(5)フィンランド編・後半

 前回「フィンランド編・前半」の続きです。

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ヘレンハルメ(H):ミステリーで描かれているかどうかにかかわらず、目立つ社会問題、よく議論される問題はほかにありますか?

セルボ貴子さん(S):やはり、アルコールによるDV、家庭崩壊、子どもにまで及ぶ負のスパイラル問題ですね。保護される児童の数もなかなか減りません。それらの費用がかさみ、結果的に福祉関連費用で国庫が圧迫される、という状態です。予防措置も、なかなかこれといって功を奏するものはないようですね。

 雇用問題も、リストラが増えるにつれ深刻化しています。それにともなって、移民に対してピリピリしはじめてもいます。極右政党がここ5,6年力を増しているのはフィンランドも同じです。結局、組閣には加わりませんでしたが、支持率は高かったんです。

H:なるほど。フィンランドは移民・難民の多い国ですか? どこからの移民が多いんでしょうか。

S:日本ほど受け入れ厳しくはないですが、スウェーデンに比べると数は少ないです。80年代のソマリア、90年代のベトナム、またソマリア、アフガニスタン、ミャンマーと、その時々の危機国から毎年計700名ほど受け入れて、複数の自治体に20名程度ずつ割り当てられる、という感じです。これで少なさがおわかりいただけるのではないかと思いますが。

H:なるほど、それはたしかに、スウェーデンに比べたら少ないですね。

 ご存じのとおり、スウェーデンは難民の受け入れがかなり多いです。スウェーデンに住んでいる外国人(外国生まれの人)の統計を調べてみたところ、いちばん多いのはフィンランド人なんですが、次がイラク人で、数万人単位でいます。いまはシリアからの難民が急激に増えていて、去年は約16,000人が難民申請をしたという話。人口900万人強の国としてはかなりの規模ですよね。過去を振り返ってみても、1970年代にはピノチェト政権下のチリを逃れた人々をたくさん受け入れていたし、80年代にはイラン・イラク戦争の難民、90年代には旧ユーゴから、2000年代に入ってからはアフガニスタンやイラク、ソマリアなどから、という感じで、いろいろなところからの難民がたくさん来ています。最近の統計では(2013年)スウェーデンの人口のうち約16%に当たる150万人近くが外国生まれだそうです(もちろん全員が難民というわけではありません。私もこの16%のうちのひとりです)。

S:それに比べると、フィンランドの受け入れはやはり少ないですね。増加傾向にはあるんです。受け入れ数はあいかわらずさほど多くないので、留学や結婚で残る人が増えていること、移民が家族を呼び寄せていることなどがその原因です。フィンランドには、スウェーデン語を母語とするスウェーデン系住民が5.3%いるんですが、最近、母国語がフィンランド語でもスウェーデン語でもない人の数がその5.3%を上回った、というのがニュースになりました。あとは、ソマリア人移民二世が増えてきてますね。移民二世だと、教育はフィンランドで受けていて、言葉も流暢ですが、アイデンティティー面では複雑なようです。

 規模は小さいなりに、スウェーデンと同じ問題を抱えているのではないかと思いますよ。難民申請の審査のあいだ、難民センターで何年も待たされたり、などといったこともあるようです。いちばんの社会問題としては、やはり就職ですね。いわゆる3Kの仕事に、一目で移民バックグラウンドとわかる外見の人が増えてきました。あとは、移民との価値観のちがいというか、文化的な摩擦などでしょうか。

ミステリー以外の人気ジャンル

H:ミステリーにかぎらず、フィンランド文学の作家や作品でおすすめはありますか? 人気のあるジャンルは?

S:何年か前に、ソフィ・オクサネン(Sofi Oksanen)の『粛清(Puhdistus)』がミリオンセラー級の売り上げを達成しましたね。旧ソ連時代のエストニアが受けた迫害についての分厚い小説ですが、各地で劇化されたり、映画化権も売れたりした記憶があります。

H:ソフィ・オクサネン、話題になりましたね!

