今回は、この夏Youtubeで配信されました「夏の出版社イチオシ祭り!」でご紹介いただいた作品をふたつ取り上げます。

 まずひとつめは、先月末に開催したギョロッケ読書会の課題書となったジェローム・ルブリ『魔王の島』(坂田雪子監訳・青木智美訳 文春文庫)です。この作品をひとことで言い表すとしたら「欺騙に満ちたミステリ」ということになるのでしょうか。読み終わって本を閉じたあともなお、そこに描かれていたものの正体を掴みかねている、そんな気分にさせられます。

 生前まったく交流のなかった祖母の遺品を引き取るため、新聞記者のサンドリーヌはノルマンディー沖の島に渡ります。終戦直後からそこで働いていたという四人の老人だけが今も住み続けているその島は、第二次大戦中にドイツが造ったトーチカがそのまま残っていて、不気味な雰囲気に包まれています。サンドリーヌは、戦後この島に渡り、共同生活を送った子どもたちが、全員死に至ったという事実を知ります。そして島に住む老人たちも……。

 と、ストーリーについて触れられるのはこの辺りまででしょう。あとは作品を手に取っていただきたいと思います。

 とにかく読んだあともいろんな考察の余地がある作品で、読書会でもたくさんの感想や意見が出てきました(といっても、それらを紹介するとネタばれになってしまうのですが)。読み終わって「なるほどそうだったのか」と納得しても、しばらくすると「いやまてよ、こんな解釈が……」「いやいや、こうじゃないか?」などと、いくらでも解釈ができそうで、どこまで行っても本質にたどり着けないような、「読み切った!」という確証の持てない作品です。《彼女のはなしは信じるな。》という帯文も、この作品を書いた著者すらも信じてはいけません。まだの方はぜひ。読み終えたら、ネタばれ「あり」で語りたくなること間違いなしです。

 今回日本初紹介となったジェローム・ルブリはイギリス、フランスなどのレストランに勤務したのち二〇一七年に作家デビュー、『魔王の島』は二〇一九年に発表された三作目だそうです。本作は、二〇一九年のコニャック・ミステリー大賞を受賞するなど本国で高い評価を得ています。一筋縄ではいかないフレンチ・ミステリの系譜に、また一人新たな作家が加わったと言えるでしょう。

 余談ですが、コニャックと名の付くミステリーの賞にはいくつかあり、確認できただけでも「コニャック・ミステリー大賞」「コニャック・ロマンノワール大賞」「コニャック・ポラール・フェスティバル賞」などあるようです。フランスのミステリ賞事情については、本サイトの松川良宏さんによる記事「非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると 第3回 フランス編」にわかりやすく説明されていますので、そちらもご参照ください。

 続いて紹介するのは、トーヴェ・アルステルダール『忘れたとは言わせない』(染田屋茂訳 KADOKAWA)です。スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長編賞とガラスの鍵賞をダブル受賞したミステリなんですが、現在放映中のドラマ『エルピス —希望、あるいは災い—』で扱われているテーマとも重なる部分のある作品で、ミステリファンのみならず、ドラマをご覧になっている方にも強くお勧めしたい作品です。

 舞台となるのはスウェーデン北東部の沿岸地帯。工場跡や石油タンクが放置され、朽ち果てたままとなっているような田舎町で、二十三年前、十六歳の少女が失踪するという事件が起こります。関与を疑われた当時十四歳の少年は、少女の殺害を自白したものの、未成年であったがゆえに捜査の内容が公表されることはなく、少年が罪に問われることもありませんでした。しかしそうはいっても狭い田舎町のこと、少年がどこの誰であるかは住人全員が知るところとなり、少年は追われるようにして町を出ていきます。

 そしていま、その少年ウーロフが、二十三年ぶりに故郷に戻ってきます。彼は、仕事の途中通りかかったという理由で、事件以降絶縁状態となっていた父を訪ねるのですが、そこで彼は、浴室で無惨に殺害されている父スヴェンの姿を発見するのです。

 初動捜査に当たった、地元で警察官補として働くエイラ・シェディンは、殺人事件捜査の経験はなかったものの、地元の知識があるところを買われ捜査に加わることになります。地元民であるエイラがウーロフの過去を知っているのと同じように、エイラの家族のことも、地元民はまたよく知っていて、捜査で聞き込みをするたびに、家を出たままなかなか帰ってくることのない兄マグヌスのことを聞かれるのです。そういった、小さな共同体にありがちな陰の部分が、事件の捜査に大きく影を落とします。

 スヴェン殺しの容疑者として、警察はウーロフを拘留しますが、アリバイが明らかになって、すぐに拘留を解かれます。が、ウーロフを知る地元の人は、過去の事件の記憶も相まって、彼を排除しようとします。地元民のそんな意思は、かつては存在しなかったSNSによって猛烈なスピードで拡散されていくのです。共同体の闇、そして、ネット越しであれば人はいくらでも残酷になれるという事実、著者はウーロフを通してこのような問題を読者に突きつけていきます。

 一方エイラは、都市部からきた刑事らとともに、地元や家族といった共同体の壁に悩みながらも捜査を続けていきます。スヴェン殺しと二十三年前の少女失踪事件という二つの謎が、地道で丹念な捜査をとおしてひとつの謎に収束し、やがてエイラはある真実に到達します。その真実は、犯した罪を抱えて生きることの重さ、人を罪に陥れるということの重さを、私たちに強く訴えかけてくるのです。

 現在、著者の作品としては、二〇一七年にデビュー作の『海岸の女たち』(久山葉子訳 創元推理文庫)が邦訳されているのみですが、本国ではすでにエイラ・シェディンを主人公とした本作の続編が出ており、これは三部作として書き継がれるとのことなので、間を空けずに日本語でも読めることを期待しています。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。Twitterでも随時情報発信中です(Twitterアカウント @hmreadersaward)。

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