(承前)

 『高い砦』(1965年)は巨匠デズモンド・バグリイのこれまたオールタイム級の傑作山岳冒険小説だ。

 ティム・オハラが操縦する旧式のプロペラ機がアンデス山脈上空でハイジャックされ、高地にある飛行場に着陸するよう要求される。ハードランディングの結果、ハイジャック犯をはじめ3名が死亡し機体も破壊される。生存者は9名。その中に軍事政権に追われ亡命していた某国の元大統領がいた。すべては彼の復権を恐れた一味が仕組んだことだったのだ。すでに彼を暗殺する部隊が移動中ということを知る。下界へ降りる登山道は一つ。敵と戦うしかないが、学者や女性教師など乗客のほとんどは戦闘を知らない素人ばかりだった。

 近代兵器を持つプロ集団対徒手空拳の素人集団。圧倒的に不利な側が取った奇策が評判を呼んだ作品。朝鮮戦争で捕虜になり心に深い傷を負ったオハラ。彼が戦いを通してその傷を克服していく。その他、さまざまな問題を抱えた登場人物たちが織りなす人間ドラマが、極限状態の中でくり広げられる。

 定評のある名作ばかり続くけど、ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』(1965年)はカーチェイス物の極めつき。

 元レジスタンスの闘士でプロドライバーのルイス・ケインに、旧知の弁護士から依頼された仕事は、フランスのブルタ−ニュからリヒテンシュタインまで、ある乗客を運んで欲しいというものだった。その客の命を狙う一味がいることも前もって知らされる。危険度100%の仕事である。腕利きのガンマンというアメリカ人、ハーヴェイ・ロヴェルを護衛に雇い、シトロエンに客を乗せケインは出発する。だが各地で彼らの行く手を阻む一味が現れる。そして頼みのロヴェルが慢性のアルコール中毒であることも……。

 まさにロード・ノベル風の逃走&追跡の物語だ。ツイストの利いたスピーディな展開はページを繰る手が止まらなくなることうけあい。男同士の友情と信頼を衒いなく謳い上げる傑作である。

 ライアルは空軍パイロット時代の経験を元にした『ちがった空』でデビュー。二作目の『もっとも危険なゲーム』でCWAシルバー・ダガー賞を受賞。続く本作でCWAイギリス作品賞を受賞している。またCWAの会長も務めている。

 お次はブライアン・ガーフィールドの『ホップスコッチ』(1975年)。Hopscotch は石蹴り遊びのこと。その他にも場所から場所へぴょんぴょんと飛んでいく、あちこちに飛躍する、あちこち立ち寄りながら広範囲を移動するという意味がある。その名の通り、まさに鬼ごっこ小説の典型的な作品だ。

 高齢を理由にCIAから首を切られた腕利きエージェントのマイルズ・ケンディング。古巣への復讐と心の空隙を埋めるため、CIAの旧悪を暴露した原稿をCIA本部やマスコミに送りつける。ケンディングの仕業とみなしたCIAはかつて彼の部下だったカッターをケンディング捕捉のハンターとして送り出す。

 自らを獲物にするというアイデア、血なまぐさくない洒落たプロットがいまだに強く印象に残っている。ガーフィールドはこの作品でMWA(アメリカ探偵作家クラブ)の最優秀長編賞を受賞している。作者自身もっとも気に入った作品だという。後にMWAの会長も務めた。

 最後はリチャード・スターク『悪党パーカー /殺人遊園地』(1970年)を。ご存じは悪党パーカーシリーズ14番目の作品だ。

 現金輸送中の装甲車を襲撃したパーカー一味だったが、すぐに警察に追われてしまう。そして運転手のミスで車は横転。仲間を気遣う間もなく、パーカーは戦利品が詰まったカバンを手に冬期休園中の遊園地に身を潜める。だがその情報をキャッチした町のギャング団は漁夫の利を得ようと、仲間を集め夜の遊園地にくり込むが……。

 遊園地というごく限られた場所が舞台。逃亡&追跡というよりも潜伏&逆襲の物語だ。一対多数という圧倒的に不利な立場での戦い。パーカーが負けるわけがないことは分かっているのだが、その不利をどう克服するのかが読みどころ。

 なおパーカーシリーズからスピンオフした俳優強盗アラン・グロフィールドシリーズがある。その三作目に当たる『黒い国から来た女』(1969年)の冒頭は本書とほぼ同じ(本書が『黒い国〜』とほぼ同じというのが正確だが)。同じ状況がグロフィールドの視点で描かれている。パーカーは遊園地に逃げ込んだが、グロフィールドは事故で気絶、気がついた時は病院に。ところが以前関与した事件(『俳優強盗と悩める処女』)の関連で、逮捕されないことを条件に、諜報機関から危険な仕事を依頼されるのだ。

 ウエストレイクは2008年の大晦日に惜しまれつつ亡くなった。復活した悪党パーカーシリーズの翻訳も打ち切られた状態だ。状況が変わることを切に祈っている。

西上心太