第19回

 これまでは、翻訳に不可欠な著作権についてご説明をしてきましたが、編集の現場に話をもどしましょう。

「翻訳編集って、なにをするの?」という根本的な疑問についてです。

 以前、翻訳する原書を選ぶ作業についてはお話ししました。これは翻訳編集の命綱ともいうべき重要な仕事ですが、しかし作品を決めてしまえば、あとはプロの翻訳家が訳してくれるわけだし、編集者が仕事をする余地なんかないんじゃないの、と思われるようなのです。じつは、出版社のなかでもそんなふうに見られていたりするんですが。

 それでは、じっさいに編集者はなにをしているのかを見ていきましょう。

 もちろん、人によって仕事のしかたがちがうので、これが翻訳編集の絶対のルールということではありませんよ。

 まずは、翻訳家さんから原稿をもらわなければなりません。

「締め切りですから原稿くださいよ」という、伊佐坂先生の家に来るノリスケさんみたいな仕事ですね。これは、みなさんも想像しやすいと思います。もっとも、翻訳で依頼しているのはたいがい長編ですから、せかしたから急にできあがるわけではないのですが。

(余談:ノリスケさんは新聞社勤務だと思いこんでたんですが、扶桑社刊行の『アニメ「サザエさん」公式大図鑑 サザエでございま〜す』によると、出版社の社員なんですね。ある意味、日本一有名な編集者かも)

 その原稿ですが、むかしは手書きでしたから、貴重だし、扱いには注意を要しました。それに、紙の原稿はけっこうかさばるんです。長い原稿だと2人がかりで受け取りに行った、なんてことも。なにしろ、B5判のペラ(200字詰)で二千枚以上などという場合もありますからね。

(また余談:かつて、星新一さんの手書き原稿を目のまえにしたときは感動しました。作家のペンの跡も一目瞭然だし、まだ誰も読んでいないのだと思うとどきどきするし)

 わたしが編集者になったのころはワープロ専用機が主流で、「翻訳は終わったけどプリントアウトするから2、3日待って」なんてことも。それがフロッピーでの受け渡しに変わり、いまはメールに添付して送られてくるようになりました。便利になったものです。

(またまた余談:5インチ・フロッピーのころはまだしも、1.44メガバイトの3.5インチになると、よほど長い原稿でも、テキスト・ファイルなら1枚に入ってしまいました。2人がかりで運ぶ紙の原稿にくらべたら、ねえ)。

 データ形式は、いま言ったようにテキストがふつう。WORD等々のワープロ・ソフトで作ったデータのままだと、文字制御がバケたり飛んでしまったりするおそれがあります。とくに、ルビなどの指定をソフト上で入れられるとダメ。プレーンな文字だけのファイルがあつかいやすし、確実です。

 つづいて、この原稿をゲラにします。

「ゲラ」については第11回にお話ししましたが、つまりは本になったときとおなじような形に活字組みしたものです(もちろん、いまでは「活字を組む」なんてことはなくて、デジタル・データで行なわれるのですが)。

 原稿の段階でみっちりと内容のチェックをする編集者もいますし、プリントアウトで校正作業をしてしまい、そのあとでゲラにして、データの修正を最低限に抑えるやりかたもあります。いまは編集者がみずからDTPで作業する場合も多いでしょう。

 わたしの場合は、とりあえずゲラにしてしまいます。文字組みをすることで、技術的な問題が発生することも多いからです(DTPの場合、オペレーターの差が出やすいという問題もあるのです)。

 この「ゲラにする」というのが、また編集者の重要な仕事です。

 まずは、全体の体裁を作らなければなりません。文庫でしたら、各社それぞれ、標準のスタイルができあがっていますが、単行本となると一から作ることも多いですね。

 そもそも、どんな大きさの本にするのか。これは、判型(本の寸法)を決めるということです。それから、文字のサイズはどうするのか、どのような書体を使い、行間をどれぐらい空けて、何字詰め×何行にするのかを決めなければなりません。分量が多い場合は2段組にしたりね。

 さらに、紙の余白をどれぐらい取るか、ノンブル(ページ数を表わす数字)やハシラ(欄外にある、書名や章題などの記載)をどこにどれぐらいの大きさで入れるか、章のタイトルはどう見せるか、といったこまごまとしたことを指定するのです。それ以外にも、目次や登場人物表や献辞や著作権表示や奥付など、決めなければならないことはたくさんあります。つまり、編集者は本のできあがりをイメージし、その責任を負うわけです。

 デザイナーさんにお願いしてカッコいい体裁を作ってもらうことも多いですね。もっとも、凝りすぎると、かえって読みにくくなったりもするのですが。

 形を整えるのは、外見だけではありません。

 本文のなかでも、ルビ(読みがな)を振ったり、注の入れかた(割注や脚注など)を決めたり、作中で手紙文や引用などがあれば何字ぶん下げて書体をどう変えるか、などといったもろもろの事柄を決定します。

 翻訳書だと、原語にもとづくルビがあったり(カタカナのふりがなをよく見かけますよね)、書体の変化もヴァリエーションが多かったりしますので、そういう部分にいちいち指定を入れていきます。ただし、これまたやりすぎると読みにくくなりますから、むずかしいところです。

 このような作業を「割付」などといいます。

 文学者の記念館などで、よく原稿が展示されていますが、かつては著者の手書きの原稿に、編集者が指定を直接書きこんでいたのがわかります。わたしたちの世代では、手書き原稿はすぐにコピーをして、現物は著者にもどすようにしていました(光瀬龍さんの原稿を受け取りに行ったときは、そのまま2人で近所のコンビニに入ってコピーをしたものです)。ですから、著者の生原稿に手を入れる、などというのはありえない話でした。

 しかし、複写もむずかしい時代には、そのまま割付をして、現物を印刷所にわたして組んでいたんですねえ。作家の原稿とともに、当時の編集者の仕事も残っているというわけです。

 さて、ゲラにしたあとは、いよいよ肝心の中味のチェックですが……などと話している間に、1回ぶんの分量を使ってしまいました。

 では次回は、校正についてお話しします。

扶桑社T

扶桑社ミステリーというB級文庫のなかで、SFホラーやノワール発掘といった、さらにB級路線を担当。その陰で編集した翻訳セルフヘルプで、ミステリーの数百倍の稼ぎをあげてしまう。現在は編集の現場を離れ、余裕ができた時間で扶桑社ミステリー・ブログを更新中。ツイッターアカウントは@TomitaKentaro

●扶桑社ミステリー通信

http://www.fusosha.co.jp/mysteryblog/

【編集者リレー・コラム】各社編集部発のひとりごと【隔週連載】バックナンバー