第13回

 前回は、日本の出版社がどのようにして新作の原稿を検討するかのプロセスについてお話ししました。

 では、そもそもこういった将来出版される作品の企画を、日本の出版社はどのようにして知るのでしょう。

 権利者の側がセールスをする重要な場としてあげられるのが、世界各地でひらかれる「ブックフェア」です。

 翻訳家のみなさんのなかにも、ブックフェアという言葉だけは聞いているけれど、じっさいはどんなものなのか知らない、というかたも多いかもしれません。

 ブックフェアとは「書籍の見本市」の意味。エージェント、出版社、流通業者、書店、さらには印刷所や著者まで、出版関係者が一同に会する場です。

 みなさんのなかには、東京国際ブックフェアをご覧になったかたもいらっしゃるでしょう。あのような催しが、世界のあちこちで(ほんとうに各国で)ひらかれているのです。

 ちょうど来週、5月24日〜26日の予定で、アメリカ・ニューヨークのジャヴィッツ・センターを会場に、BookExpo Americaが開催されます。

 これはアメリカ最大のブックフェアで、そう、かつてアイザック・アシモフが『ABAの殺人』で描いた、アメリカ図書販売協会の年次総会を発展させたものと思っていただけばよいでしょう。

 ですから、アメリカ国内の書店向けの色彩が強いのはたしかなのですが、主要な出版社がほぼすべて集結しますから、各国の翻訳出版社がやって来て、著作権ビジネスもさかんに行なわれるのです。

 このように、翻訳出版にとって重要なブックフェアとしては、ほかにロンドンや、児童書を中心にしたイタリア・ボローニャのフェアがあげられますが、なかでももっとも有名なのが、ドイツ・フランクフルトで毎年秋に行なわれるブックフェアです。

 フランクフルトで書籍市がはじまったのはグーテンベルク以前だといいますから、歴史的にもピカイチ。展示施設が10館ほどもある広大なメッセ会場は、鉄道駅が乗り入れ、場内をバスが走るほどですから、規模としても最大級でしょう。中東からアジアまで、文字どおり世界各国からの出展がひしめきあい、映画関係の展示も行なわれます(とはいえ、一般開放の日は、まるでジャパニメーションやマンガのコスプレ大会のなかを、出版関係者が歩いている感じになります)。

 もっとも最近では、海外の本を翻訳出版するばかりでなく、逆に日本の本を海外に売るというビジネスも盛んなので、そういった場としては、東京はもちろん、北京や台湾で行なわれるブックフェアも重要になっています(東京ブックフェアの片隅でも、著作権ビジネスが行なわれているのですよ)。

 さて、翻訳権の売りこみをはかる出版社やエージェントは、ブックフェアに照準をあわせて今後のラインナップを固め、カタログなどの資料を作ります。

 そして、フェア会場にブースを出したり、または著作権取り引きのための特別会場にミーティング用のテーブルを確保したりして、各国からの出版社を受け入れ、交渉を展開します。

 みんな、ここぞとばかりに強力な企画をそろえて売りこみますから、フェアの場でとっておきの隠し玉が披露されて騒ぎを呼ぶ、なんてこともしばしばです。

 フランクフルトのブックフェアは、ちょうどノーベル文学賞の発表にかちあうので、それも話題になりますね。受賞者の新作やバックタイトルがあわてて取り引きされる、なんてこともあるようです。

 翻訳出版を手がける日本の出版社の多くは、そういったブックフェアに担当者を出張させて、いち早く今後のタイトルを把握しようとします。前回ご説明したように、いい本はなるべく早く契約に持ちこむのが得策だからです。

 今日現在、このサイトに登場する翻訳ミステリーの編集者諸氏も、BEAに出るために相当数がNYにいるか、もしくは現地に向かおうとしていることでしょう。

 翻訳編集担当者は、ブックフェア中にできるだけ多くの権利者とミーティングを設定し、広い会場を走りまわることになります。だいたいは30分刻みで予定が組まれるのですが、移動の時間も必要ですから、1冊1冊じっくりと内容を聞いていると、あっという間に時間がなくなってしまいます。ですから、こちらがどんな種類の本を望んでいるかを説明し、権利者側からよさそうなものを推薦してもらい、ほかにもカタログから興味があるものをリクエストして、マテリアルをもらう算段をつけるのです。

 そのあとどのように原稿が送られてくるかは、前回ご説明したとおりです。

 むかしは、フェアのその場で契約が決まるといったことも多かったようです。権利者側も実績をあげたいし、買う側にとっても他社にわずらわされずにホットなタイトルを押さえられますから、フェア中に契約してしまうのが早道ではあります。

 とっておきの本の原稿を権利者からそっとさし出され、ホテルに持ち帰って読み、これはいいぞとなって、翌日さっそく契約、なんていうのは、まさにブックフェアの醍醐味でしょう(もちろん、それを出版したら大ベストセラーに! というところまでほしいですが)。フェアには、そのようなお祭り気分というか、高揚感とでもいうべきものがあるんですね。

 とくに翻訳出版バブルのころは、それがはげしかったといいますが、さすがに最近ではそんな景気のいい話は、あまり聞かなくなりました。日本の出版社は慎重になっていますし、勢いで契約してしまうと、あとで後悔するようなこともあったりしまして...

 というわけで、今回はじつにタイミングよく、ブックフェアについてお話ししました。次回は、そうやって入手した新作について、どのように翻訳の可否を判断するのか、そのプロセスに入っていきましょう。

扶桑社T

扶桑社ミステリーというB級文庫のなかで、SFホラーやノワール発掘といった、さらにB級路線を担当。その陰で編集した翻訳セルフヘルプで、ミステリーの数百倍の稼ぎをあげてしまう。現在は編集の現場を離れ、余裕ができた時間で扶桑社ミステリー・ブログを更新中。ツイッターアカウントは@TomitaKentaro

●扶桑社ミステリー通信

http://www.fusosha.co.jp/mysteryblog/

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