(承前)

 しかし、ト−マスに現代冒険小説の書き手としてもっとも期待する私としては、それだけでは困るのである。この間のト−マス作品はすぐれたスパイ小説ではあっても、前記したように構造的に見ると冒険小説とは言いがたいのだ。

「ヒギンズよりもト−マスが上」というのはもちろん冒険小説の書き手としての比較である。誰も覚えていないだろうが、こういうことは書いた本人が忘れない。う−む、困ってしまうではないか。

 という状況だったので、昨年翻訳された『闇の奥へ』にはぶっとんだ。これは1985年の作品でト−マスの第8長編だが、久々に単独冒険行なのである。主人公は『レパ−ドを取り戻せ』『ジェイド・タイガ−の影』で単独冒険行の舞台が与えられず常に誰かと栄誉をわかちあってきたSIS工作員パトリック・ハイド。この『闇の奥へ』では彼が孤軍奮闘する。KGBの罠にはまって逮捕されたSIS長官ケネス・オ−ブリ−の汚名を晴らすために、アフガニスタン、チェコ侵入と飛びまわり獅子奮迅の活躍。もちろん、いつものスピ−ディな展開、張りつめた緊迫感は変わらない。もともとディテ−ルのいい作家なので、こうなったら強い。『狼殺し』から10年、ようやくト−マスが帰ってきたのだ。嬉しいではないか。この作品を1989年度の翻訳冒険小説ベスト1に推したことはいうまでもない。

 ところで、クレイグ・ト−マスの作品はのちにSIS長官になるケネス・オ−ブリ−が率いる工作員の物語だ。『ファイアフォックス』のミッチェル・ガント、『モスクワを占領せよ』のアラン・フォ−リ−、『レパ−ドを取り戻せ』のパトリック・ハイド、『ジェイド・タイガ−の影』のデヴィッド・リュウ。彼らはオ−ブリ−の指令を受けて、冒険の渦中に飛び込んでいく。『狼殺し』のリチャ−ド・ガ−ドナ−もオ−ブリ−が率いた工作員の後日譚との側面がある。グラント名義を除けば、処女作『ラップ・トラップ』のみ例外だが、これもオ−ブリ−初期の副官ヒラリ−・ラティマ−の窮地を描くスパイ・スリラ−と読めなくはない。

 いわば構造的にはもともとスパイ小説なのだ。マクリ−ンやヒギンズなど他のイギリス冒険小説作家とは出発地点が異なる。イギリス冒険小説界では異色の作家なのである。しかし、ト−マス作品がスパイ小説ではなく冒険小説であるのは、謀略を物語の背景にとどめ、たとえ冒険者の視点が分断されようとも作品の力点をヒ−ロ−の活劇行からずらさないことで明らかだ。結果としてはマクリ−ンやヒギンズなど他の冒険小説作家と同じ物語にたどりつくが、そこまでの方向が違うと言えばいいか。

 もうひとつ、指令者がオ−ブリ−という同じ人物であるので、時に続編が生まれやすいというのも特徴。前記の『闇の奥へ』も『レパ−ドを取り戻せ』『ジェイド・タイガ−の影』に登場した登場したお馴染みの面々が主人公ハイドを取り巻いている。まず、『ジェイド・タイガ−の影』で彫り深く活写されたツィメルマンがふたたび登場するし、SIS香港支局長ゴドウィンもプラハで意外な登場をする。オ−ブリ−の副官ピ−タ−・シェリ−は東欧課長で再登場するし、宿敵ペトル−ニンまで登場するのだ。もちろん、一作ごとに物語は異なっていて、それぞれが鑑賞に耐えるような形になっているが、そういう登場人物のだぶりや宿敵ペトル−ニンとの決着の付け方を見ると、明確な続編ではないものの『闇の奥へ』には『レパ−ドを取り戻せ』『ジェイド・タイガ−の影』に続く三部作完結編との趣きがないでもない。

 その点では『ファイアフォックス』と『ファイアフォックス・ダウン』の関係は明確である。こちらは明らかな続編なのである。というよりも、前作が実は終わっていなかったというのだから、後日譚ではなく、純粋に続いた物語だ。『ファイアフォックス』はソ連の最新鋭戦闘機を敵地に侵入して盗んでくるという空前絶後、迫力満点の物語だったが、無事に脱出したあと『ファイアフォックス・ダウン』が始まる。どうしてこの続きがあり得るのか。なんと前作ラストの空中戦で燃料タンクに穴があき、せっかく盗んだ戦闘機が飛べなくなるという設定なのだ。つまり完全に逃げきっていなかったというわけである。う−む、予想外の続編。

 本書『ウィンタ−ホ−ク』(1987年)はその『ファイアフォックス』『ファイアフォックス・ダウン』のミッチェル・ガントがみたび登場する長編小説で、おやおやあの物語がまだ終わらなかったのか、と一瞬思ってしまうが、実はそうではない。あれから18カ月後、ガントは別の指令を受けて、またソ連に潜入するのである。『ファイアフォックス』の主人公ガントのことであるから、もちろん空から侵入して今度も空中戦が見せ場になっているが、奪いにいくのはもうあの戦闘機ではない。ソ連の軍事秘密だ。今度は違う物語である。

 しかし、『ファイアフォックス・ダウン』で彫り深く描かれたKGB大佐ドミトリ・プリャ−ビンが再登場。ガントの目的地で出会ってしまい、決着をつけるという筋立てなので、続編の趣きもある。この『ウィンタ−ホ−ク』は、『ファイアフォックス・ダウン』が『ファイアフォックス』の純粋な続編であったような関係ではないが、補いあう作品ではあるのだ。

 相変わらず、ディテ−ルがうまい。軍人である指揮官とその不肖の息子。出世を狙う副官。その陰謀に立ち向かうプリャ−ビン。そういう軍とKGBの確執があざやかな人物造型とともに描かれ、そういうドラマを背景に、ガントの単独潜入行が繰りひろげられる。その孤軍奮闘ぶりがみもの。次々に起こるアクシデントを、ガントがいかに克服していくか。たしかに常套的だが、侵入、格闘、脱出、こういうディテ−ルを書かせたらト−マスは群を抜いてうまい。テンポよく、最後までサスペンスの緊度を保ったまま描かれる。まったく唸ってしまうではないか。

 オ−ブリ−が登場しないのは『ファイアフォックス』二編がSISとCIAの共同作戦であったのにくらべ、今度の作戦がCIAの作戦だからで、アメリカ空軍のガントはCIAの工作員として侵入する。これではSIS長官のオ−ブリ−の出る幕はない。

 ガントの性格設定に若干の留保は付くが、徐々にサバイバルの本質が露呈していく過程は読みどころ充分。ト−マスはイギリス冒険小説界で今もっとも最先端にいる作家なのである。

(文庫刊行 1990年2月23日)

 北上次郎