みなさんこんばんは。第36回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております

翻訳ミステリー大賞シンジケートに連載を持つ身でありながら、私はここしばらく、いわゆる「探偵もの」「犯罪もの」の映画や本には以前ほど熱心になれずにいます(まったくというわけではないのですが)。あまりにもここ最近の社会や政治の状況でトンチキな状況が続いてしまっていて、たとえ陰惨でひどい結果であろうとも何かしら問題に対する解答が示されることを現実的に捉えられずにいるからなのかもしれません……

そんな「謎があり、解答がある」ストーリーを楽しめる余裕がなくなってきた私の心に馴染むものの1つは、以前取り上げたゴースト・ストーリー。そしてもう1つは……意外にもSFが描く「現実」なのだ、と最近気づきました。SFのifの部分って、その時代・場所の特色を反映して書き手が世界をどう見ているかという「現実」をはっきり映すものだと思うんですよね。そして物語において「解答のない状況」が描かれることも多く、そこには「人間とはどういう存在なのか」という普遍的な問いが立ち上がってくることも多い。今はなんとなくそういう映画や小説が気分なのです……。

ということで、今回は80年代英国最大のトラウマ映画とも言われるSF作品『SF核戦争後の未来・スレッズ』を取り上げたいと思います。長年見る手段はVHSのみでDVD化されていなかったそうなのですが、2019年にようやくDVDが発売されて気軽に見られる状況になったのは実にありがたいことです。いやまあ、気軽に見られるような内容では全然ないんですが……

■『SF核戦争後の未来・スレッズ』(THREADS)


■究極の絶望と恐怖を描く衝撃的な一作/映画『SF核戦争後の未来・スレッズ』予告編■

あらすじ:もし、今、核戦争が始まったら?1984年、英国。米ソ間の中東危機に端を発した全面戦争が勃発し、東西陣営で核弾頭が飛び交う世界になったら、どんなことになるのか。政府は、自治体はどう動くのか。それまでごく普通に暮らしていた中都市の人々に、何が起きるのか。ついにその日が訪れたとき、爆発や爆風、燃え盛る炎の中、一瞬で多くの命は失われ、すべてが灰燼に帰していく。生き残った人間にも地獄が待っている。崩壊した都市には疫病が蔓延し、異常気象が続き、食糧はもちろんほとんどない。暴動が続き、社会と経済は完全崩壊し……セミドキュメンタリータッチで描かれる、近未来の悪夢の物語。

ここ数年「実は見てなかった有名な映画を見る部」と名付けて未見の有名な映画をちょこちょこ見る活動をしているのですが(そうでもしないと新作に追われてなかなか旧作に触れる機会がなくてですね)、旧作の凄みや先見性に衝撃を受けることは意外なほど多くあります。なかでも今作は予想以上の恐ろしさ。「そりゃトラウマになる人が続出するわな……」と確信せざるをえない作品でした。

実際には存在しない話にもかかわらず「未来の人が作った(だから一部に再現ドラマパートが入っている)本当にあった戦争のドキュメンタリー」のようにしか見えない演出が積み重ねられていくのですが、これが異様に怖い。静止画の組み込み方や、止められないシステムの止められなさを象徴するように淡々とタイプされる文字の不気味なことといったら! 一瞬ですべてが喪われていく核戦争のおぞましさの描写は、直接の爆発シーンだけではありません。「政府発表を素直に聞いていたみんながみんな、このように全部を失って、二次被害も含めて、どんどん死んでいきます」ということをロングスパンで描いた話でもあるのがゾッとするのです。

