——この翻訳リストのなかで点数の多い作家というとジョン・グリシャムなんですが、この手のミステリーというかサスペンスって前々から読んでたんですか?

白石 これも最初は大学時代かな。お決まりのE・S・ガードナーの〈ペリイ・メイスン〉・シリーズ。点数がいっぱいあって古本屋の店頭ワゴンで安く買えるという、柴田錬三郎の本と同等の条件がそろっていたので軽い気持ちでいっしょに手を出して。とにかく通学電車のなかでも講義中でもするする読めて、どれも一定のおもしろさでね。

——どっちの話ですか? ガードナー? シバレン?

白石 どっちも。シバレンといえば、『若くて、悪くて、凄いこいつら』という現代ものがおもしろいんだよ。この作家のチャンバラばっか読んでいたぼくに、7年先輩の関口苑生氏が教えてくれたんだけど——

——(聞いていない)〈ペリー・メイスン〉って窮地におちいった依頼人を弁護士が法廷で救うという、ワンパターンの極致のようなシリーズものですよね。水戸黄門的というか。

白石 印篭に匹敵するのは、メイスンが依頼人を警察から助けるのによくつかう「人身保護令状」だったりしてね。ただ毎回おなじといっても、おなじフォーマットで一定保証の安心をあたえつつ読者を飽きさせない工夫があるわけ。「不信の停止」ならぬ「突っこみの停止」という、よくできたフォーミュラ・フィクションを楽しむ読み方を身につけたのかもしれない。

——でも、一冊ごとの中身はまるっきり覚えてないとか? おなじ本を二回読んで、読書ノートに題名書いてやっと気がついたことがあるっていってましたよ。

白石 (強弁モードになって)それも、よくできたフォーミュラ・フィクションの特徴のひとつなの。フォーミュラついでに思いつきをいっちゃうと、メイスンと秘書のデラ・ストリートと探偵のポール・ドレイクというそれぞれの長所を寄せ集めたチームが問題を解決する構造って、エドモンド・ハミルトンの〈キャプテン・フューチャー〉シリーズと似てない? ジョーン・ランドールがいて、サイモンとオットーとグラッグがいて——

——(あっさりさえぎって)そういう娯楽小説の基本設定で結びつけると、ケネス・ロブスンの〈ドク・サヴェジ〉シリーズからジェフリー・ディーヴァーの〈リンカー・ライム〉シリーズまで、なんでもかんでも入っちゃって、結局は意味がない気もします。

白石 ……だから、ただの思いつきで……ガードナーはいま読むとパルプっぽいというもっともな意見を見たからさ……ぶつぶつ。とにかく、それで法廷劇のおもしろさに目覚めたわけで、似たようなにおいの作品を漁りはじめる。ロバート・トレイヴァーの『裁判』『地方検事』、レオン・ユリス『QBVII』、アーヴィング・ウォーレス『七分間』……あたりの質量ともに堂々たる作品と同時に、ガードナーが別名義のA・A・フェアで書いた〈クール&ラム〉のシリーズにもずいぶん熱中したなあ。元弁護士で才気煥発な小男ドナルド・ラムと、未亡人でお金にがめつい大女バーサ・クールの探偵事務所の話でね。軽妙な筆致の物語のおもしろさもさることながら、ポケミスの邦訳題名が味があっていいんだよね。『笑ってくたばる奴もいる』とか『おめかけはやめられない』とか『うまい汁』とか。

——(リストをめくりながら)それでデイヴィッド・ローゼンフェルト作品の邦題は、ちょっとそんな雰囲気があるんですか。『弁護士は奇策で勝負する』……

白石 ……『悪徳警官はくたばらない』。この二邦題は、おなじくシリーズを愛読していたという編集者氏の知恵の産物です。主人公の弁護士アンディくんの奮闘ぶりには、われらがラムくんに通じるものがあって、訳していて楽しかったなあ。

——リーガルものなら漢字四文字タイトルという時代がありましたよね。区別つかないとかいわれて。

白石 たしかに最高峰は漢字四文字のスコット・トゥロー『推定無罪』とヘンリー・デンカー『復讐法廷』だけど、まさるとも劣らないトム・ウルフ『虚栄の篝火』とネルソン・デミル『誓約』はすでに四字熟語題名じゃないよ? ま、こういった傑作群が出る少し前にバリー・リードとかソル・スタインとかウィリアム・コフリンなんていう作家の各社から散発的に出ていたし、『推定無罪』のヒット以降コンスタントに邦訳が出るようになってうれしかった思い出がある。ひところ目だたなくなったけど、昨年のマーティン・クラーク『州検事』はおもしろかった。リーガル・サスペンスとその周辺の作品が好きな人には、ちょっと古い本だけど石田佳治さんの『訴訟の国のJack & Betty』とその続篇がガイドブックとしておすすめ。

——では、グリシャムも最初から大喜びで?

