第1回

 このところの翻訳ミステリーの充実ぶりは、すごいですねえ。各社、強力なラインナップで、すばらしいかぎりです(われわれ扶桑社も、残念ながら数は減っていますが、鋭意努力中)。

 ところが、それにもかかわらず、翻訳ミステリーは元気がないのだと言われています。おかしいですよね。これだけ良質な作品が読めるというのに、なぜ「不況」呼ばわりされるのでしょう? あるいは「出版不況」が問題なの?

 そこで、その「翻訳出版」という産業の根本について考えてみよう、というのが、今回のわたしの企画です。意外に知られていない(かもしれない)ビジネスとしての出版について、版元の側からご説明してみたいのです。

 もちろん、おなじ出版社のかたでもちがう考えもあるでしょうし、あるいは、版元から見た一面的な話に思われるかもしれません。それでも、話のとっかかりになればさいわいです。

 というわけで、まずは「出版業」の大枠から押さえようと思います。

 今年騒がれたのは、出版業界の年間売上がついに2兆円を下回ったというニュースでした(ちなみに、年間2兆円規模というのは、パチンコ業界の10分の1ほどです)。

 このところ、出版業界が縮小しているのは、みなさんもお感じのことと思います。雑誌がつぎつぎ廃刊になるし(業界では「休刊」といいますが)、出版社もつぶれるし、なにより街場の書店が減っていますよね。

 その書店こそが、じつは出版の要と言えます。なぜなら書店は、読者と出版社、そして著者・訳者をつなぐ窓口だからです。いくら本を作っても、書店がなければみなさんが手に取ることはできないのですから。

 では、日本全国に書店は何軒あるのか?

 じつは、なかなか把握がむずかしいのですが、この10年で2万店から1万5000店に減ったとか、いや1万店に半減したとか言われます。いずれにしても、驚くべき減少ですね。

 そのかわり、1店あたりの店舗面積は増えています。中小の書店が減るいっぽうで、大型店舗がオープンしてもいるのです。

 また、書店どうしの吸収合併やインターネット書店の成長などで、事情は大きく変わっています。

 かりに、日本中に1万店の本屋さんがあるとしましょう。

 ある本が1万部作られたとすれば、各店舗に1冊ずつ行きわたる計算です。

 しかし、そうはなりません。みなさんも、大きな書店に行くと、おなじ本が何冊も積まれているのをご覧になると思います。たくさん入荷する書店があれば、他方ではその本が1冊も入らない店もあるわけです。

 最近はPOSシステムなどのおかげで、この書店ではこういうジャンルの本が売れる、といった傾向がかなりはっきりわかるようになりました。したがって、売れ行きのよい書店に優先的に出荷することができます。とくに翻訳ミステリーなどは、売れる書店がはっきりしていますので、そのぶん、新刊が入らない書店も多いわけです。

 そんな状況に拍車をかけるのが、初版部数の低下です。翻訳ミステリーであれば、文庫なのに1万部作らないというケースも増えました(一部の人気作家や、大手の文庫はかならずしもそうではありませんよ)。そうなると、本はますます売れる書店に集中してしまい、小さな本屋さんには入荷しないという傾向が強まります。

 ほしいと思った本が近所の書店にない、というのは、こういうことが原因だったりするわけです。

 じゃあ、出版社は読者に届くようにもっとたくさん本を作れよ、とおっしゃるかもしれません。そうすれば津々浦々に本が行きわたり、買いやすくなるじゃないか、と。

 しかし、そうはいかないんですよ……といったあたりの事情は、また次回に。

●扶桑社ミステリー通信

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