こんにちは、白須です。「訳者自身による新刊紹介コーナー」でありながら、訳者である森沢くみ子さんを差し置いてしゃしゃり出てきてしまい、大変恐縮です。というのも、今回は本書『はらぺこ犬の秘密』を皮切りに全未訳作品が刊行される予定の、ジョニーとサムのシリーズをぜひ紹介させていただきたいということで、しばらくおつき合いくださいませ。本書の内容については、のちほど訳者の森沢さんにバトンタッチしますのでお楽しみに!

■作者グルーバーについて
 作者フランク・グルーバーはミネソタ州出身のアメリカの作家・脚本家。さまざまな職を経て、1930年代から作家としてパルプ・マガジンを中心に活躍しました。複数のペンネームを持ち、きわめて多作で、ハリウッドでは脚本も手がけています。彼の自伝には、ミステリーの成功を左右する要素として「派手なヒーロー、テーマ、仇役、背景、殺人方法、動機、手がかり、トリック、アクション、クライマックス、情緒」の11項目が挙げられていますが、まさにこうした要素が盛りだくさんの、サービス精神にあふれた作風です。
 1940年には、ジョニーとサムが初登場するユーモア・ミステリー『フランス鍵の秘密』を発表。以降、ジョニーとサムのシリーズは全14作刊行され、現在邦訳されているのは『フランス鍵の秘密』のほか、第2作『笑うきつね』、第4作『海軍拳銃』『コルト拳銃の謎』)、第8作『ゴースト・タウンの謎』、そして第10作『噂のレコード原盤の秘密』となっています。
 今回刊行される『はらぺこ犬の秘密』はシリーズ第3作に当たり、今後、論創社より発表年順に未訳作品9作すべてが刊行される予定です。第5作に当たる次作『The Talking Clock』は拙訳にてお送りする予定ですので、こちらもぜひご期待ください。
 

■ジョニーとサムとは?

「だがな、おれたちは実際には犯罪をおかしちゃいないんだぞ」
「モテルの宿賃を踏み倒してるぜ」
「あんなのは犯罪のうちにはいらん。ありゃ、必要に迫られてやったことだ。じゃ、どうすればよかったんだ? 部屋代がないから、自動車の中で寝ろというのか?」

『ゴースト・タウンの謎』) 

 ジョニー・フレッチャーとサム・クラッグは、本のセールスを生業とする二人組です。ジョニーはのっぽで痩せ型、サムは体重220ポンド(約100キロ)のがっしりした体型。このサムの恵まれた体格を生かし、彼らは人の集まる場所で、いわば〝実演販売〟を行います。ジョニーは上半身裸のサムを「ヤング・サムスン」と呼び、頑丈なベルトや鎖を胸に巻きつけ、断ち切らせます。そして、病弱だった彼がこのような肉体を手にした秘訣が書かれた本『だれでもサムスンになれる』を「わずかの2ドル95セント」で販売するわけです(もちろん、ベルトには切れ目が入っていたり、鎖はリングのひとつが柔らかい素材でできていたりするのですが)。本は飛ぶように売れますが、悪銭身につかずで結局いつの間にかなくなってしまい、たいてい金に困っている状況。しかしジョニーはまったく意に介しません。ホテル代を踏み倒すのは朝飯前。犯罪すれすれどころか、まぎれもない犯罪も含め、あの手この手で世の中を渡っていきます。サムのほうは犯罪行為には気が進まないようですが、背に腹は代えられぬということでジョニーに従います。同じく、犯罪のにおいを嗅ぎつけると首を突っ込みたがるのはジョニーで、サムはしぶしぶ巻き込まれるというのがお約束となっています。
 
 この二人組に加え、シリーズではおなじみの登場人物が彩を添えてくれます。常に二人に悩まされる〈四十五丁目ホテル〉のマネジャー、ミスター・ピーボディ、ボーイ長のエディ・ミラー、『だれでもサムスンになれる』の版元モート・マリ、ニューヨーク市警のマディガン警部補など、シリーズを通していろいろな場面に登場しますので、お楽しみに。ニューヨークを拠点としながらも、『コルト拳銃の謎』ではシカゴ、『ゴースト・タウンの謎』ではアリゾナ州トゥームストーン、『はらぺこ犬の秘密』ではセントルイスと、さまざまな場所が舞台になります。次はジョニーとサムがどんな冒険に巻き込まれるか、どうぞご期待ください。
 それではお待たせしました。ここで訳者の森沢くみ子さんにバトンタッチです!
 


