第16回 ちょーゆるゆるなおたくスパイアクション「チャック」

「24」のヒット以降、アメリカのテレビドラマには(科学捜査ものほどではないですが)次々にスパイものが登場しています。

 たとえば、アメリカの情報機関を突然解雇され、裸一貫で生まれ故郷のフロリダに放り出された腕利きスパイが、近隣のトラブル解決業をしながら解雇の謎を探ろうとする「バーン・ノーティス 元スパイの逆襲」、元々はフランス映画だったのが、アメリカでリメイク映画化、カナダでのテレビドラマ化を経て、またもアメリカでテレビドラマとしてリメイクが始まった「ニキータ」などが現在放送中で、さらに、かつてアーノルド・シュワルツェエネッガー主演でヒットした「トゥルーライズ」(これも元々はフランス映画だったもののリメイク)のテレビドラマ化が進行中だとか。

 そんなスパイものの中でも、今回ご紹介する「チャック」は特にゆるめのかるーーいアクション・コメディに仕上がってます。しかも主人公は頭は良いけどかなりヌケてるおたく青年。そして、毎回健全なお色気シーンと派手なアクションシーンがてんこ盛りの大サービス。疲れてるときの息抜きとして、ちょっとリラックスするには最適の作品かも(笑)。

 主人公のチャックことチャーリー・バトウスキーは、カンニングの濡れ衣をきせられて名門大学をドロップアウトしてしまい、家電量販店に勤めている、気の良い青年。元々頭は良いし、まじめで正直でお人好しだし、ルックスだって悪くはないのに、趣味がパソコン、アメコミ、ビデオゲームなもんで、ガールフレンドには縁のない、まさに絵に描いたような今どきの「草食系男子」。

 そんな彼が、大学時代の友人から送られてきた電子メールを開けたとたん、謎のプログラムによって大量の情報を脳内にインプットされてしまいます。

 実はこの友人、今じゃCIAのスパイなんですけど、とある理由で、国家機密が全部詰まった新型データベース「インターセクト」の中身を、まとめてチャックの脳みその中にコピーしちゃったんですね。しかも、オリジナルのデータは機械ごと破壊されちゃう始末。

 かくして「歩く国家機密」となってしまったチャックには、2人の護衛が秘密裏につくことになってしまいます。

 しかもチャックは、脳内にしまい込まれた世界各国のスパイやらテロリストやらの危ない情報が、何かそれに関係したものを見たときしか思い出せないため、CIAの対テロ作戦に強制的に協力させられることに。

 かくしてチャックは、昼間は電気屋の店員、夜はテロ組織と戦うスパイとして、昼も夜も獅子奮迅の活躍をしなければならなくなったのでした……。

 というわけで、気の良いおたく青年がハードなスパイ戦に放り込まれて悪戦苦闘しつつも、なんだかんだで事件を解決する本筋も楽しいのですが、もっと笑えるのは毎回サイドストーリーとして登場する家電量販店内でのドタバタ。なにせ、店長以下ろくな店員がいない、というか、変わり者ぞろいなもので、トラブルが絶えないんですな。

 しかも、シーズン途中からは、その量販店の地下に、CIAが勝手にスパイ基地を作っちゃうというバカバカしさ。これが笑えるかどうかで、「チャック」をおもしろがれるかどうかが決まります。

 さらにもう一つの鍵となるサイドストーリーが、チャックの恋愛話。なんと、彼、警護につくことになった美人スパイのサラに一目惚れしちゃうんですね。しかも、周囲にばれないように接触するための偽装として、二人は恋人同士のふりをすることになっちゃうのです。大好きな相手と、ウソの恋人ごっこをする羽目になったチャックの心は、毎回毎回、天国と地獄をジェットコースターのように行ったり来たりしちゃうわけです。

