『州知事戦線異状あり!』
トロイ・クック/高澤真弓訳
創元推理文庫/2009年9月30日刊行
「銀行強盗の話なんですけど」今でも、編集者の宮澤さんの言葉が耳に残っている。それが、トロイ・クックのデビュー作、『最高の銀行強盗のための47ヶ条』。それからしばらくして、「クックの二作目が出たんですよ」と渡されたのが、今回、紹介させていただく『州知事戦線異状あり!』だ。「さらにパワーアップした感じなんです」この面白さをなんとしても伝えようと、半ば身を乗り出すようにしながら勢いこんで感想を述べたことを、今でもはっきりと覚えている。わたしとしては、こちらの方が好きなのですが……。
ケネディかブラックかと言われるほどの名門政治家一族に生まれながら、大の政治嫌いで有名なジョン・ブラックは、オーストラリア人独特のユーモアを連発し、一見、好々爺だが、悪人を前にすると危険きわまりない存在に変貌するという特異な人物、ハーリーと一緒に私立探偵もどきの仕事をしている。ジョンの姉エレオノールは、現ロサンゼルス市長にして、二週間後に迫ったカリフォルニア州知事選の最有力候補者だ。有名であれば誰だろうと喜んで選ぶカリフォルニア市民の前に、我こそはと名乗りを上げたのは、映画スターにギャング上がりのラッパーにプロレスラーといった奇妙きてれつな候補者集団、総勢123人。それでなくてもバカバカしい出直し選は、権力が欲しくば手段を選ばずという信念をもったある候補者によって、さらにめちゃめちゃな様相を呈していく。そしてついにその魔手は、ジョンの敬愛する姉エレオノールまで伸び、ジョンは相棒のハーリーとともに犯人捜しに乗り出す。一方、ジョンとエレオノールの母親であり、バラクーダ(容赦ない略奪者の意)の異名をもつ上院議員のバーバラも、この事態に黙ってはいない。犯人捕獲+娘の危機を救うという一石二鳥の奇策中の奇策を思いつく。その迷案とは? ええっ! どうしてぼくが?!(ジョン談)
前作同様、いやそれ以上に変人満載だ。上院議員という影響力を惜しげもなく行使し(時に、相手の弱みを巧みに利用して)、すべてを完璧にコントロールしようとするバーバラ。政治家嫌いで、いわゆる‘正当’ではない方法で高い効果を上げ、おれのやり方なら税金の無駄を省けると豪語してはばからないハーリー。不本意ながら殺し屋になり、相手に対しお互い大いに不満を抱いているおまぬけコンビ、ネイルズとバーリー。爆弾オタクのスパーキー。野心家で政治家の典型みたいな男だが、どこか抜けているスティール。どなたかを連想させる、プロレスラーのアーノルド・シュワルツノフ……。できることなら、全員を紹介させていただきたいくらい、個性豊かで魅力的で愛すべき面々が、大胆(且つ緻密)で、荒唐無稽(且つ虚実皮膜)なストーリーの中で存分に暴れまわっている。皮肉、揶揄、風刺がきいていて、時に暴力的な場面があるにもかかわらず、後味の悪さや嫌みがまったく感じられないのは、作者の並々ならぬ力量はもちろん、愚かしく、滑稽なわたしたち人間をみつめる作者のまなざしが、どこまでもあたたかく優しいゆえではないだろうか。
ワッハッハと笑って、嫌なことを(ほんの一瞬でも)忘れたい方。どうぞ一度、トロイ・クック・ワールドに遊びにいらっしゃいませんか?
高澤真弓