それはある夏の夜、名古屋読書会の興奮も冷めやらぬTwitterでのこと。

「楽しかったねー名古屋」「今度は岐阜も来てくださいよ、名古屋から近いし」「岐阜で読書会やってくれたら行くのに」「あはは、いいですね。ありですね、岐阜読書会」

 と、呟いたところ怒涛のツイートが。

「えっ、岐阜で読書会?」「私、実家が岐阜です」「母の実家が」「岐阜といえば鵜飼」「栗きんとん」「水まんじゅうも」「下呂温泉もいいよー」「鵜飼舟の上で読書会なんてどう?」「篝火の明かりで本を読む、いいねえ」「そんなことしたら本が燃えちゃう〜」

 もはややるしかないこの状況に、二人の世話人が立ち上がった。

 よろしい、やってみせましょう、鵜飼読書会!

「鵜飼といえばやっぱり長良川だよね」「うーん、でも結構なお値段だし……あ、木曽川うかいってのがある。犬山で」「犬山?」「犬山」「でも犬山って愛知県だよね?」「うん」「私たち岐阜読書会だよね?」「……うん」

 いいんです。鵜飼さえあれば岐阜読書会なんです。鵜飼さえあれば。

 記念すべき第1回課題本は、ロバート・クレイス『容疑者』(創元推理文庫)に決定。

 それぞれ相棒を失った刑事のスコットと軍用犬のマギーが、ハンドラーと警察犬として事件を追う、犬好き垂涎のバディ小説だ! だって犬山だし。

 すると読書会初心者たちに心強い援軍が。先に『容疑者』で読書会をやった埼玉読書会さんが、資料の提供を申し出てくださったのです。また熱海読書会ビブリオバトル頂上合戦を『容疑者』で制した三門優祐氏(「犬がしゃべるんです」の人)、札幌のクレイスファンの榎本氏のお二人が参加、レジュメの執筆をもしてくださるという……東と北にはもう足を向けて寝られません。さらに北からは豪華なスペシャルゲストが!

 鵜飼のチケット争奪戦を勝ち抜き(戦ってくれた世話人Yさんに敬礼)、迫り来るダブル台風を祈りのパワーで切り抜け(応援してくださった各地の皆様に感謝)、やってきました開催日当日。

「ちっ、違うんだからねっ! 鵜飼につられた訳じゃないんだからねっ!」

 ツンデレが素敵な訳者の高橋恭美子さんをお迎えして、岐阜読書会、スタート!

「とにかくマギーが魅力的」「マギー撫でたい…もふもふ…もふもふ…」「相棒ピートとの別れが切なくて……26ページ目でもう号泣」「私、自己紹介欄の〈好きなキャラ〉に、次からマギーを付け加えようと思います」

 なんといってもシェパードのマギーに人気が集中。さまざまな人物の視点から物語が語られる中で、マギー視点のパートも効果的に挿入されるのです。

「匂いとか、マギーの感覚描写が凄いよね」「官能的!」「あと、犬ならではの思考のリアリティも。犬視点が出てくる小説はあるけど、たいてい人間に寄り過ぎてる感じがして。そのへん『容疑者』はバランスがいい」「宮部みゆき『パーフェクト・ブルー』のマサとか?」「クーンツ『ウォッチャーズ』では小学生男子くらいの感じかな? マギーは成犬だから違うかもしれないけど」

 さらに話はマギーとスコットの関係に。

「スコットって最初あんまり犬が好きじゃないのがわかる。仲良くなりだしてからが早いけど」「二人が心を通わせていく過程がいい」「ピートと遊んだグリーンボールをきっかけにスコットに馴染んでいくところとか」「スコットが〈おれ〉って言ってたのが、だんだん〈おれたち〉になってくんだよね」

「マギーは割と早くスコットに馴染んでるよね」「母親っぽい」「っていうか女を感じる」「スコットより大人だから。人間の年齢に換算すればマギーの方が年上だし」

「そういえばスコットって女刑事といい感じになるけど、彼女、年上だよね?」「スコットの前のパートナーも年上っぽくない? “あなたは希望の星よ”とか言って、見守ってる感じ」

