第14回 懐かしのヒーロー「グリーン・ホーネット」復活

 さて今回は映画の話題。といっても、実はまだ私も見てないし、出来は大変不安な一本なのですが。

 皆さんは「グリーン・ホーネット」という六〇年代のテレビドラマをご存じでしょうか? 四〇代後半より年上じゃないと、見たことないかもしれません。

 昼は新聞社の社長をしている若き大富豪が、夜はマスクで顔を隠し、グリーン・ホーネットと名乗って、助手の東洋人で拳法の達人カトーと共に悪と戦う、という典型的なヒーローものです。

 いろんな意味でバットマンそっくり(昼は大富豪、超能力は持たず、特殊な新兵器を駆使、相棒がいる等々)なんですが、やはり当時放送されていたテレビドラマ版「バットマン」に何話かゲスト出演していた(昨今流行りの番組クロスオーバーのはしりの一つ)のには、驚いたものです。

 また、カトー役を、当時はまだ無名だったブルース・リーが演じていて、当時としては珍しい、切れのいいカンフー・アクションを披露していたことでも、のちに有名になりました。

 その「グリーン・ホーネット」が、映画になって、来年1月、日米でほぼ同時公開されるのです。

 問題は、主役が「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」、「恋するポルノ・グラフィティ」などで、アメリカでは圧倒的な人気を持つ(日本では全然)俳優兼コメディアンのセス・ローゲンであり、監督が「エターナル・サンシャイン」や「僕らのミライへ逆回転」などのミシェル・ゴンドリーだというところ。どっちも、コメディが得意な人たちなんですよね。予告編を見ても、どうも主人公まわりのドラマはあきらかにコメディタッチ。

 主人公は全然何もできない金持ちのどら息子で、オリジナル版では助手でしかないはずのカトーにすべてを任せきってる感じ。それじゃ「グリーン・ホーネット」じゃなくて、「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部とカトーみたいだって。

 オリジナル版はシリアスでかっこいいヒーローものなのに、下手にいじってコメディにしちゃって、大丈夫なのかなあ。

 元々この映画、九〇年代から何度も企画されては流れたあげく、二〇〇四年に、ケヴィン・スミス監督でスタートしたものの頓挫したといういわくつきのもの。

 その後、二〇〇八年にセス・ローゲン(脚本も)、チャウ・シンチー(監督も)のコンビでついに製作再開、ところが、「製作上の意見の相違」というやつでシンチーが監督を降りてカトー役に徹することになったとアナウンスされたあと、結局降板、監督にゴンドリー、カトー役にテレビで活躍中の若手ジェイ・チョウが入って、ようやく撮影に入ったという代物。

 これだけ、揉めに揉めてると、仕上がりはむちゃくちゃ不安なのでありました。

 いや、オリジナル版のファンなんで、とにかく見に行きますけどね、私は。

 てなことはさておき、実はこの「グリーン・ホーネット」、本当のオリジナルは、六〇年代のテレビドラマではなく、三〇年代に製作されたラジオドラマだったりします。

 テレビが普及する前の一九二〇〜五〇年代は、人々の娯楽をラジオが牽引していた時代でした。その頃は、ラジオドラマこそが映画と並ぶ大衆娯楽の王様だったのです。

 出来の悪い恋愛ドラマを指すソープ・オペラやそこから派生したホース・オペラ(チープな西部劇)、スペース・オペラ(同じくチープな宇宙活劇SF)なんて言葉も、このラジオドラマ全盛期に生まれたと言われています。

 このソープ・オペラというのは、ラジオの連続ドラマの安っぽい恋愛もののスポンサーを、石鹸を製造販売している会社がしていたことから、生まれたものだとか。

 でも、ラジオドラマって、書くのが結構難しいんですよね。絵がついてるわけじゃないから、セリフとナレーションと効果音ですべて説明しないといけないし、さりとて小説じゃないから延々と情景描写もしてられないし。

 私も二度ほどCDドラマを書いたことがあるんですけど、小説やテレビアニメのシナリオとは勝手が違って、けっこう大変だったのを覚えてます。

 さて、そんなラジオドラマの傑作として、いまだに語り継がれているのが、一九四〇年代にアメリカで放送されていた「エラリー・クイーンの冒険」です。

 本格ミステリの雄、エラリー・クイーンの原作を元にした本格的な謎解きものであるこのラジオドラマは、当時、大人気だったといいます。

 原作同様、解決の前には「読者への挑戦」ならぬ「聴取者への挑戦」が挿入されていただけでなく、懸賞つきの犯人当て募集もおこなわれていたとか。

 さらに、この「エラリー・クイーンの冒険」は、「グリーン・ホーネット」同様、のちにテレビドラマ化されました。

 いや、「グリーン・ホーネット」どころの話じゃありません。一九五〇年代から七〇年代にかけて、四回もテレビドラマ化されているのです。

 その最後のものが、日本でも「エラリー・クイーン・ミステリー」として放送された、一九七五年製作のシリーズ。

 これのスタッフがなかなか豪華絢爛なんですね。なんせ、当時「刑事コロンボ」も製作していた、ウィリアム・リンクとリチャード・レビンソンのコンビが、製作総指揮を担当しているのです。

 時代設定を第二次大戦後の一九四〇年代後半におき、当時の人気ラジオドラマだった「エラリー・クイーンの冒険」の雰囲気をそのまま再現、もちろん、クイーンの持ち味である本格的な謎解きを「視聴者への挑戦」つきで取り入れるという、なかなかに野心的な作品(しかも、パイロット版の原作に『三角形の第四辺』を選ぶというマニアックぶり)でした。

 ただし、このシリーズ、批評家やミステリファンの評価は高かったのですが、一般受けするにはあまりに地味すぎたということで、一シーズン二二話(パイロット版を入れても全二三話)で打ち切られてしまったという、いわくつきの作品でもあります。

 ちなみに、のちに三谷幸喜が「古畑任三郎」のシナリオを書き始めたとき、その念頭には「刑事コロンボ」と並んで、この「エラリー・クイーン・ミステリー」があったとか。倒叙ものであるところは「コロンボ」を、「視聴者への挑戦」シーンが挿入されているところは「エラリー・クイーン」を踏襲しているというわけですね。

 と、ここまで長々とエラリー・クイーンもののラジオドラマとテレビドラマについて書いてきたのは、それらのシナリオを翻訳した書籍が論創社から刊行されているからです。

 ラジオドラマ版のシナリオを集めたのが、『ナポレオンの剃刀の冒険—聴取者への挑戦〈1〉』と『死せる案山子の冒険—聴取者への挑戦〈2〉』、テレビドラマ版のほうが『ミステリの女王の冒険—視聴者への挑戦』となっています。

 もちろん、すべてのシナリオが収録されているわけではないのですが、上質のミステリであることはもちろん、今となっては大変貴重な資料でもあります。興味のある方はぜひご一読を。

 ところで、テレビドラマ版の「エラリー・クイーン劇場」は、アメリカでは先日ついにDVD化されたんですけど、日本じゃソフト化されないのかなあ?

〔筆者紹介〕堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。今年の仕事は、『ウルフマン』(早川書房)のノベライズと『ヘルボーイ 壱』、『ヘルボーイ 弐』(小学館集英社プロダクション)の翻訳。

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