みなさんこんばんは。第32回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「秘密」や「謎」の要素があるすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。
前回コラムの『ある女流作家の罪と罰』をはじめ、『REVENGE/リベンジ』や『ババドック 暗闇の魔物』など、このコラムではミステリやサスペンスにおける女性表象の話を割とよく取り上げています。というのも、長年「ミステリは好きだけど、こういうとこ苦手……片目を閉じてスルーしよう」と感じてきた部分として、やっぱり女性表象の問題があるんですよね。さすがに近年「扇情的な暴力描写のために存在させられているような被害者女性」「態度の悪い男主人公になぜか惚れる美女」みたいな露骨に「ないわ……」と感じる記号的キャラクターは減ってきてはいると思うのですが、思わぬ古臭さにギョッとすることは、今も時折あり……
その一方で「シスターフッド! エンパワメント! 反逆する女性!」という映画や小説の女性キャラクターに「記号的だなあ、好きな人もいるのはわかるんだけど、これじゃあまりにも筋ありきの女性像だなあ、そうなると快哉は叫べないなあ……」と俯いてしまうこともあるのが、私の面倒くさいところ……
いや、本当はそんなこと意識せずに、ただ「男性主人公のときには意識しなくていいくらいの」ありふれた女性主人公像(ミステリにおける普通の主人公像なので、一般的な意味の「普通」では多分ないんですけど)が見たいんですよ!そしてそれは決して男性化された人物を見たいんじゃなくて、その女性が女性であることは無視しないままで自然に扱ってほしい、ということで。ああ、できれば肩のこらない、でもちょっとひねりのある娯楽ミステリ映画で、そういう女子キャラが見たいな……意外とそういう作品って少ないような……
なんて思っていたところ、Netflixに興味深いポーランド映画がありました!というわけで、今回は、パトリック・ベガ監督の『ブレスラウの凶禍』をご紹介しましょう!
■『ブレスラウの凶禍』(Plagi Breslau)
あらすじ:長い歴史を持つポーランドの美しい街、ヴロツワフ(旧名ブレスラウ)。その市場で奇妙な死体が発見される。死体は固く縫い付けられた牛の革の中に入れられていたのだ。警察が不気味な事件を追いかけ始めるやいなや、今度は別の事件が勃発。どうやらこれは連続殺人だ、しかも恐ろしく計画的な……捜査の中心になるのは心の痛みを見せないようにしているが、本当はボロボロに傷ついているクールでタフな女刑事ヘレナ。そんな彼女が「同じようにタフでガッツのある女」イヴァナとタッグを組んで捜査に当たることに。そして思いも寄らない真相が見えてきたとき……
先に言っておくならば、全然「完璧」ではない映画、だと思います。本国でも英語圏でもそこまで評価されている作品でもありません。割とお金はかかっているのは伺われるものの、撮り方がややフラットなので、画としての面白さはそこまで追求されていませんし。ミステリとして「誰が、どうしてやったのか」はかなりきちんと描写されている一方で、「どうやってやったのか」について、いちばん難しそうなとこは全力ですっとばしてしまいますし(笑)。
でもこれ、とにかく勢いがあるミステリ映画なんです。話の進め方がつんのめり気味。『セブン』風味のオープニングから、ダークで不気味な雰囲気でじっくり押していくタイプの映画を想像していたら、なんか随分ガサツでパワフル、適当で軽い。だからこそ私にとっては興味深い良作でした。作品内のとあるシーンで強烈な印象を残す馬以上に爆走していて、かなりの件数の事件が起きるのに90分以内に収めてしまう高速進行はちょっと笑ってしまうほど。
まあ結果としてロジックはともかく細かい描写が雑なのは否めませんが……でも「今回はとにかく速度優先でそうします!」という選択に感じられて悪い印象は持ちませんでした。観るペーパーバック性というかザ・ページターナー! という感じ。とにかくこうなって、こうなって、こうなっていくので、最後の地点まで振り落とされないように!と引っ張り続ける展開が素晴らしい。ポーランドつながりという点もあるのですが、この感じはミウォシェフスキの『怒り』を読んだときの印象に近いかもしれません(ちなみに今作はシリーズものの犯罪小説の複数巻を大まかな元ネタにしているそうですが、全然違う話になっていると思われます)。
もう1つ面白いのが、ヒロインの相棒である男性刑事に「セルフィー好き」というキャラクターづけがなされていたり、検死で気分が悪くなるのは男性キャラクターだったり、またよく批判される「冷蔵庫の女(男性キャラクターの一線を越える行為のトリガーにするために殺されたり暴行されたりする女性)」ならぬ「冷蔵庫の男」要素が出てきたり……と、この種の(悪くするとありふれた、近年では望ましく思われていない)「男女逆なら割とよくある」設定を意識的に取り入れている気がしたことなんですね。ある種の皮肉として提示しているような……?
