『桃のデザートには隠し味 お料理名人の事件簿1』

リヴィア・J・ウォッシュバーン/Livia J. Washburn

武田ランダムハウスジャパン

初版:2007/12/1

 いわゆるコージー・ミステリで、シリーズ名から想像がつくように“レシピ”付き。

 でも、せっかくこのコーナーで紹介させいただくので、あえてカテゴリーにはこだわらない特徴を、少しばかり書かせてもらおうと思います。

 主人公は、教師を退職した後に下宿屋を営む60代なかばの女性。下宿人3人もみんな同年輩で、もと教師です。きっと、そういう年齢的なものもあるのでしょうが、本シリーズの底に流れているのは、生きてゆくことの切なさではないか……と、訳者としては思っています。

 もちろん、大げさなものではありません。主人公は夫を亡くしているため、どうしても「生と死」について考えてしまう傾向にありますが、それだけではなく、日々の暮らしのなかで、あるいは何気ない会話でふと感じる寂しさだったり、悲しみだったり、誰もが経験するような“ちょっぴりしんみり”が、作品のおおもとにあるような気がするのです。そしてその裏返しとしての、思いやりやいたわりも——。

 これは季節や風景の描写にもあらわれていて、たとえば上記『桃のデザート〜』では陽光ふりそそぐ果樹園と少年、その後の作品では牧師館の庭のキリスト誕生パネルにはらはら舞いおちる雪など、著者は直接的な表現を使わずに、そこはかとなき切なさを伝えているように思えます。

 といっても! 決してじとじと湿った、暗いシリーズではありません。コージー・ミステリの定石を踏みはずすことなく、表題どおり、おいしいお菓子や料理がつぎつぎ登場しますし、設定も毎回にぎやかで季節感たっぷり。夏の桃祭りから秋のハロウィーン、冬のクリスマスへとつづきます。

 また、舞台がテキサス州で、主人公がバプテスト派であることから、映画その他で強調されがちな過激な(?)アメリカ人とは違い、主要登場人物はおしなべて堅実。テキサスでは“ハロウィーン”や“クリスマス”という表現が徹底して避けられるとか、「あれっ、学校の先生もこんなことをするの?」と思わせる場面も多々あったり、トリビア的要素も詰まっています。

 なんだか最後はPR的になりましたが、じつはこのリレー・エッセイを書き始めるほんの数時間まえに、本シリーズの4作めをぎりぎりなんとか脱稿。今回は内陸ではなく、海をのぞむ町が舞台です。朱色に輝く早朝の水平線——。はたして犯人は、どんな思いでながめたでしょうか?

 赤尾秀子