まず最初にお礼を。去る四月十六日に発表されました「第11回翻訳ミステリー読者賞」には、過去最高となる二二九票もの投票をいただきました。投票していただいたみなさまに、改めて御礼を申し上げます。ありがとうございました。先日の配信イベントでは、十位から一位までの十三作品を紹介しましたが、投票された八十三作品すべてのリストは、翻訳ミステリー読書会のサイトにて公開しておりますので、そちらもぜひチェックしていただけたらと思っています。

 また今回は新たな試みとして、この結果を書店や図書館に伝えようというプロジェクトを同時に進めています。これは、書店でフェアを開催しているときによく見かける看板用の印刷物と配布用のフライヤーを作成し、ご希望いただいた書店や図書館にお送りしようというものです。看板用の印刷物二種(A4三枚)とフライヤー五十枚をセットにしてお送りしています。本当なら八十三作品すべてを紹介したいところなのですが、展開するスペースの都合もありますし、今回は一位から五位までの六作品に絞って紹介することにしました。この記事を書いている時点で、二十ほどのご施設からお申し込みをいただいておりますが、まだまだ余裕がありますので、この記事を読んでご興味をお持ちになった書店や図書館のご担当者さま、ぜひお申し込みください! 全国の読者が推す二〇二二年を代表する翻訳ミステリー作品の数々を、ぜひ店頭で、図書館で、展開してほしいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

お申し込みはこちらから
https://forms.gle/9EfV8AR1Pk3YTfBt8

 ということで今回は、読者賞の上位三作品に触れてみたいと思います。

 まず第三位に選ばれたのは、クリス・ウィタカー『われら闇より天を見る』(鈴木恵訳 早川書房)です。二〇二二年を代表するミステリといえばこれ! と、多くの方がこのタイトルを挙げるのではないでしょうか。年末のランキングで三冠に輝いたことも記憶に新しいところだと思います。

 アメリカはカリフォルニア州ケープ・ヘイヴン。三十年前、一人の少女が誤って殺されるという事件が起きます。犯人はまだ十代の少年でしたが、成人刑務所での服役という厳しい判決が下され、以来少年は出所までの三十年を刑務所で過ごします。そして殺された少女の姉は、事件からなかなか立ち直ることができないまま大人になり、酒と薬物に溺れる日々を送るようになります。そんな母、スターの世話を焼く娘、本作の主人公ダッチェスは、まだ十三歳でありながら「無法者」を自称し、世間に対して何かと歯向かおうとしています。

 もうひとりの主人公ウォークは、ケープ・ヘイヴン署の署長であり、三十年間服役していた少年ヴィンセントの親友でもあります。そして、スターとも幼なじみでありました。三人とも過去の事件をなんらかの形で引きずっているのですが、ヴィンセントの出所をきっかけにまた新たな事件が起こり、ウォークは事件の謎を追ううちに、過去に隠されていた秘密に迫っていきます。

 事件と謎が中心に据えられているからには、もちろん本作はミステリーといえるわけですが、他にもさまざまな要素が混ざり合っていて、ジャンルレスとでもいうべき作品になっています。ウォークの目線で読むならミステリーですし、ダッチェスの目線であれば成長小説、青春小説という見方もできる。また別の見方をするならリーガルものとも言えるし、ロードノベルの要素もある。さまざまな読み方ができて、かつどのように読んでも強い余韻を残す作品です。とりわけ私の場合、ダッチェスと弟ロビンの境遇に痛々しさを感じつつもほのかに希望の灯火があることを信じながら読み、一方で、ある人物の境遇と行動から「贖罪とは?」という問いを突きつけられているかのような気持ちで読みました。これから読むあなたは、いったいどんな読み方をするのでしょう。読後、誰かとゆっくり語り合いたくなるような作品です。

 続いて第二位となったのは、ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(山田蘭訳 集英社文庫)です。本書の冒頭にはこんな文章があります。

《きみたちには何の予備知識もない状態で同封の書類を読んでもらうのが最善と考えている》(九ページ)

 ある弁護士から、二人の司法修習生に宛てて書かれたこの言葉は、そのまま読者である私たちにも向けられています。同封の書類とは、イギリスの田舎町で活動しているアマチュア劇団の団員たちの間でやり取りされた膨大な量のメール、テキストメッセージ、そしてメモの類です。この小説のほとんどは、こういったメッセージ類のやり取りで構成されています。なかなか他に類を見ない形の小説だと言えるでしょう。