白石 それが見る目のなさでね。最初に『法律事務所』を原稿で読ませてもらったときには、法廷での丁々発止のやりとりを読むのが好きだったから、「裁判シーンがないなあ」なんて。つまり、従来の法廷ミステリとは異なるリーガル・サスペンスという新興ジャンルがまさに形をとりつつあったことに気づかなかったというお粗末。

——似た本をたくさん読んできたというわりには、ないものねだりなんて。

白石 (受け流しながら指で字を数えて)『法律事務所』は漢字5文字だよ。

——(ひやかかに)その話はおわってます。

白石 (めげない)グリシャム作品のなかでは『最後の陪審員』とならんでいちばん好きな『処刑室』は3文字だし。そうそう、グリシャムの最新作 The Confession(2010)は死刑を題材にした野心作なんだよね。9年前の殺人事件の犯人の死刑執行が目前に迫ったある日、ひとりの牧師のもとを「真犯人は自分だ」と語る男がやってくるところからはじまり、正統的なデッドライン・サスペンスで読者を引っぱりつつ、現実の冤罪問題に取り組んでいるこの作家の問題意識がよく出た作品だと思うな。

——グリシャム作品以外にもちょこちょこ、リーガルものに手を出して……失礼、手がけてますよね。

白石 スティーヴ・マルティニとかウィリアム・バーンハートとか。なかでも気にいってるのはリチャード・ドゥーリング『ブレイン・ストーム』。ヘイトクライムで逮捕されたガチな差別野郎の弁護を担当することになった主人公の奮闘に、美人脳科学者がからんでいくという展開。テーマが差別意識なので、原文も差別用語満載でいろいろ苦労させられたんだけど、重要でタイムリーなテーマをあつかいつつ、要所要所で悪のり気味に暴走する書きぶりが趣味にあってね。アメリカの裁判制度そのものを非常にデフォルメしてコメディにしているあたりが。

——でも、あんまり売れなかったとか。アマゾンでもマーケットプレイスにしかありませんけど。

白石 それについては力不足で謝るしかありません……(そそくさと話題を変えて)で、ドゥーリングがどういう悪ノリをするかという見本が、テレビドラマ《キングダム・ホスピタル》の、ドゥーリングがプロデューサーとしてクレジットされた回によくあらわれている。これはデンマークのテレビドラマをスティーヴン・キングが製作総指揮をとり、舞台をメイン州にうつしてリメイクした作品。で、そのエピソードで、舞台になっている因縁つきの病院のERに弁護士が急患として運びこまれてくるシーンが、じつにドゥーリングらしい暴走ぶりなんだよね。第一話ではキング自身の交通事故体験も生々しく盛りこまれているし、作中にはキング・トリビアがどっさり詰まっていて本人も出演しているので、ファンの方はぜひ。ドゥーリングはさらに《ドランのキャデラック》の脚本も——

——トリビアって〈ダーク・タワー〉シリーズで重要だとされている〈19〉が出てきたとか、そのたぐいですよね。登場人物がキングの本を読んでいた、とか。

白石 そのとおり。あ、あと地名に聞き耳をたてて見るのもいいかも。映画でもそういうの楽しくない? フランク・ダラボン監督の《ミスト》で、キングのペーパーバックがラックにならんでいるのは当然としても、犬童一心監督の《メゾン・ド・ヒミコ》だと、当サイトで三門優祐さんが現在読書日記を連載中のエド・マクベイン〈八十七分署〉シリーズがテーブルに4、5冊積まれているとか。電車で隣の人が読んでいる本が気になる人なら、小説の登場人物がなにを読んでいるのかも気になるんじゃないかな。作家の本棚をちらりと見るような意味でも、どうしてこの作品を出したのかと考える楽しみでも。

——高尚なフリしたのぞき趣味ですか。

白石 (苦笑して)まあ、雑誌やネットで本棚紹介の写真を見かけると、虫眼鏡をとりだしたり画像を拡大したりして見ちゃう癖があるから、否定はしません。それで『アンダー・ザ・ドーム』にも何冊か本のタイトルが出てくるんだけど、そのセレクトが——

——(すかさず)事前に知らされると読む楽しみが減るという人がいるかもしれませんので、きょうはこのへんで。

白石 朗(しらいしろう)1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最近刊はマルティニ『策謀の法廷』。ツイッターアカウント@R_SRIS