『ゴーストライター』/The Ghost

ロバート・ハリス著/熊谷千寿訳

講談社文庫/定価:920円/発行年月日:2009/09/15


数えたわけではないが、イギリス人作家のほうが入念なリサーチをしているような印象を受ける。ぼくはそれほど細かいほうではないので、訳していて感心することも多い。ロバート・ハリス『ゴーストライター』を訳していたときには、何度も感心した。リサーチで得たちょっとした情報を、あるいはもとから持っていた情報なのかもしれないが、そういう小さなネタをさりげなくストーリーに組み込んでいるのだ。

たとえば、こんな場面——英首相アダム・ラングのゴーストライターとしてラングの自叙伝を書いていた前任者が急死したのを受けて、急遽、作業を引き継いだ「私」は、アメリカのマサチューセッツ州のマーサズ・ヴィニヤードにある出版社社長の豪邸に、首相その人とこもって執筆活動をすることになる。マーサズ・ヴィニヤードに到着して、出迎えた年配のタクシー運転手に車中で何度か話しかけるものの、バックミラー越しにじっとこちらを見つめるだけで、ひとことも返事がない。しばらくして、この運転手は耳が聞こえないのではないかと思い当たる。

ここから、「私」はラングの過去を探るうちに前任者の死に不審な点を見つけ、思わぬ展開に飲み込まれていくのだが、作者はなぜここで耳が聞こえない運転手を登場させたのか? ぼくは疑問に思った。この運転手はこの場面にしか登場しないのだから、耳が聞こえない運転手でなくてもいいのじゃないか? しかし、生来、素直な性格なので、そういうものかと思い直し、あまり考えずに先へ進んだ。あとになって、そのあたりの地名を調べるためにウィキペディアに当たっていたとき、こんな記述を発見した。

「マーサズ・ヴィニヤード島は早くから聴覚障害者(聾者)の社会の一つとして知られた。その結果マーサズ・ヴィニヤード・サインランゲージと呼ばれる特殊な手話が発達した」——ウィキペディア(執筆者に感謝!)

こういう小さなリアリティーの積み重ねがあるからこそ、ストーリーの説得力が増し、スケールが大きいというか奇想天外でも、あるいはひょっとしてそんなこともあったりするのかもしれないと読者に思わせるのだろう。

もうひとつ、語り口もそこはかとなく興味深い。本書のストーリーは、ゴーストライターである「私」の回想という形で進んでいくが、「私」の名は最後まで明かされない。おそらく、この「私」が本書の主人公なのだろう。しかし、「私」が回想するのは、もちろん、自叙伝の執筆を手伝う英首相アダム・ラングにまつわることだから、真の主人公はラングであり、「私」は単なるナレーターであるともいえる。ゴーストライターが他人の自伝を書いても、作者になれないのと同じように。

このように、ストーリーに枠組み(フレームワーク)をはめる手法は十八世紀ごろのアメリカ小説でもよく見られると、大昔に教わった記憶がある。“オールドイングランド”出身の作者が、ニューイングランドを舞台にした小説でそんな手法を用いたのは、単なる偶然なのだろうか? 『ファーザーランド』、『暗号機エニグマへの挑戦』、『アルハンゲリスクの亡霊』、『ポンペイの四日間』といった歴史小説を著してきた作者が、数百年前のアメリカ文学の巨匠たちに捧げたオマージュであるような気がしてならない。

なお、本書はロマン・ポランスキー監督、ユアン・マクレガー主演で映画化もされており、第六十回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を勝ち取っている。作者は脚本を担当している。日本での公開を楽しみにしていたが、いまだ公開されていない。

●映画 The Ghost Writer 公式サイト(英語)

●映画 The Ghost Writer IMDb ページ(英語)