今回はポール・アルテです。

 アルテとその作品については、「フランス」人作家の「本格」ミステリ小説ということで、この、鍵括弧で括った2つのキーワードを聞くと思わず涎を垂らしてしまうような人にとっては言わずとしれた、というべきかもしれません。しかし一方で、これらのキーワードにアレルギーを持っている人がいるというのも、これまで読書会を企画してきてなんとなく感じていることだったりします。

 じっさい私自身、こういうキーワードには無頓着なほうで、「フランスミステリの魅力とは」とか「本格の定義とは」なんて話になるともうちんぷんかんぷん。系統立てて読んでいない弱みといえばそれまでかもしれませんが、そういう話はもっと詳しい人にお願いするとして(というかたぶんもうすでに多くの人が語っているんでしょうけれど……)、じゃあ私がこれから書くのは何なのかというとお伝えしたいのはたったひとつ。

 ポール・アルテはおもしろい。

 これだけです。フランスとか本格とか、そんなキーワードはとりあえずいったん忘れましょう。「フランスのジョン・ディクスン・カー」なんて異名があるってことも知らなくてけっこう。ただ目の前にある作品と向き合うだけ。アルテのおもしろさは、それだけで十分おわかりいただけるのではないかと思うのです。

 今年の9月、ポール・アルテの新作が刊行されました。2010年の『殺す手紙』以来8年ぶりの新作。版元は、これまでアルテ作品を送り出してきた早川書房ではなく、行舟文化という聞き慣れない出版社でした。今回は、この行舟文化から刊行された『あやかしの裏通り』を紹介したいと思います。翻訳はもちろんアルテ作品ではおなじみの平岡敦さん。本作はアルテ作品久々の邦訳であると同時に、これまで日本のファンに親しまれたツイスト博士シリーズではなく、名探偵オーウェン・バーンズを主人公とするシリーズの日本初紹介作となります(シリーズとしては第4作)。余談ですが、行舟文化は福岡の出版社。運営されている方は福岡読書会に定期的に参加していただいているメンバーでもあります。まあだから、ちょっと応援したいという気持ちがない……と言ったら嘘になりますが、でもやっぱり作品そのものに魅力がなければ記事にする意味がありませんし、本作のおもしろさを以下で十二分に伝えられればと思っています。

 本作の舞台は1900年初頭のイギリス。アメリカ人外交官のラルフ・ティアニーは、仕事で訪れたロンドンで、姿形が似ているというだけで脱走犯と勘違いされ、警察から追われるという目にあいます。なぜ追われるのかわからないままロンドンの街なかを逃げるラルフは、その途中である裏通りへと迷い込みます。その路地にいたのは、だぶだぶのコートにシルクハットをかぶった年齢不詳の男、赤いケープを羽織った厚化粧の女、サングラスをかけ帽子を目深にかぶったブドウ売りの男。彼らとの要領を得ない会話ののちに、女からとある家に入るよう言われたラルフは、そこで奇妙な殺人の場面を目撃します。あまりの光景に驚いたラルフは、なんとかホテルへ帰ろうと路地に出るのですが、大事なライターを忘れたことを思い出し引き返そうとします。しかし、彼がまぎれこんだその裏通り――クラーケン・ストリート――は、さっきまで確かに存在していたにもかかわらず、忽然と消えてなくなっていたのです。この話を聞いたオーウェン・バーンズは、あまりの荒唐無稽さに最初はラルフの作り話だと考えます。しかし、訴えかける真剣な表情と、そしてなにより、彼と同じような体験をした人間が他にもいるということを知るにいたり、調査に値する事案だと判断します。

 その後の調査で、彼らが奇妙な家の中で見た殺人の様子は、過去に起こったこと(あるいは未来に起こること)だということが明らかになります。彼らはなぜ裏通りに導かれ殺人の様子を見せられたのか。そしてその通りはどうやって現れ、またどうやって消失したのか。これらの出来事の裏にどんな企みが潜んでいるのか。オーウェン・バーンズとその友人アキレス・ストックは、その真相を明らかにするべく手立てを尽くします。

 いかがでしょう。実に盛りだくさんの内容と思いませんか。冒頭から謎がてんこ盛り、WHOとHOWとWHYがあまりにも複雑に入り組んでいてとっちらかった印象さえありますが、テンポのいい展開と訳のよさでするすると読み進むことができます。が、普段、地道な捜査によって手がかりを積み上げていって事件を解決に導くタイプの小説を読み慣れていると、本作のように「物語が先に進むにつれて謎が膨らんでいく」タイプの小説は、読んでいると「これホントに解決できるのかよ」という不安が膨らんでくるんですね。しかしそこは手練の技と言うべきか、幻想的に提示された謎の数々が、理路整然と解決に導かれるさまは実に鮮やか。多少強引さを感じるところもありますがそこはご愛嬌。そして、謎解きの先に浮かび上がってくる真相が明らかになった時、本作が単なる謎解き小説ではない、物語としての深みを持った作品なのだということがわかりますし、それこそがアルテの狙いなのだと思い至るのです。

 ラストには、本筋とは直接関係ないけれどニヤリとさせるくすぐりも仕込んであり、とにかく最初から最後まで、読んでいて実に楽しい作品です。すでにアルテを知っている人もまだ読んだことのない人も、ぜひ読んでいただきたい本格ミステリ。それが『あやかしの裏通り』という作品なのです。

 本作が発売されたのと前後して、ツイスト博士シリーズの第1作『第四の扉』が文庫になりました(ハヤカワ・ミステリ文庫 平岡敦訳)。ポケミス版の発売が2002年ですから、16年という歳月を経ての文庫化ということになります。こちらは密室あり降霊術あり奇術ありの、まさにカーを彷彿とさせる作品なのですが、もうホントにお腹いっぱいになるくらい楽しめますのであわせてオススメします。あと、今年話題になったある作品を読んだ時に「第四の扉っぽい」って思っちゃったことも付け加えておきます(細かく言うとネタバレになりかねないので……)。

 オーウェン・バーンズシリーズは、今後も行舟文化から刊行される予定とのことですし、ツイスト博士シリーズ既刊の文庫化も進んでいくことでしょう。また手軽にアルテ作品に親しむことのできる環境が整いつつあることを心から喜びたいと思います。がんばれ行舟文化!

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。