ぐっと心をつかまれる一文です。今や押しも押されぬ「脚本家」「プロデューサー」となったホーリーは、2014年にシリーズ1が開始した『FARGO/ファーゴ』(コーエン兄弟の同タイトルの犯罪映画を基にした連続ドラマ)で、全脚本と製作を担当し、同番組はエミー賞、ゴールデングローブ賞を総なめにしました。こちらがその紹介ページ。
https://www.star-ch.jp/fargo/season1/
テレビドラマの製作に携わってきたこの十数年は、本作でホーリーがつくりあげた独自の小説世界とけっして無縁ではないでしょう。脚本家の倉本聰氏はドラマを1本書くときに登場人物の履歴を作成するといいます。『晩夏の墜落』では、登場人物の履歴がまるで連続ドラマの一話のように組みこまれ、そのサイドストーリーをしっかりと見せてくれます。生まれ育った土地、親の職業、家庭環境、経済状況、子どものころのエピソード……。ひとりひとりの履歴を追ううちに、「アメリカの履歴」を眺めているような気にさえなるかもしれません。
現在のアメリカをもっとも強烈に感じさせるのが、怒れる白人を演じて視聴者を煽るケーブルニュース専門局の看板司会者。アメリカの読者がこの人物から思い浮かべたのは、右派メディア「FOXニュース」のビル・オライリー(この4月にセクハラ疑惑で降板)のようですが、「わざとらしい髪型の背の高い男」(原文は a tall man with dramatic hair )なんていう描写があったせいか、第45代アメリカ合衆国大統領に就任したあの人の顔が頭から離れなくなってしまいました。ちなみに、墜落で命を落としたニュース専門局代表の履歴は、トランプの参謀、スティーブ・バノンを彷彿とさせます。だれがモデルであるにせよ、この両者からは、トランプ大統領を生み出すまえのアメリカの空気がビンビン伝わってくることを請け合っておきましょう。
生き残ったふたりは、一度人生から落伍しかけた47歳の画家と富豪の息子である4歳の男の子。この子がほんとうに可愛い! money をいじりすぎて身動きが取れなくなった人や、自分をこじらせるだけこじらせてしまった人のなかで、運命の偶然によって結ばれた47歳と4歳のふたりの絆は、この小説に流れるすがすがしさとなっています。
17年を経て進化した「ノア・ホーリーの世界」を、この作家をご存じだった方もご存じではなかった方も、どうか愉しんでいただけますように。
川副智子(かわぞえ ともこ) |
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最近の訳書はメアリー・チェンバレン『ダッハウの仕立て師』(早川書房)、マーク・カーランスキー『紙の世界史』(徳間書店)。ミステリーの翻訳は久しぶり、と思っていたら、引きつづきリンジー・フェイの「ジェーン・エアもの」ミステリーを訳すことになりました。 |
■担当編集者よりひとこと■
「実際に空の上で読むと臨場感が違うよ」とマニアの友人が貸してくれた名作『超音速漂流』を飛行機の中で読んでガタガタ震えたことのある担当編集者です。
このたびご紹介いたしますのはポケミスと文庫同時発売となるエドガー賞長篇賞受賞作『晩夏の墜落』。飛行機の墜落をめぐる傑作サスペンス小説です。これから世間は晩夏どころか盛夏の候、バカンス中の読書に大部の本に挑戦しようという方もいらっしゃるかと思いますが、本書を機内で読むのだけはおすすめいたしかねます(それだけ描写が真に迫っているということです!)。 著者のノア・ホーリーは『BONES―骨は語る』や、今話題沸騰のクライムドラマ『FARGO/ファーゴ』で八面六臂の活躍を魅せているマルチクリエイターだけあって、本書もまた一筋縄ではいかない凝りに凝った物語に仕上がっています。
霧が立ち込める夜の大西洋に落下したプライベートジェット。乗客の子供を救い、奇跡的にこの惨事を生き延びた画家のもとへNTSB(国家運輸安全委員会)主導の調査チームが現れ……というのが本書序盤の「つかみ」。ここから『エアフレーム―機体―』『クラッシャーズ 墜落事故調査班』のように、プロフェッショナルたちの調査を主軸としたストーリーが展開される……と思いきや、“死者のリスト”なる犠牲者一覧が本文に唐突に挿入され、以降本書は「墜落にいたるまでの犠牲者たちの過去」「墜落後の生存者とそれを取り巻く人々」が様々な視点から語られる群像劇へと変貌します。
作中で主人公の描く“災害”を題材とした絵画の鑑賞者が様々な解釈を抱くように、『晩夏の墜落』の読者もまた、百出する疑惑と怪しげな陰謀論的エピソードの数々から「墜落の真相は○○なのでは?」「それとも■■?」と翻弄されること請け合いです。なぜ、その飛行機は落ちたのか? いったい何が起きたのか? 急転直下、怒濤のクライマックスまで一気読みまちがいなしの本作。是非お手にとってお愉しみください。
(早川書房N)