 って、なんとゆーおたく向け少年マンガのような設定! まさに(アメリカ人向けの)おたくによるおたくのためのおたくのドラマとでも申しましょうか(笑)。

 毎回のメインストーリーのスパイ話も、まじめに考えるとムリがあったりいい加減だったりするんですけど、あんまり細かいことは考えずに、おろおろうろうろしつつも事件を解決するチャックの活躍を楽しむことをおすすめします。

 ちなみに、アメリカではNBCで第4シーズンが、日本ではCSの Super! drama TVで第2シーズンが、それぞれ只今放送中です。

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 さて、スパイ小説には傑作が数々ありますが、コメディというとこれが意外に少ないんですよね。

 その嚆矢にして代表作なのがジョン・ガードナーが60年代に書いた《ボイジー・オークス》シリーズでしょう。第一作の『リキデイター』を含む三作品がハヤカワミステリで訳出されています。

 ちょうど、《ジェイムズ・ボンド》シリーズの作者であるイアン・フレミングが亡くなった直後に始まったこのシリーズは、気の弱い普通のおじさんボイジー・オークスが、冷酷で腕の立つタフガイに誤解され、イギリス情報部にスカウトされちゃうというお話。

 毎回、内心どぎまぎしつつも、結果的に任務を成功させちゃうあたりは、「チャック」とよく似てます。お色気もたっぷりだし。

 ちなみに『リキデイタ−』は、原作が刊行されてすぐ、映画化もおこなわれて、「殺しのエージェント」というタイトルで日本でも公開されてたりします。

 音楽はラロ・シフリン、主題歌はシャーリー・バッシー、ヒロインはジル・セント・ジョンという、なんとも豪華な布陣(監督がジャック・カーディフで主演がロッド・テイラーってあたりは、いかにも二線級なわけですが)で、堂々と007映画をパクリまくっているところ「だけ」は微笑ましい凡作だったりします。まあ、60年代の第1次スパイブームの頃は、本当になんでもありだったってことで(笑)。

 そういや、作者のガードナーは、このあとシリアスな作風に転じて、『裏切りのノストラダムス』に始まる《ハービー・クルーガー》シリーズを含むスパイスリラーの傑作を連発、その才能を認められて、原作著作権管理団体公認の《新ジェイムズ・ボンド》シリーズを『メルトダウン作戦』から十作以上書くことになるんだから、人生どこでどう転がるか、わかんないもんです。

 ところで、抱腹絶倒間違いなしのスパイアクションコメディパロディ小説(長い)の決定版は、実は日本人が書いていたりするんですよ、なんと。

 それが、東郷隆の《定吉七番》シリーズです。

 007のお話の骨格をまるまる日本に移植して、イギリスとソ連の対立を大阪と東京に移し替えちゃった、ちょ〜おばかで痛快なパロディ小説なんですよ、これ。

 なんせ主人公の定吉七番こと安井友和は、大阪商工会議所秘密会所所属の殺し屋兼情報部員、「殺人許可証を持つ丁稚」。懐に抱えた愛用の包丁「富士見西行」を武器に、関西経済界の破壊を目論む悪の結社と、日夜戦う(しかも、最大の敵は謎の秘密組織、汎関東主義秘密結社“NATTO”(ナットー))っていうんですから。設定だけでも爆笑しちゃうでしょ。

 80年代に5巻目まで刊行されたあと、長らく続編が書かれずにいたのですが、なんと昨年から講談社の《小説現代》誌上で「定吉七番の復活」の連載が始まっちゃったんですよね。

 これを機会に《定吉七番》シリーズの続編がどんどん出るといいなあ(ぽわわわああん)。

〔挿絵:水玉螢之丞〕

「チャック」日本公式サイトhttp://www.superdramatv.com/line/chuck/

CHUCK – Season 1 Launch

〔筆者紹介〕堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。今年の仕事は、『ウルフマン』(早川書房)のノベライズと『ヘルボーイ 壱』、『ヘルボーイ 弐』(小学館集英社プロダクション)の翻訳。

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