読者賞だよりでは、新刊の範疇にある作品の紹介をあえて避けている面がある。新刊を取り上げる場合でも、いわゆる周辺ジャンルというか、ミステリーというところから少しはずれたものを紹介することがほとんどだ。これはタイトルを「読み逃してませんか~??」としていることと関係していて、新刊のときに気になっていたけど読めなかったとか、ミステリーというにはちょっと無理があるかもしれないけど、ミステリーファンにも十分楽しめるはず、という作品を「読み逃しているならぜひ」と、読者の注目を喚起するつもりで取り上げているからである。もちろん、読んでおもしろかったら読者賞にバンバン投票してほしいという気持ちもある。

 ということで今回は、コートニー・サマーズ『ローンガール・ハードボイルド』(高山真由美訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)をご紹介したい。新刊のときからここで取り上げたいと思いつつ、でも上のような事情もあり、私のなかで数ヶ月寝かせておいた作品である。

 コロラド州コールド・クリーク。火事となった廃校の消火作業中、13歳の少女マティ・サザンの遺体が発見された。マティは頭部への殴打によって殺害されていたが、捜査がまったく進展を見ないまま一年が経過してしまう。ニューヨークのラジオプロデューサー、ウェスト・マクレイは、マティその姉セイディの祖母代わりだったメイ・ベス・フォスターという女性から連絡を受けた。彼女によれば、三ヶ月前に家を飛び出し、行方不明となっていた姉セイディの所持品が、コールド・クリークから何百キロも離れた場所で、しかも放置車両のなかから発見されたというのである。セイディが行方をくらましたのは、最愛の妹マティの死が発端ではあるにしても、その目的はいったいなんだったのか。メイ・ベスはウェスト・マクレイにセイディの行方を探してくれるよう依頼する。当初は気乗りのしなかったマクレイだったが、上司の勧めもあり不承不承ながらセイディの行方を追い始めるのだった。

 ウェスト・マクレイの目的は、マティの死の真相やセイディの行方を追った経過をドキュメントとしてポッドキャストで配信すること。警察のふがいなさにしびれを切らしたメイ・ベスにとって、セイディの行方を追うためにはウェスト・マクレイ以外にもう頼れるものはなかった。そして、メイ・ベスと同じく警察に失望したセイディには、この事件にけりをつけるために頼るものが、自分以外なにもなかったのである。

 ストーリーは、ウェスト・マクレイが制作したポッドキャストの放送パートと、家を出てからのセイディ自身が語るパートが交互に繰り返される形で進んでいく。セイディは、家を出たあとまず車を手に入れ、アルバムから抜き取った写真を手に、義理の父親が昔よく通ったと言っていたダイナーに向かう。一方ポッドキャストのパートでは、メイ・ベスの証言をもとに、セイディやマティ、そして母親クレアの出自が描かれ、セイディの荷物が放置されていた車から、以前の車の持ち主を探り、そしてダイナーへと、乏しい手がかりをたぐりながら、少し遅れてセイディの足取りを追う。常にセイディの一人称パートが先にあり、ポッドキャストのパートがその後を追うため、ポッドキャスト自体がセイディ目線で語られないことを補完する形となっている。マティの死から一年、セイディが失踪してからも三ヶ月が経過しているため、二つのパートには時間的隔たりがあるのだが、話が進むにつれこの間隔が縮まっていき、焦燥感を演出する。とても技巧的な構成と言えるだろう。また、19歳の、吃音を持った少女が選び取った孤独な道のりのしんどさを中和する役割も、このポッドキャストには与えられている。これは本作がヤングアダルト向けに書かれていることと無関係ではないだろう(本作は2019年度エドガー賞YA部門の受賞作)。

 そしてもうひとつ、ウェスト・マクレイの背景にも注目してほしい。作中ではほぼ触れられていない(注意深く読めばわかるようになっている)その背景もまた、マクレイをこの事件に没頭させる理由となっていたのかもしれない。小さくされている者たちの声に耳を傾ける役割を、マクレイ自身が担っているかのようでもあるのだ。

 最後にタイトルについて。本作の原題は『Sadie』。セイディの名前がそのままタイトルとなっている。それが『ローンガール・ハードボイルド』となった理由については、帯にある担当編集のコメントを読めば明らかだが、それにしても秀逸な邦題だし、時に帯なしで書店の棚に刺さっているのを見ると、とてももったいないと思うので、できれば帯も含めて手にとっていただきたい。

 コートニー・サマーズの最新作は、『The Project』というタイトルで先月刊行されたばかり。カルト教団がかかわるサイコロジカル・スリラーのようである。こちらもいずれ日本語で読めることを期待している。

 

 さて、今年も翻訳ミステリー読者賞の投票が始まっております。これはもう何度も言っていることですが、読者賞は便宜的に順位はついてしまうものの、どの作品も投票してくれた人にとっては第一位に等しい作品なのだということを大事にしています。そのことは、年に何十冊何百冊と読まれる方であっても、自分ではあんまり読んでないなあと思っている方でも同じです。私たちは、あなたの心に刺さったその作品のタイトルを知りたい。そしてそれを、まだ読んでいない誰かに届けたい。そういう思いでやっているのです。読んだのが一作だったとしても大丈夫。その作品に心揺さぶられたなら、迷わず投票してください。シンジケートでも告知記事を掲載していただきましたが、今回は専用フォームでの投票となっておりますので、要項をお読みのうえ、ぜひ投票をお願いいたします。

 そして今回は、結果発表をオンラインイベントとしてYouTubeでリアルタイム配信する予定です。昨年から何度か開催しているイベントと同様、各地の読書会関係者に出演していただくことになっております。4月半ばの開催を予定していますが、詳細についてはまたのちほどお知らせいたします。こちらも楽しみにおまちください。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。