ファーストシーンでカーラジオから聞こえてきたニュースや近くを飛んでいく軍の飛行機の音には何ら注意を払うことのなかった一組の若いカップルが物語のドラマパートを担っているのですが、この家族の描写の巧みさにも唸りました。2つの家の様子で男の子の家はいわゆる労働者階級、女の子のほうは中産階級なのが見えるのですが「その瞬間が訪れるとき」のそれぞれの家族の状況の差異(まあどちらも地獄なんですけど…)まで描写されているのです。さらには崩壊後の世界で人間が「働けるものと働けないもの」に振り分けられる様子も映し出される。そして一度人の死が軽くなった場所ではどんどん殺人も増えていき、第2世代が現れる頃にはさらにどうしようもない場所になり……未来の悪夢性までスコープに入れる容赦なさで、限りなく「現実」を感じさせるSFになっているのが凄い。

ちなみに私はこの記事をきっかけに今作に興味を持ちました。インタビュー内で、監督のミック・ジャクソンは今作で描かれていることについて、以下のように語っています。

「物事は、瞬く間に手に負えなくなる」
「何か恐ろしいことが起こるかもしれない、という漠然とした不安はあっても、私たちは、それに言及したり、回避する方法を話し合おうとしないんです」

ああ、これが現実でなくて何が現実といえるでしょう……今、コロナの時代に改めて「わかってしまった」行政システムの硬直を連想させる要素、災厄後のダメージが積み重なり、次の地獄を生み出す様子の生々しさ……「製作当時の現実」を色濃く映し出しながらも「現在の現実」とつなげて考えずにはいられない、異様な迫力を持ったSF映画ですので、未見の方は機会がありましたら、ぜひご覧ください!


■よろしければ、こちらも1/『光のノスタルジア』『真珠のボタン』


SFは現実であり、現実はSFである……という観点で最近何かと思い出すことが多いのは、こちらのパトリシオ・グスマン監督の2010年/2015年のドキュメンタリー2作。いずれも再現映像的な「物語」のパートはないのですが、ミクロとマクロの重ね方にSF的な思考が強く感じられる作品でした。チリで「ないことにされている」暗い過去の巨大な悲しみと向き合いながら、宇宙の懐かしさに引き寄せられて続ける人間の普遍的な感情に触れていく手つきがとても美しく、大好きな作品です。

『光のノスタルジア』の舞台になるのはアタカマ砂漠。科学者たちが「気が遠くなるほどに遠い星の果て」に人類の起源を見い出そうとする場には、この国が葬ろうとする近過去(軍事政権下で殺害された人々の骨)も埋まっている……という視点から宇宙と時間が接続されていきます。
こちらを「星の物語」とするならば、姉妹編のような『真珠のボタン』はより詩的で、夢のように悲しい「水の物語」。西パタゴニアの海底に眠るボタンからの連想として、奪われ追われ死んでいった先住民の記憶を浮かび上がらせながら、こちらでも軍事政権によって海に沈められた近過去の犠牲者たちの存在をすくい上げていく。人間の変わらない愚かさ、消えることのない哀しみ。声を、祈りを、命を奪われた彼らの魂は、今は遠い星の彼方の水源に漕ぎ出しているだろうか……という監督のナレーションと圧倒的な映像美が忘れられない名作です。


■よろしければ、こちらも2/『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ


胸が張り裂けそうになるifもあれば「ありえるかもしれない」希望のifもあるのがSFです。最近読んだ『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、人間の寂しさや哀しみと向き合いながらも、どこかしら希望を感じさせる作風が魅力的なSF短編集でした。古典のムードも持ちながら、ロマンスが介在しないロマンティックSFのかたちがとても現代的で、静かに熱い作品揃い。非現実的な世界なのに、どこまでも現実的に感じられる手触りも素敵です。特に表題作の中でタイトルの「わたしたちが光の速さで進めないなら」のあとに続く言葉が本当に素晴らしい。SFのロマンティシズムーー何か/誰かを追い求め、その先に手を伸ばし続けてしまう人間の哀しみと、だからこその愛おしさ――を象徴するようで、こちらも忘れられない作品になりました。

少しでも近い未来に「問題が解決される世界」を現実的に捉えられるようになることを祈りながら今は宇宙に思いを馳せつつ……それでは今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。




■【映画コラム】ミステリアス・シネマ・クラブで良い夜を■バックナンバー一覧