稀代の名翻訳者・東江一紀さんが惜しまれつつ他界なさってから、もうすぐ4年。
 逝去のあとには《ミステリマガジン》などの雑誌でも特集が組まれ、各地での読書会、トークイベント、書店フェアなどがおこなわれました(くわしい様子についてはここここを見てください)。このサイトでも、「東江翻訳のベスト本を選べ!」という特集が5回にわたって組まれ、常連投稿者のほとんどがそれぞれの思いを語ってくれたものです。
 さらに、遺作『ストーナー』(ケイシー・アフレック主演で映画化予定!)が第1回日本翻訳大賞読者賞を受賞し、その格調高い訳文にだれもが酔わされました。
 その東江さんには、もうひとつ、駄洒落やことば遊び満載の脱力系エッセイの達人という顔がありました。このたび、東江さんが長年にわたってしたためた、あまりにもくだら――いや、珠玉のエッセイ集が作品社から刊行される運びとなりました。


 す、すみません、このタイトルを考えたの、わたしです。
 ついでに、各章の章タイトルはこんな感じ。これは編集者といっしょに考えました。

・執筆は父としてはかどらず
・お便りだけが頼りです
・訳介な仕事だ、まったく
・冬来たりなば春唐辛子
・小売りの微少
・寝耳に蚯蚓
・待て馬鹿色の日和あり
・変な表記、じゃない、編者後記

 これ、最後の編者後記を除くすべてが、東江さんが書いた迷文、いや名文のなかに出てくる変ちく――いや、含蓄豊かな名文句です。ここ数か月間、この本の編纂作業にかかわっていたせいで、うちのパソコンのATOKくんがいかれてしまって、「生殖に身を捧げた男」とか「飯能が( ̄△ ̄)」(「反応が起こる」です、念のため)とか、すっかり東江さんが憑依したらしく、あらためて、ことばの魔術師・東江一紀の偉大さが胸によみがえってきたしだい。東江節は不滅です。
 雑誌の連載エッセイだけでなく、訳者あとがきや訳書紹介記事の傑作選、さらには交流のあっただれもが毎年楽しみにしていた年賀状「能ヶ谷通信」や手製名刺など、盛りだくさんの内容です。
 
 東江さんの訳書をまったく読んだことのない人も、というより、ない人こそ、ぜひこの本を楽しんでください。ただし、電車のなかで読むときは、腹筋と眼筋の崩壊にご注意を。
 ついでに言うと、表紙カバーのインパクトはなかなかですが、カバーをはずすと、もっと衝撃的なものが目にはいります。ぜひ実物を確認してください。
 
 ちょっと自己宣伝になってしまいますが、偶然ながらわたしの著書『文芸翻訳教室』も同日発売です。そのなかでも東江さんの名訳や翻訳論をいくつか紹介しているので、そっちもぜひどうぞ。
 
『ねみみにみみず』の刊行を記念して、関西・関東でトークイベントがあります。
 東江さんゆかりの秘密のプレゼントなども用意しているので、ぜひお越しください。

翻訳者、東江一紀の仕事と日常

 4月29日(日)11時から12時30分まで
 京都出町座
 登壇者:青木誠也(作品社編集者、『ねみみにみみず』担当)、越前敏弥

『ねみみにみみず』刊行記念・第24回翻訳百景ミニイベント

 5月10日(木)19時00分から20時30分
 東京ウィメンズプラザ(最寄り駅は表参道と渋谷)
 登壇者:青木誠也(作品社編集者、『ねみみにみみず』担当)
     大須賀典子(翻訳者、東江門下)
     ないとうふみこ(翻訳者、東江門下)
     越前敏弥
 

越前敏弥(えちぜん としや)
 出版業界紙《新文化》の「風信」というコラムに「全国翻訳ミステリー読書会とラーメン」というお題で書いています。先日の第1回は熊本、来月上旬の第2回はどこにするか検討中。今月末の京都イベントの日は新福菜館か第一旭か、あるいは新規開拓か……。5月の広島読書会にも参加します。広島の絶品ラーメン情報を募集中。
・ツイッターアカウント: @t_echizen
・公式ブログ 翻訳百景
■担当編集者よりひとこと■

 むかしむかしあるところに、ひとりの変集者がおりました。変集者が道をてくてくと歩いていると、向こうのほうから版権エージェントのマロンヒルさん(仮名)がやってきて、「もし、この雑誌連載を本にしておくんなさい」と言い、「ほのぼの・しみじみ・うふふ通信」と名づけられた連載のコピーを変(略)にくださいました。変(略)が「面白いなあ、これ。でも本にするには分量が少ないなあ」と思いつつけらけらと笑いながら読み、さらにとことこと歩いていると、向こうのほうから元「H訳のS界」のÇa vaさん(仮名)がやってきて、「その人は昔、私の雑誌にたくさんのエッセイを書いてくださったのですよ」と言い、「H訳のS界」のバックナンバーから選り出してコピーを取り、変(略)に送ってくださいました。変(略)が両手いっぱいのコピーを抱えながらよたよたと歩いていると、向こうのほうから有倍人さん(仮名)がやってきて、「そのコピーの山を私が整理してあげましょう」と言い、ことば通りきれいにまとめてくれました。すっきりしたのでほくほくしながら変(略)が歩いていると、向こうのほうからラーメン大好きE前さん(仮名)がやってきたので、「これを一冊の本にしたいので力を貸してください」とお願いすると、「手を貸すに吝かではないが現在Dン・Bラウンの新作の翻訳で多忙につき、訳了まで待たれたい」とおっしゃったかと思うと、言ったそばから追加収録作品の案だの書名の案だの「変な表記」と題されたあとがきの原稿だのを送ってくださり、変(略)はちっとも待たされることはありませんでした。最後に有倍人さん(仮名)といっしょにデザイナーのBOTANICAさん(仮名)のところに行くと、打ち合わせの前に装幀はすでにできあがっていました(なんで?)。本書『ねみみにみみず』は、このようにして完成したのです。あ、変(略)なにもしてないじゃん!

作品社・青木誠也)

 



 

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