『閉店時間』(Closing Time and Other Stories)

ジャック・ケッチャム(Jack Ketchum)著/金子浩訳

扶桑社海外文庫

発売日:2008年7月30日

 この本は、ぼくが自分で作品を選んで収録順も決めたので、ことのほか思い入れがあります。世評の高い『隣の家の少女』『オフシーズン』『老人と犬』ももちろん大好きですが、ケッチャムでいちばん好きなのはこの中篇集かもしれません。

「閉店時間」「ヒッチハイク」「雑草」「川を渡って」の四篇が収録されていますが、いずれも傑作です。ブラム・ストーカー賞の最優秀中篇賞を受賞した「閉店時間」の文学性の高さはケッチャムの作家としての実力を実証しています。もともとは映画脚本として書かれた「ヒッチハイク」は読んでいて頭がくらくらするほどのスピード感があります。「雑草」にはケッチャムの鬼畜性がぎゅっと凝縮されています。本が出た時点では気がついてなかったんですが、この作品のモデルは、『モンスター 少女監禁殺人』(日本では劇場未公開)として映画にもなった、一九九〇年代にカナダで起きて北米のマスコミを騒がせたポール・ベルナルド事件です。

 ケッチャムには、『隣の家の少女』や「雑草」のように、経緯が実際の事件とほぼおなじという作品が何本もありますが、微妙な変更や登場人物の内面描写によって、実録犯罪ものを超えたみごとな?小説?に仕上げてしまうところがケッチャムの魅力です。ケッチャムが描く殺人者は、『羊たちの沈黙』のレクター博士のようなスーパー殺人者でも、凡庸なサイコホラーに登場する、常人から隔絶した、それゆえ安心して楽しめる異常者でもない、日々のニュースで報道されている殺人者なのです。

 そして、四篇のなかでもぼくがいちばん心惹かれるのが、スティーヴン・キング絶賛のノワール・ウエスタン「川を渡って」です。ぼくは、映画を観たり本を読んだりして泣くということがめったにない冷たいやつなのですが、この中篇のあるシーンでは思わず涙してしまいました。セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』が好きな方には、ぜひご一読いただきたい作品です。ケッチャム自身も、この中篇について、「リオグランデ川の岸でのセルジオ・レオーネとトビー・フーバーの出会い」 と語っています。

 二〇〇七年製作の映画版『隣の家の少女』が、今年、小規模ながら日本でも公開されたおかげで、ありがたいことに『隣の家の少女』をはじめとするケッチャムの作品が何度か版を重ねました。つぎに刊行される予定の”Cover”(一九八七年)も、ケッチャムの翻訳を出しつづけられるだけ売れてほしいものです。