「つまりスコットは年上の女が好き、ってことでOK?」

 あ、あれ? そういう話でしたっけ? えーと、次行こう次。

「あと、警察の人たちがわりと影が薄い」「K9部隊はキャラが立ってるけど」「名言多いよね。こいつ(リード)はスチールとナイロンじゃない、神経だ。とか」

「リーランドいいよね!」「リーランドの役はモーガン・フリーマンで」

 おっと鋭い。実は訳者の高橋さんも彼のイメージで訳してたそうなんです。

「そういえばK9のメンバーが犬を〈この子〉っていうの、変じゃないですか?」「確かにコワモテな人たちが〈この子〉〈この子〉言ってるかと思うと」

「ヘンじゃない! 断じてヘンじゃない!」「どうしてかなあ……やっぱり〈この子〉って言っちゃうんだよね」

 首をかしげる犬派のみなさん。このあたり、犬好きとそうでない方の間に温度差があるようで。

「え、えーとみなさん、ミステリーとしての感想は? 一応ミステリー読書会だし」「うーん、ミステリーとしてはやっぱり弱い、かなあ」「出た、ミステリー読書会の常套句」

「警察、こんなにいいかげんでいいの?って感じ」「捜査せずに終わってる事件あるよね? 悪党同士潰し合ってめでたしめでたし、みたいな」「そのあたりがアメリカでしょうか」

「うーん、クレイスって、警察とかの細かいところはあんまり気にしてないんですよね」「ミステリーとしてのラストはいつものクレイスです」

 あ、意外とフォローしてないクレイスファン。そんな中、高橋さんが一言。

「ミステリーとしても好きですね。ヒーローじゃない、普通の人のスコットが頑張るのがいい」

 そこが同じクレイス作品でも、プロフェッショナルが活躍するコール&パイクシリーズとは違う魅力になっているとのこと。

 ここでクレイスの新作 “The Promise” にマギーとスコットが出てくるとの情報が。しかも、コールとパイクの二人との共演だとか。これは必読!  

 ……って、すでにシンジケートのサイトで話題になってましたね(→こちら)。ひとえに世話人がレポート書くのが遅いせいです、はい。 

「どちらかっていえば、ミステリーっていうより恋愛小説?」「マギーはいつ人間に変身するの? それで王子様のスコットと結ばれる」「弱いけどスコット。守ってくれるというより守ってあげなきゃいけないタイプだけど」

 一方こんなご意見も。そうこの話、マギーとスコットのロマンスとして読んだ方が複数いたのです。人と犬との道ならぬ恋。そうか…そうだったのか……。

「そういえば、どうして『容疑者』ってタイトルなんですか?」

 終盤になって高橋さんに飛んだのがこの質問。

「そ、そう言われても、原題が “Suspect” だし……」「訳すとそうだけど、あんまり似合わない。もっと犬っぽいタイトルの方が」

「じゃあ違うタイトル付けるとしたら?」「そりゃあもうあいぼ……」「AIBO?」「いやそれはテレビ○日が許さないでしょ」

「はいはい、はーい!」

 そしてロマンス読者の手が挙がる。

『愛と哀しみのグリーンボール』!」

 犬派もクレイスファンもロマンス爆弾の前にあえなく沈没。

「高橋さん、次の作品も訳すとしたら、この読書会の発言、影響しますか?」「……しますね」「しますか」「します」

 もし “The Promise” にロマンスの香りを感じたら、岐阜読書会を思い出してください。

「結局、犬って飼い主次第なんですよね」

 最後に。動物愛護に尽力してらっしゃるというある参加者の発言が印象的でした。

「犬をみれば飼い主がわかる。躾のできてない犬は飼い主の躾もできてない」

 なるほど、犬と飼い主は不可分、一心同体って訳ですね。スコットがマギーを……いや、この場合はスコットがマギーにしつけられてる、のか?

 岐阜読書会レポート前編『愛と哀しみのグリーンボール』はここまで。次は後編『鮎と哀しみの鵜飼舟』だ!

後編へつづく)

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