このたびの平成30年7月豪雨にて被災されたみなさまに謹んでお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復旧、復興を心より祈念しております。

 それにしても毎日暑い日が続いています。福岡では連日最高気温が35℃前後まで上がっていて、日中外出するのをためらわれるほどの暑さにうんざりしているのですが、関東甲信では40℃を超える気温を記録した地域もあるとニュースで聞きました。想像を絶する暑さ。まさに災害レベルですね。熱中症対策を怠らないよう気をつけて、なんとかこの酷暑を乗り切りたいものです。

 さて、今回の読者賞だよりは、この暑さだからというわけではありませんが、北欧はアイスランドのミステリーを取り上げたいと思います。北欧ミステリーはもう改めて説明する必要もないほど定着していますが、アイスランド発のミステリーとなると、日本に紹介された作品数(作家数)は他の国と比べてぐっと下がります。これまでに邦訳が出ているのは、『魔女遊戯』イルサ・シグルザルドッティル(2011年)、2012年から順調に邦訳が進んでいるアーナルデュル・インドリダソン、そして2013年に『フラテイの暗号』が紹介されたヴィクトル・アルナル・インゴウルフソンぐらいでしょうか。今回取り上げるラグナル・ヨナソンが、おそらく4人目ということになります。それにしても、人口34万の国から4人ものミステリー作家が日本に紹介されているというのは、考えてみたらすごいことですよね。

 ラグナル・ヨナソンの「ダーク・アイスランド・シリーズ」は現在、昨年5月に『雪盲(SNOWBLIND)』と、そして今月出たばかりの『極夜の警官(NIGHTBLIND)』の2作品が刊行されています。本シリーズの主人公はアリ=ソウルという警察官。舞台は首都レイキャヴィークから北に400km、アイスランド北端の寂れた町シグルフィヨルズル。人口1200人の小さな町では家に鍵をかける習慣もなく、住民どうしがみな知り合いのような状態で隠しごとができるような環境ではなく、「ここらじゃどうせ何も起きないんだから」という警察署長トーマスの言葉もあながち嘘じゃないんだろうと思わせます。新人警察官としてシグルフィヨルズルに赴任したばかりのアリ=ソウルは、レイキャヴィークに残してきた恋人とのわだかまりや雪とフィヨルドが醸し出す閉塞感から、なぜこんなところに来てしまったのかと後悔する日々を送っているそんな中、市民劇団の代表をしている老作家が劇場の階段から転落死する事件が起こります。この転落死は事故なのか、あるいは……。『雪盲』はこのような出だしで始まります。

 この町で殺人なんて起こるはずがない……老作家の死はいったん事故として処理されることになりますが、その後、血にまみれたまま雪の中に倒れている半裸の女性が発見されるにいたって、直前に起こった転落死についても事故という見方を改めることを余儀なくされます。また、ストーリーの合間には押し込み強盗の描写が短く何度も挟まれ、これが捜査とどのように絡んでくるのかというのもポイントです。

 2作目の『極夜の警官』では、署長トーマスはレイキャヴィークに転勤しており、警察署はアリ=ソウルと新任署長のヘルヨウルフルの2名体制となっています。インフルエンザで休暇を取っているアリ=ソウルの代わりに、とある空き家の捜査に単身乗り込んだヘルヨウルフルは、散弾銃で撃たれ重体となり、この事件の捜査に病み上がりのアリ=ソウルと、レイキャヴィークから応援に駆けつけたトーマスが当たります。トーマスは、警官を撃った奴は絶対許せないという姿勢で捜査に臨みますが、真相に近づくどころかヘルヨウルフルがなぜ空き家に向かったのかさえもなかなか明らかになりません。新任の市長と副市長に関わる事件やトーマスの又従兄弟のエピソード、また、事件現場となる空き家に関わる昔話を絡めつつ、”誰がヘルヨウルフルを撃ったのか”という謎に少しずつ迫っていきます。

 『雪盲』『極夜の警官』、どちらも本格的な犯人探し小説として非常に優れていると思いますが、ここでは2作に共通する特色をふたつほど挙げておきます。

 まずひとつめは、警察小説でありながら、近年の作品ではおなじみとなっている科学捜査や司法解剖といった手法がほとんど出てこないということです。シグルフィヨルズルが天候次第で陸の孤島となってしまうことが、高度な科学捜査を困難にしているのですが、一方でこの特色は、犯人が逃走するという可能性を排除し、探偵役がじっくり捜査や聞き込みをする土壌を作り上げるという効果を生み出します。このような状況下で、どう捜査を進め、そして真相にたどり着くのか、というのも読みどころのひとつです。

 もうひとつは、登場人物すべて、なんらかの「欠け」を抱えているということです。住民どうしみんな知り合いのような小さな町。犯罪など起こりようもないと誰もが思っているような町。そんな一見平和に見える町に住む人たちも、それぞれ秘めた思い、あるいは飢えや渇きを持っている。それら心の「欠け」が、小さな町の住民が織りなす人間関係の上に微妙な影を落としている様を描いていきます。「ダーク・アイスランド」というシリーズ名には、このような意味が込められているのではないでしょうか。

 ありきたりな言い方になってしまいますが、『雪盲』にしろ『極夜の警官』にしろ、とてもうまい小説です。特に『極夜の警官』は、読み終わった後、改めて冒頭の数ページを読み返してみて初めて気づくうまさに唸りました。どこがどううまいのか、それはここでは説明できません。実際に手に取ってみて味わってもらえればと思います。

 ちなみに『雪盲』はシリーズ1作目、『極夜の警官』はシリーズ5作目ですが、日本での出版順は英語版の順に倣っています。『雪盲』のあとがきによれば、シリーズ2作目の『Blackout』も日本での刊行が決まっているようです。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。