最近新訳が出たジェイン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』(1817)(中野康司訳、ちくま文庫)に、ヒロインのキャサリンが友だちのイザベラと本の話をする場面がある。朝起きてからずっとアン・ラドクリフの『ユードルフォの謎』を読んでいたというキャサリンは断言する。「『ユードルフォの謎』はほんとに面白いわね。一生読んでいたいくらい」すると、やはりラドクリフ・ファンのイザベラは、次は一緒に『イタリア人』を読みましょうと言い、「あなたのために、怖い小説を十冊ほどリストにしたわ」と、手帳に書き留めておいた書名を読みあげる。

 一日中好きな小説を読みふけり、チェックリストをつくり、お勧め本を教えあう。いつの時代も本好きのやることは同じだなあ、と思う。

 ここで二人の少女がはまっているアン・ラドクリフとは、18世紀末から19世紀初めの英国で大流行したゴシック小説の代表的作家。ゴシック小説というと、怪奇幻想小説の源流のように思われている方も多いと思うが、ことラドクリフ夫人の作に限っては、怪しげな古城や館を舞台に幽霊だの一族の呪いだのが出てきても、最後にはすべて合理的に説明される。謎の事件にまきこまれたヒロインのハラハラドキドキをひたすら追いかけていく、今でいうならサスペンス小説である。この元祖「ミステリの女王」は当時の女性読者のハートをがっちりつかみ、作中のキャサリンなどは彼女の小説に入れ込みすぎて、何を見てもゴシック小説に出てくるような陰謀や幽霊話を妄想してしまう始末。(ウィリアム・ブリテン風にいえば)「アン・ラドクリフを読みすぎた少女」なのだ。

(つづく)