みなさんこんばんは。第24回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。

 以前の記事でも書きましたが、私は「優れたドキュメンタリーは優れたミステリ(≒巧妙に隠されていた何かが明かされる)、あるいは優れた大河浪漫(≒事象のスタート地点を思い返したとき、なんて思いもよらない遠いところにきてしまったのだと感じさせる)、あるいはその両方」という持論に基づいてドキュメンタリーの映像作品を楽しんでいます。特に昨年あたりからはアメリカ産のトゥルークライム系ドキュメンタリーにハマっておりました。

 TVシリーズとして作られた犯罪ドキュメンタリーにはずっしり重い社会問題を長期の取材でじっくり調べ上げた作品が多いのが特徴だと思います。「登場人物も関係者も視聴者も決して〈真実〉を完全に知ることができず、謎のなかに取り残される」現実を映した作品の数々――『殺人者への道』 『ザ・ステアケース~階段で何が起きたのか~』 『邪悪な天才 ピザ配達人爆死事件の真相』 『ワイルド・ワイルド・カントリー(いずれもNetflixで鑑賞可能)――面白いといってしまうことをためらわせるほどの力作の視聴は、長編シリーズものの硬派な警察小説/探偵小説を一気読みしているときの「どんどんその世界に引き込まれていく」「進めば進むほど闇の深さに絶望するのにやめられない」感覚に近いものがあって「あと1話……あと1話……」とついつい次のエピソードを視聴して寝不足になってしまうのですよね……

 一方、映画だとまたちょっと好みが変わってきます。ミステリ要素のある犯罪ドキュメンタリー映画として私が気に入っているのは「何なんだこれ……」とポカンとしてしまうような「妙な事件」を扱った作品群。ほとんど奇想小説のような、マジですか???と言いたくなるような風変りな事件の真相(らしきもの)やそこに関わった人々の肖像にはなんともいえない哀しみや可笑しみが宿っていることが多いんですよね。
最近見たドキュメンタリー映画ではテオ・ラブ 監督の『コカインを探せ!』がまさにそういった「えっ?」「なんだこれ」という展開をみせる事件を扱っていて、演出方法も含め、かなり面白いアイデアで撮られた作品でしたので、今月はこちらをご紹介いたします!

■『コカインを探せ!』(THE LEGEND OF COCAINE ISLAND)[2018.米]■

(https://www.netflix.com/jp/title/80999977)

THE LEGEND OF COCAINE ISLAND | Official Trailer

あらすじ:もともとそれは酒席での定番の「嘘じゃねえんだ」で始まる物語だった――今は隠遁生活を送っている一人の男が、15年ほど前にダッフルバッグ入りの大量のコカインをプエルトリコの海辺に埋めて、それっきりになっているという都市伝説。いやすげえ話だなあ、手に入れられたらなあ……男たちは口々に語っていた。さて、この話を聞いた中に、かつては建設業を営んで成功していたが2008年以降の不況で豪華な生活を諦め、家を手放し田舎へ移り住んだ気のいい中年男性ロドニーがいた。繰り返し「伝説」をきいているうちに、彼は「手に入れられる方法はないか…」と思案を始める。やがて彼の元には妙な「パートナー」が次々に現れ、あれよあれよという間に事態は予想もつかない展開に……

 劇的なニュースが報じられたときのコメントとして「映画化決定」というネットの定番フレーズがありますが(ちょっと今はもう古臭いミームかもしれませんね)、まさにそういう驚きの実話を扱った作品です。普通はそういう「映画化」というとき、想定されているのが「ハリウッドで有名俳優によって演じられる」作品である場合が多いと思われますが、これはあくまでも「ドキュメンタリー」。ところがこれ、どう見ても「ドキュメンタリーらしく」見せる気がない、なんとも不思議な味のある映画なのです。

 そもそもプエルトリコのコカイン伝説に一攫千金を夢見たらとんでもないことが……という話自体があまりにも劇的でフィクションのようなのですが、この映画の「奇妙さ」はそれだけじゃない。この映画が珍しいのは、インタビューパートで喋っていた人がそのまま再現パートでも本人として出演している形式であること、そしてこの再現パートが「リアル」なタッチではなく、イメージ映像を多用し、エフェクトを使いまくって戯画化された、いかにも「フィクションのような」表現になっていることにあります。
「モキュメンタリー(ドキュメンタリー形式を取ったフィクション)」では「ドキュメンタリーらしく」見せることが重要になりますが、この映画はほぼその逆。そうでなくても濃い人揃い、キャラ立ちまくりの「本人」たちが、いわゆるドキュメンタリーらしいイメージのニュース的な演出とはほど遠い過剰さで、語りまくり演じまくるのです。

 本人による「再現映像」部分が間の抜けた登場人物が右往左往するクライム・コメディ映画を模しているのはもちろんのこと、そうじゃない普通のインタビューシーンのほうも凄い。台詞がやたらと劇映画的で気の利いたフレーズに溢れているのも特徴です。(何しろ「北の伝説は『昔々…』で始まるが、南の伝説は『ウソじゃねえ、本当の話なんだ』で始まる」なんて、ユーモラスなクライムノベルの主人公の台詞みたいな言葉から物語が始まるのです)

 ……その結果、どこからどこまで「本当のこと」なのかの境界線が完全に溶けてしまっている、とても不思議な「ドキュメンタリー」が誕生。意図的に「ミステリコメディ」として演出されているだけあって、素っ頓狂な展開自体も「なんなんだこれ……」という気持ちになること間違いなしの面白さ。気になる方は是非ご一見を!


■よろしければ、こちらも/『すっぱいブドウ』(Sour Grapes)

(https://www.netflix.com/jp/Title/80029708)

■Sour Grapes – Official trailer■

「映画化決定……!」を言いたくなるようなミステリ風ドキュメンタリーとしては2000年代に超高級ワイン愛好家たちの間で有名だった中国人男性ルディと高額ワイン詐欺事件をめぐるこちらもおすすめです。ルディは人気オークションには必ず顔を出し、飛びぬけて凄いワインを持ち込んできた男で、優れた舌と知識と経験を持ち、社交的で感じのいい皆の友達。しかしその彼が売りに出した高額のワインには「存在しないもの」が含まれていて……えっ、もしかして詐欺?というところから「ルディ、お前は何者なんだ……?」という謎解きになっていくこのドキュメンタリーも、現実が映画的すぎて劇映画にしたら嘘っぽくなってしまうほどの「出来すぎた話」なのが面白い。これまた出てくる人たち全員がやたらと「濃い」キャラクターで、小説や映画の登場人物のよう(実際ショウビズ界の人物も複数出てきます)。
「人は何を信じたいか」ということ、ワインという商材の特殊さゆえにおきた事態はどこか物悲しく、こういう筋書きになるのかなと予想したところから、もう一段階先の一筋縄でいかない「なんともいえない話」として終わっていくあたりにドキュメンタリーならではの味わいを感じられるところもポイントです!

 事実は小説よりも奇なり、といいますが、自分の生活はなるべく奇なことがおきずのんびりふわふわ過ごしたいな……などと思う安定志向の私なのですが、しかしこうした「ひょんなことから〈小説/映画のような事態〉の登場人物の一員になってしまう」「事実とそうでないことの境目がよくわからない」ドキュメンタリーを見ていると、奇なことがすぐそばにありそうな感じもしてきて、ちょっとソワソワしますね……
などと考えながら、それでは、今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。

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