第11回
出版にまつわるあれこれをお話ししてきましたが、いよいよ、日本の出版社がどうやって翻訳する作品の権利を取得するのか、という翻訳出版のキモの部分に入ってきました。
まずは、どのように海外の本が日本に紹介されるのか、そのプロセスから見ていくことにしましょう。それには、本のプロモーション活動がどのように行なわれるかを知っていただくのがいちばん。翻訳権のセールスも、本を売りこむという点ではおなじだからです。
日本の出版界では、本の発売のひと月ぐらい前にならないと予定が決まらないことがしばしばあります。
発売予定は決めていても、編集作業がギリギリまで遅れたりして、印刷・製本のプロセスに無理をかけてなんとか予定日を守る、などということが日常茶飯事です。場合によっては、発売予定がズレてしまったり、編集作業の過程で著者が大幅に内容を変えてしまうなどということもあります。
話題作には宣伝にたっぷり時間をかけたいところですが、こういう事情では、早めにセールスをかけるのがむずかしいのが実情です。
これに対し、海外の出版社では、発売のずっと前からプロモーション活動が行なわれます。
いまごろなら、今年後半のスケジュールはもちろん、ものによっては来年の出版予定もできていたりします。
いや、もちろん日本でも先々に出す本は企画としては存在しているのですが、それはあくまで予定にすぎず、宣伝活動ができるような状況ではないものが大半なのです。
このようなちがいが生じる大きな理由として、なんどもこの欄でくりかえしてきたように、海外では書店が自力で本を仕入れるということがあげられます。
したがって、書店の仕入れ担当者には、ぜひ本の内容を知ってもらい、発注してもらわなければなりません。なるべく早めに、確実に受注を取ることが必要なのです。
そのためには、じっさいに書店の人に中味を読んでもらうのがいちばん。
とはいえ、作業中のゲラだと読みにくいものです。(ちなみにゲラとは、編集作業に使う、活字組みして印字した紙の束のこと。英語の galley が訛ったもので、もともとは活字を組んで入れる箱のことを指します)そこで、ゲラを簡易製本したもの(「プルーフ」と呼びならわされます)がよく配布されます。
最近は、日本でも書店員のみなさんにゲラやプルーフを読んでもらう、なんてことが多いですね。
もっともそれは、コメントをもらって、広告に使うのがおもな目的だったりしますが、海外では本の営業に直結しているわけです。
出版業界誌も重要です。
よく翻訳書のオビや解説などで、海外での書評として引用されている「パブリッシャーズ・ウィークリー」は、代表的な業界誌です。あるいは、図書館向けの「ライブラリー・ジャーナル」などという雑誌もあります。
業界誌の書評は、内容紹介とその良し悪しについてのみならず、「こういう読者に受ける」とか「こういった図書館向き」だとかという面にも触れています。
こういった業界誌で書評をしてもらうことで、本について周知をはかるのです。じっさいに書店では、それを参考に仕入れをするわけです。
版元は、出版予定のカタログも力を入れて作ります。
内容やキャッチ・コピーはもちろん、カバー・デザインや広告の予定まで掲載されています。出版社にとっては、重要な販促ツールなのです。
そのほか、何冊まとめて仕入れてくれれば特製の展示用ラックを付けます、とか、出版社はさまざまな販促活動を展開するのです。
この調子ですから、海外では、著者が原稿を出版社にわたしてから、じっさいに本が出るまで1年ぐらい平気でかかったりします。
そして、こうした準備期間を持てるのも、著者に対してアドバンスという形で事前にある程度の金額を支払っているからです。
これが日本の場合だと、本が出版されてはじめて著者に支払いが発生するのがふつうですから、それまで著者は収入がありません。ですから、脱稿から出版までの期間が長ければ、それだけ著者にはつらいわけです。
いっぽう、アドバンス方式では、著者の収入が先に確保されることになるのです。
こういった事前のプロモーションが有効なのは、書店への営業に対してだけではありません。
販促材料がすでにできているわけですから、海外に対して翻訳出版をするようセールスを開始することも容易なのです。
とくに、著名な作家や売れ線の企画などは、早い段階から日本へもアプローチがはじまります。
というわけで、じっさいに海外へ(つまりわたしたちに対して)どのように翻訳権ビジネスが行なわれるかを、次回にお話しします。
扶桑社T
扶桑社ミステリーというB級文庫のなかで、SFホラーやノワール発掘といった、さらにB級路線を担当。その陰で編集した翻訳セルフヘルプで、ミステリーの数百倍の稼ぎをあげてしまう。現在は編集の現場を離れ、余裕ができた時間で扶桑社ミステリー・ブログを更新中。ツイッターアカウントは@TomitaKentaro。
●扶桑社ミステリー通信
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