“春之祭”にふさわしい快晴となった2019年3月9日(土)、作者の陸秋槎さんをお迎えして『元年春之祭』読書会を開催しました。告知当日に満員となり、関西圏のみならず福井や名古屋からもご参加頂き、 元年ならぬ平成最後の“春之祭”となりました。

~元の章~

 々、どういう物語かというと、舞台は中国、前漢の時代(紀元前100年)、豪族の娘の於陵葵おりょう・きが、名家であるかん家で催される祭儀を訪ね、そこで一家の娘の露申ろしんと出会って交遊を深める。博識な葵に圧倒された露申は、4年前に伯父の家で起きた凄惨な殺人事件の顛末を打ち明ける。事件の真相を推理するふたりを待ち受けていたものは、新たな死体だった……

 と、この『元年春之祭』は、歴史ミステリーであり、いま注目のアジアミステリーでもあり、「読者への挑戦状」が2回も挿入される本格ミステリーでもあり、ふたりの少女の成長を描いた青春小説でもあり、そして“百合”ミステリーという裏の顔(?)もありと語りどころ満載で、まさに読書会にうってつけの作品です。

~年の章~

 長の世話人Mが、「我々も陸さんからの挑戦を受けて立つべきだ!」と高らかに宣言。
 そこで自己紹介とあわせて、参加者全員に「読者への挑戦状」のくだりで犯人を見破ることができたかどうかを教えてもらいました。

 結果は、犯人がわかったという方は皆無。挑もうとも思わなかったという意見も多数。しかし、「読者への挑戦状」によって、「いったん頭の中を整理できた」り、あるいは「当てたい! でも裏切られたい!」とワクワクしたりと、ここまで明かされてきた事実をまとめ、次の展開への期待がよりいっそう高まる効果が生じたことは間違いないようです。

 ちなみに世話人Mは「旧」本格派を自称しているだけあって、ダイイングメッセージは解読できたものの、その人物が罪を犯す動機や経緯はさっぱりわからなかったとのこと。見事、陸さんの完全勝利となりました。

 全体の感想としても、いったい誰が犯人なのだろう? と考えているうちに物語の世界に入りこんでしまった、という声が多くあがりました。そのほか、於陵葵や観露申、江離こうり若英じゃくえいといった登場人物の名前の読みが難しかった、ひとを愛するとはどういうことなのか考えさせられた、伏線の処理の仕方に感心した、哲学的だった……などの意見もあがりました。

 連想した作品としては、浜尾四郎の『殺人鬼』、ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』、同じくアジアミステリーとして注目されている陳浩基の『13・67』に、ロバート・ファン・ヒューリックの狄(ディー)判事シリーズなど。さらに、女たちの思惑が渦巻く映画『女王陛下のお気に入り』や、個性の強い登場人物たちから“ガンダム”を思い出したという方もいらっしゃいました。陸さんは“ガンダム”に深く納得されたようでした。

~春の章~

 は、出会いや別れといった通過儀礼の季節。そのため、「死」を通過儀礼として、少女たちが成長を遂げるこの小説の季節が春に設定されているのは、必然なのでしょう。

 参加者のみなさんからも、少女たちが大人になる姿が胸に残ったという感想や、どこから着想を得たのか、どの段階で思いついたのかという質問が出ました。陸さんはインスピレーションのひとつとして、ハイデッガーの『存在と時間』(巻末の参考文献リストにも載っています)を挙げ、最初からこういう構想だったと教えてくれました。

 またこの小説は、名家の令嬢である露申や若英と、女でありながら豪族の跡取りとしての宿命を背負った葵が交錯することで、運命の歯車が回りはじめます。この前漢の時代、女性たちはいったいどういう立場に置かれていたのか? その点についても、陸さんに伺ってみました。

 すると意外にも、この時代の女性の地位は、いまの私たちが想像するほど低くはなかったとのことです。前漢の武帝の母のように離婚歴がある女性や、この小説の葵のように博識な女性も珍しくなかったそうです。前漢の歴史を綴った『漢書』の執筆者の中にも女性がいます。

 現代の私たちの感覚では、葵が使用人の小休しょうきゅうを折檻する場面はかなり過激に感じられますが、この時代においては当然のことだった、と。時代は異なりますが、中国四大奇書のひとつ『金瓶梅』でも、使用人は散々な仕打ちを受けているようです。

 この少女たちの「次の物語」が読みたいという希望も、多くの方が口々におっしゃいました。陸さん曰く、続編の構想はないわけではないけれど、どうしてもバカミスになってしまいそう……と。彼女たちがバカミスをくり広げる姿も見たい!! ですよね? 期待しています! 

 さらに、なんと年内にはポケミスから次作が出る予定とのこと。ちらりと伺った情報によると、次作もこの『元年春之祭』と同様に、ミステリー界の歴史を変える!?話題作になることは確実だと思われます。

~之の章~

 までに、陸さんはどんな日本の小説を好んできたかについても伺いました。中島敦や太宰治といった古典から、日本三大奇書のひとつとして有名な中井英夫『虚無への供物』まで、ほんとうに幅広く読まれています。

『元年春之祭』と同じく思春期の少年少女の閉ざされた世界を舞台にし、最後に語り手が顔を出すスタイル(“中二病”という単語も出てきました)のミステリーの前例として、法月綸太郎『ノーカット版 密閉教室』や、詠坂雄二の『リロ・グラ・シスタ』、佐藤友哉『クリスマス・テロル』を挙げてくれました。

 さらに、参加者のみなさんが挙げてくれたオススメ本は、映画化されて話題になったフィリッパ・グレゴリー『ブーリン家の姉妹』、少女の不審死から事件がはじまるアンドレアス・グルーバー『夏を殺す少女』、2018年Twitter文学賞を受賞したミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、そして、韓国映画『お嬢さん』の原作でもある『荊の城』などのサラ・ウォーターズの著作の数々。サラ・ウォーターズは“百合小説界の神様”とも呼べる存在だ、と語る陸さん。納得。

 日本の作家では、高殿円の『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』〈カーリー〉シリーズに、友桐夏の『春待ちの姫君たち』『星を撃ち落とす』が挙がりました。どの作品も必読ですね。

~祭の章~

 のごとく盛りあがりつつも、残念ながら時間が尽きてしまい、とりあえず読書会はいったん終了。なんと最後には、陸さんがご持参頂いた硯と筆で、希望者にサインして頂きました。

 さあいよいよの時間に突入。陸さんに大阪名物の“二度漬け禁止”を体験してもらおうと、串カツ店で懇親会を行いました。奇遇にも、陸さんのテーブルには昭和のミステリーに精通する猛者が集結し、串カツのソースにも負けないくらいの濃厚な会話が交わされていた模様です。『元年春之祭』と異なり、の最中に死者が出ることもなく、無事に読書会および懇親会が終了いたしました。

 そのあと、陸さんは下記のようにツイートされていましたが、

 楽しんで頂けたならばなによりです。
 陸秋槎さん、ご参加頂いたみなさま、ほんとうにありがとうございました。

 次回は、夏~初秋あたりの開催を考えています。灼熱の大阪の夏に読書できるのか? という疑問もありますが、でも読むんだよ! と意欲あふれるみなさまのご参加をお待ちいたします。

執筆者:信藤 玲子
編集・校閲:世話人M