 始まりは、劇団の主宰であり演出家でもあるマーティンから劇団員に向けて、「孫娘のポピーが脳腫瘍を患っていて、新しい治療薬を使うために大金が必要になる」というメールが送られたことでした。知らせを聞いた団員たちは、なんとかしてマーティンとその家族の力になろうと募金活動を始めます。みんなの努力によって、募金活動は順調に進んでいると思われていたのですが……。

 と、こう書くと小さなコミュニティでのトラブルを描いたものかと思うかもしれませんがさにあらず。メールのなかで少しずつほのめかされる事実やつぎはぎだらけの情報によって、司法修習生たちと同様、読者もやがてある事件へと導かれていくという、技巧を尽くしたミステリーになっているのです。

 メールやメッセージのやり取りを読みながら、なかなか起こらない「事件」への興味を膨らませながら読み進める楽しみもさることながら、メールのやり取りから垣間見えるコミュニティの人間関係が実におもしろい、というのが大きなポイントです。登場人物たちの無邪気さやずるさ、ドス黒さというものを覗き込みつつ、読者自身のリアルな人間関係に置き換えつつ読むことも可能で、なんとなく尻がムズムズするような感覚も味わえます。

 独特な構成でありながら、内容は本格ど真ん中と言ってもいい、相当に意欲的な作品です。ぜひ、みなさんもあれやこれやと推理しながら読んでもらいたいと思います(私はもちろん外しました)。

 そして、今年の読者賞第一位に輝いたのは、莫理斯(トレヴァー・モリス)『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』(舩山むつみ訳 文藝春秋)でした。さらに本作は、四月二十四日に発表となった第九回日本翻訳大賞も受賞されましたので、合わせて二冠ということになります。

 辮髪(べんぱつ)とは、頭髪の一部だけを残して剃り上げ、その残った毛髪を三つ編みにして後ろに垂らすという髪型のことで、本作の舞台である一九世紀末の香港では一般的な髪型だったようです。

 冒頭で触れたフライヤーにおいて、私はこの作品について短文を書いているのですが、それはこのような内容でした。

《幼少の頃に読み知った「シャーロック・ホームズ」と自身の故郷なる「香港」に限りない愛着を持つ著者にしか描き得ない新たなるホームズ譚。本家ファンも驚くようなアイデアを惜しみなく投じつつ、正典へのリスペクトを決して忘れない、まさにパスティーシュのお手本とでもいうべき傑作です。一九世紀末香港の様子をいきいきと描き出す歴史小説としての側面も見逃せません!》

 ホームズと香港を組み合わせるといっても、「ホームズ香港へ行く」といったものではなく、ホームズの世界をそのまま清代の香港に移したらどうなるかという、いわば二次創作のような趣のある作品です。一九世紀末といえば、本家もイギリスで大活躍していた頃。香港とイギリス、二人のホームズが同時に存在していたら、と考えると楽しくなってきます。

 本作は六編からなる短編集なのですが、それぞれのタイトルは順に「血文字の謎」「紅毛嬌街」「黄色い顔のねじれた男」「親王府の醜聞」「ベトナム語通訳」「買弁の書記」となっていて、これらのタイトルを見ただけでも「お?」と思う人はたくさんいると思います。これらのタイトルからもわかるとおり、どの話も正典とよく似た流れで始まるのですが、そこに著者独自のアイデアを盛り込んで違った結末を見せているところに、パスティーシュ作者としての矜持が伺えます。

 また、ホームズといえばワトスン以外にも、記憶に残るキャラクターがたくさんいます。そういったキャラクターが作中どんな形で登場してくるのかという点も、ファンにとっては読みどころのひとつと言えるでしょう。

 本作は四部作の第一作とのことで、訳者あとがきでは「完成させつつある」となっていた第二作も、先日の配信イベントで舩山むつみさんに伺ったところによるとすでに刊行済みで、いまは第三作執筆中とのこと。いずれ日本語でも読めることになるかと思います。楽しみです。

 今年も、読者の胸を熱くするような傑作がどんどん出てくることと思います。各地でおこなわれている翻訳ミステリー読書会や、この読者賞の活動をとおして、これからもひとりでも多くの方に、翻訳ミステリーの魅力をお届けするお手伝いができればと思っています。第十二回読者賞は、二〇二三年一月から十二月までに刊行された作品が対象です。みなさん、今年も大いに読み、そしてぜひ投票をよろしくお願いいたします。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡読書会世話人兼読者賞の実行委員。読者賞の全結果はごらんになったでしょうか。みなさまの読書ライフがより充実したものとなることを願っています!
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