1930年代半ばのイギリス。ディープディーン女子寄宿学校に在籍するデイジー・ウェルズとヘイゼル・ウォンは、密かに探偵倶楽部を結成しています。その名も、それぞれの名字を冠して〈ウェルズ&ウォン探偵倶楽部〉。ふたりはさっそく校内で起きた事件――消えた死体の謎――に挑み、見事に解決しました。そしてこんどは、お屋敷で起きた事件の真相に迫ります。それが、きょうご紹介する〈英国少女探偵の事件簿〉シリーズの第2作『貴族屋敷の嘘つきなお茶会』です。
タイトルにある“貴族屋敷”とは、デイジーのお屋敷のこと。そう、デイジーは伯爵の娘なのです。事件はそのお屋敷(フォーリンフォード邸)で起きました。イースターの休暇を過ごすため、デイジーがヘイゼルといっしょに帰省したときのことです。
じつは、この休暇中に誕生日を迎えるデイジーのためにお祝いのお茶会が開かれることになっていて、お屋敷にはヘイゼルのほかにも招待客がいました。そのなかのひとりで、デイジーのママの友人だというカーティス氏が急死したのです。彼を診断した医師のことばから、カーティス氏は殺されたにちがいないと確信したデイジーとヘイゼルは、真相究明に乗りだします。
本シリーズの魅力はなんといっても、ヘイゼルとデイジーのキャラクターのすばらしさにあると思います。デイジーは金髪に青い目の持ち主で、成績はまあまあですが運動神経は抜群で、学校では上級生からも下級生からも人気があります。一方のヘイゼルは香港からの転校生で、黒い髪に黒い目。その外見のせいで、自分は“人とはちがう”ことをつねに意識させられています。しかも転校当初は、身だしなみはきちんとしているし授業中も積極的に発言するしで、その“空気の読めなさ”に周りからはいっそう、距離を置かれていました。でも、あることに気づいてからは涙ぐましい努力をし(ほんとうに切ないです。ぜひ、1作目『お嬢さま学校にはふさわしくない死体』をお読みください)、徐々にみんなと仲よくなっていきます。そのあることにはデイジーが深く関係していて、これをきかっけに、ふたりはお互いに最高の理解者になりました。
こうしてデイジーとヘイゼルの仲は安泰……となればいいのですが、そうはすんなりいきません。何かと自分を振りまわすデイジーに、ヘイゼルはうんざりすることもあります。デイジーはというと、ヘイゼルの賢さを認めているものの、彼女を傷つけるようなことを平気で口にします。探偵倶楽部を結成したときも、自分はさっさと会長に収まってヘイゼルを書記に任命するし、捜査中はヘイゼルに損な役回りを押しつけます。そんなときのヘイゼルは、いやだと思いながらも「デイジーはデイジーらしく振る舞っているだけだから」と言われるままに従い、デイジーはデイジーで、ヘイゼルがそうするのがとうぜんだと思っている。個人的にはヘイゼルのほうに自分の10代のころが重なり、彼女に愛しさを感じます。とはいえ、デイジーはたんにわがままで自己チューなお嬢さまというのではなく、ヘイゼルも言っているように、それがデイジーなのです。10代の無頓着な残酷さには思い当たるところがある、という人も多いのではないでしょうか。
ところで、本シリーズはキャラクター“だけ”で読ませる作品ではありません。時代設定が1930年代のイギリスというだけあり、事件が起きる舞台もまた、読んでいて楽しいところです。今回はそれが、“ザ・イギリスの邸宅”というお屋敷。捜査をするのにデイジーとヘイゼルはそのお屋敷のなかを自在に動き回るだけでなく、敷地内にある迷路(メイズ)で尾行をしたり、秘密の木(シークレットツリー)の太い枝に腰を下ろして捜査会議をしたりするので、フォーリンフォード邸を隅々まで堪能できます。
そして、そして。謎解き部分もしっかりとしているのです。ふたりは容疑者をリストアップし、そのひとりひとりの動機を考え、アリバイを調べ、関係者に聞きこみをする。偶然に頼らず地道に捜査活動をして、犯人を突き止めるのです。ミステリは好きだけれどコージーはちょっと……と思っている方にも満足していただけるはずです(というか、そういう方にこそ読んでいただきたい。びっくりしますよ)。
さいしょに本シリーズを読んだとき、ヘイゼルとデイジーの魅力と謎解きのおもしろさにすっかり虜になり、「ぜひ、日本でも紹介したい」と強く思いました。じっさいに出版が決まっただけでもうれしかったのですが、その翻訳をさせていただけることになって小躍りしたことは、また、べつの話です。
ぜひぜひ、〈ウェルズ&ウォン探偵倶楽部〉の一員になったつもりでお楽しみください。
吉野山早苗(よしのやま さなえ) |
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コージー沼にはまったきっかけは、表紙に惹かれた『ミステリ講座の殺人』(キャロリン・G・ハート/青木久恵訳/ミステリアス・プレス文庫)です。 〈英国少女探偵の事件簿〉シリーズ、ご贔屓のほど、よろしくお願いします。 |
「月餅が好きな女の子」というだけで、たまらなく愛おしくなってしまうのはわたしだけでしょうか?
本シリーズは1930年代のイギリスが舞台。女子寄宿学校に通う14歳の少女二人組が探偵倶楽部を結成し、数々の難事件に挑みます。
ワトソン役を務めるヘイゼルは、香港出身の転校生で食いしん坊。イギリスのお嬢さま学校に転校してきた彼女の心の支えは、実家から送られてくる手作りの月餅。「異教徒のパイ」なんて同級生にからかわれても、なんのその。本の下に隠してこっそり食べます。なんて健気(泣)。手作りの月餅ってどんな味なんでしょうね。コンビニのレジ前に並んでいる月餅もなかなかですが、手作りの味にはかなわないのでしょうか。
ヘイゼルははっきり言います。
「目の前のゼリーはどれもすごくおいしそうだったけど、月餅に比べたらそのおいしさも半分くらいのもの」
どれだけ月餅おいしいんだ!!! うう~、気になります。
……と、本の内容紹介どころか、月餅のお話しかしていませんが、本文で月餅に触れているのは数行程度です(汗)。訳者の吉野山さんに「ヘイゼルの月餅好きがツボ」とお伝えしたら、「月餅好きがツボな編集Aがツボ」と返されたこともありましたっけ(笑)
コージーミステリの面白さは細部にあり! というわけでみなさん、本シリーズは読むときはぜひ主人公の大好物「月餅」にもご注目を(笑)。そして、少女ならではの揺れ動く気持ち、健気な姿も読みどころです。
本国イギリスでは15万部突破の大人気の本シリーズ。ぜひ応援よろしくお願いします。
(原書房 編集担当 A)