なんて、これは私の想像でしかないので作り手がどこまで意識していたのかはわからないのですが!
とまあ、その部分は特に意識せずとも、古典的な定石を踏まえつつツイストをかけて走り抜ける、この勢いを体感していただきたく(とかく強引なので好みは分かれるとは思います)未見の方にはぜひ試していただきたい「王道にして変化球」のミステリ映画です。
■よろしければ、こちらも2/『ハッピー・バレー 復讐の町』
警察組織の女性が主人公の作品としては、こちらの英国産ドラマもおすすめです。人物像も犯罪行為も実にそっけなく地味なのですが……しかしその無機質な語り口が胸に響く作品でした。
イングランド北部の麻薬汚染が進む小さな田舎町、ハッピー・バレーで巡査部長をしているキャサリンは仕事も私生活も気が重いことが多い日々。何よりも過去に娘を失った痛みに今も苛まれ続けている。そんなとき1つの誘拐事件が起きて、そこには彼女を苦しめる過去と繋がる人物が関わっていた……というシーズン1は特によく出来ていて、最初は別々に進行していた2つの話が絡まっていく手さばきが実に鮮やかでした(シーズン2も面白いのですが、ちょっと盛り込みすぎていてバタバタしている印象があったので)。
で、なんといってもこれ、主人公のキャサリンさん(サラ・ランカシャー)がちっとも優しくなく怒りっぽくてぶっきらぼうな「おばちゃん」なのがすごくよいんですよね。有能でコミュニケーション力も戦闘力も高く、上司としては冷静で信頼できる人だけど、常に正しい行動をするわけではない。家族に対する接し方は明らかに間違っていることも多い。そういう「おばちゃん」が華やかな要素がカケラもない土地でただただ地道に捜査する。そして自分の傷とも向き合わざるをえなくなる。生活の一部としての仕事、それ以上でも以下でもない犯罪捜査、しかし決して手を抜かない真摯な捜査。この地味な描写の積み重ねがとても丁寧で、そこにグッとくるのです……!
そして、これは2015年リリースのシーズン1でも2017年リリースのシーズン2でもそうなのですが、通奏低音として響き続けるのが「この世界では、ミソジニーがあまりにもありふれている」ということなんですよね。事件に関する直接の描写だけではなく、会話の端々に浮かび上がってくる「現実」の書き込み方がとてもうまい。今見られるべき作品の1つではないでしょうか。
考えてみると(少なくとも海外においては)ドラマや小説で「キャラクターが女性であることを強調せず、かつ女性ゆえに抱えることが多いしんどい状況も無視しない」形の女性主人公像、警察組織を舞台にしたものには割と色んな作品があるかもしれないですね(男性主人公と比較するとまだ少ないとは思いますが)。
より幅広い職業分野でこういう「ごく普通に強くて、ごく普通に弱い、当たり前の主人公」としてのミステリ内女性像が広がっていったらいいなあ……などと思いながら、それでは今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。
今野芙実(こんの ふみ) |
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webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。 |