『帰らない日々』は、映画化にあわせて文庫復刊された作品だ。ある大学教授が一家四人で出かけたとき、その帰りに息子がひき逃げされ、死んでしまう。運転していたのは、やはり息子を持つ弁護士の男。やがて被害者家族は崩壊し、教授の妻は自分の世界に閉じこもってしまった。一方の加害者となった弁護士も罪の意識にさいなまれるばかりで、事故を境にどんどんと破滅の道を歩んでいく。まさに奈落の底へと落ちていく二つの家族の悲劇と三者それぞれの心理を微細に描いている。こちらも最後にほのかな救いの光をみせることで、しみじみとした余韻を読み手に残す長編作である。
残念ながらこれも絶版だが、文庫化希望という意味をあわせて『死者の日』を多くの人に薦めたい。運命の女と出会い転落していく男の物語、いわゆるファム・ファタルものの傑作である。主人公カルホーンは、宿命の女ばかりか、メキシコ、ドッグ・レース、麻薬、デング熱……と、あらゆる種類の熱病にとり憑かれてしまった男だ。ちなみに、近年のファム・ファタルを得意とする作家ではコリン・ハリソン(『アフター・バーン』『マンハッタン夜想曲』など)がお薦めなのだが、これまた絶版で哀しい。
『狼は天使の匂い』は、兄殺しの罪で追われていた青年が、逃げ込んだ路地で殺人の現場に遭遇したことから、プロの犯罪者たちの強盗計画に加わることになった、という話。グーディス作品特有の絶望感が全編に漂っており、主人公のみじめでやりきれない感情がしんしんと伝わってくる。
さて、以上の四作を読んで、どん底・転落サスペンスを気に入った方にぜひ読んで欲しいのが『酸素男』だ。アメリカ南部の風景とそこで働く人々の姿が臨場感たっぷりに描かれた作品。ネッドは、ナマズ養殖場で黒人労働者にまじって働き、池の酸素レベルを調べたり、水中に酸素を送ったりしている白人男性。しかし、黒人たちによる賃上げ要求のためのサボタージュ事件が起こったため、彼は、白人としての立場と低賃金労働者の立場との板挟みにあう……。派手なサスペンスや活劇はないものの、苦悩する主人公の運命から目を離せなくなる。ナマズ、酸素、仲間の黒人と手強い札ばかり。しかし、これまた絶版ではないか。ああ、スティーヴ・ヤーブロウという作家をもっと読んでみたい。