 それでは、『はらぺこ犬の秘密』のご紹介を!
 たいていお金に困っているジョニーとサムですが、今作では、商売も順調、ニューヨークで定宿にしている〈四十五丁目ホテル〉でも宿泊費の滞納はありません。そこへ転がり込んできたのが、25年間も音信不通だったサムの伯父ジュリアスが死亡し、最近親者であるサムが全財産を相続することになったという知らせ。
 二人は喜び勇んで、遺産相続のためにセントルイスへと出かけます。ジュリアスは金持ちだったらしく、その堂々たる屋敷と広大な敷地に、さしものジョニーも言葉に詰まるほど。ところが屋敷には、ジュリアスが養子にするはずだったという小生意気な若者が住んでおり、敷地に立つ大きな建物には、200頭もの巨大なセントバーナード犬が……。なぜか預金残高がほぼゼロという状況のなか、ジュリアスの金を巡って、胡散臭そうな男たちが次から次へと現れます。
 犬がなにより苦手なサムは逃げ腰になりますが、犬のブリーダーだったというジュリアスが無残な手口で殺害されていたと知ったジョニーは、持ち前の情報収集力と推理力を働かせて、犯人を突き止めようとします。
 窮地に立たされたジョニーの度肝を抜くアイデアの数々、丁々発止のやりとり、サムの知られざる特技など、名場面(珍場面?)が目白押し! ぜひ、お楽しみください。

森沢くみ子) 

■ジョニー&サム シリーズ全リスト
The French Key(1940) *別題 The French Key Mystery, Once Over Deadly『フランス鍵の秘密』早川書房
The Laughing Fox(1940)『笑うきつね』早川書房
The Hungry Dog(1941) *別題 The Hungry Dog Murders, Die Like a Dog『はらぺこ犬の秘密』論創社
The Navy Colt(1941)『海軍拳銃』早川書房、『コルト拳銃の謎』東京創元社
The Talking Clock(1941)
The Gift Horse(1942)
The Mighty Blackhead(1942)*別題 The Corpse Moved Upstairs
The Silver Tombstone(1945) *別題 The Silver Tombstone Mystery『ゴースト・タウンの謎』東京創元社
The Honest Dealer(1947)
The Whispering Master(1947)『噂のレコード原盤の秘密』論創社
The Scarlet Feather(1948)*別題 The Gamecock Murders
The Leather Duke(1949)*別題 A Job of Murder
The Limping Goose(1954)*別題 Murder One
Swing Low, Swing Dead(1964)

白須清美(しらす きよみ)
 山梨県出身。主な訳書はカーター・ディクスン『かくして殺人へ』(東京創元社)、アントニイ・バークリー『服用禁止』(原書房)、C・デイリー・キング『いい加減な遺骸』(論創社)など。今秋刊行予定のマーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』(森英俊氏と共訳・国書刊行会)もぜひよろしくお願いします! ニューオリンズが大好き。ザリガニとAbitaビールとベニエが恋しくて(もちろんジャズも!)、お金と時間があると夫婦で行ってます。最近の趣味はフラメンコ。
森沢くみ子(もりさわ くみこ)
 香川県出身。主な訳書はヘンリー・スレッサー『最期の言葉』(論創社)、エリック・キース『ムーンズエンド荘の殺人』(東京創元社)、エラリー・クイーン『熱く冷たいアリバイ』(原書房)、ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』(アトリエサード)など。
 最近の趣味は、「国技館5000人の第九コンサート」で歌うこと。今年こそ、完全暗譜を目指します~
■担当編集者よりひとこと■

 ある日、仁賀克雄さんの門下生〈HELL FIRE CLUB〉の翻訳者の方から「仁賀先生がフランク・グルーバーの未訳作品を論創社で全点刊行すると仰ってます!」と連絡をうけました。
 当時『噂のレコード原盤の秘密』(仁賀克雄訳)の担当編集者であった私には初耳でした。おそらく「読者の反応をみて、次も刊行しますよ」となにげなく告げた私の言葉が、嬉しいことに誤解されたのだと思います。そこで、今までの仁賀先生の恩義に応えるため編集部で相談をし、全点刊行を約束しました。
 ジョニー・フレッチャーとサム・クラッグのシリーズ物は、とても面白く、本格的な謎解きもあります。この未訳シリーズを、一度手に取って読んで頂ければ幸いです。何卒よろしくお願いいたします。

(担当編集者・林 威一郎) 

 












 

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