S:ほかのジャンルとしては、やはり歴史もの、あとは子ども向けファンタジーなどですかね。純文学も、歴史がらみが多いんです。現代史、つまり戦争時代の話をもとに、ストーリーを膨らませたものですね。たとえば今年の大ヒット作は、トンミ・キンヌネン(Tommi Kinnunen)の処女作『Neljäntienristeys(四つ辻)』というものです。世代をまたぐ人間ドラマで、19世紀後半から約100年にわたり、4人の——助産師のマリア、マリアの未婚の娘ラハヤ、その息子の嫁カーリナ、そして最後にオンニという男性ですが——人間の運命が交錯する物語です。2月に発売されて、すでに1万部が売れているということで、フィンランドでは久々に異例の販売数を記録しています。スウェーデンの出版社が翻訳権を買ったというのがニュースになりましたし、フランクフルト・ブックフェアに向けてほかの国にも働きかけが始まっているようです。

 最近は編み物が流行っているみたいで、その関係の本をよく見かけますし、春になるとガーデニングの本がばっと増えますね。あと、今年2巻目が出て話題になっているのは、ママ2人が書いた育児本、『Vuoden mutsit(ママ・オブ・ザ・イヤー)』です。ひとりはアイスランド人と結婚してアイスランド在住ライター、もうひとりはフィンランド在住のプロデューサー兼市議で、お互いブログをやっていてコメントしあっているうちに気が合い、本を出すことにしたそうです。1980年生まれと1974年生まれの2人で、ののしり言葉連発、ときにはお酒もあおりつつ、という本音丸出しの育児記録本が、女性たちの共感を呼んでいます。もちろんまじめなテーマも扱っていて、離婚や、シングル・マザー、養子縁組の家庭のこと、ひとりで生きていく可能性を考えて投資について、といった硬派なテーマについても書かれています。子育てしやすいとされる北欧でのお母さんたちの本音を書いた本ですから、日本で読まれたらおもしろいかもしれないと思うんですよね。

フィンランド人の自己イメージ

H:フィンランド人って、ほかの北欧諸国と比べて、自分たちはどういう国民性だと思っているんでしょう。

S:なんというか、屈折していると思います。あくまでも私から見た印象ですが、アイデンティティーをスウェーデン人のようにあっけらかんと語れない、表せない。どうせマイナーな国だし、と卑下しているところがありますね。

H:スウェーデン人、あっけらかんとしてますか? アイデンティティーという面ではそうなのかなあ。北欧の中ではずっと大国というか強者でしたから、コンプレックスがあまりないというか、驕りみたいなのはあるかもしれませんねえ。

S:たとえばお笑いの人を見ていると、フィンランドではコメディアンがスウェーデン系かフィンランド系かで、路線が2つに分かれますね。スウェーデン系のほうが底抜けに明るい感じです。自分を笑いのネタにできるし。

 さきほども話したとおり、冷戦終わり近くまでソ連の一部だと西側にみなされていましたし、1980年代ごろまでは旅行でフランスやイギリスなどに行くとき「ヨーロッパへ旅行に行く」という言いかたをしていたんですよ。自分たちが欧州の一部だという意識がなかったんですね。1995年にEUに加盟して、徐々に、ほんとうに徐々に、自意識も育ってきました。21世紀のいまは、それなりに自信を持っているように見えますが、スウェーデンには引け目は感じつづけてますね。アイスホッケーの試合にそれが良く表れてます。スウェーデンに勝つと大騒ぎですよ。

H:アイスホッケーでスウェーデンとの試合になると、フィンランドでは「スウェーデンを血祭りにあげろ!」みたいなコールがかかる、という噂を耳にしまして、正直、かなり引きました(笑)。

「ヨーロッパへ旅行に行く」みたいな表現は、スウェーデンでもたまに耳にしますよ。「大陸ヨーロッパ」とか「ユーロ圏」とかいった意味で使っているのかな、と思います。デンマーク以南を指して「大陸」っていう言いかたもしますしね。ヨーロッパの一部と思っていない、とまでは言わないけど、大陸ヨーロッパの一部ではない、端のほうにある国だという自覚はあるんだな、と思います。

 国民性としてはどうですか?

S:日本人に近いと感じます。しゃべらなくても沈黙が気まずくない。ヨーロッパの中では高コンテクスト文化で、なんとなくわかる、察する、というコミュニケーションのしかたが可能ですね。言わなきゃわかってもらえない、という感じではなく、相手をわかろうとする雰囲気がビシバシ伝わってきます。もちろん日本人に比べればはっきり「No」と言いますし、ダメなものはダメで、あとあと引きずらないのは楽ですが。

 あとは、朴訥ですねえ。昔ながらの男性は「愛してる」なんて言いませんし。一度なにかを言ったら、変更がないかぎり繰り返すことはしませんし。スウェーデンはいかがでしょう。

H:スウェーデンも、欧州の中ではわりと高コンテクスト文化だと思いますよ。日本人に似てるってよく思います。でも「察する」のは下手な人が多いかもしれない、ともときどき思います。私が日本人で高コンテクストすぎるからかもしれないけど(笑)。人と対立することが嫌いで、和をもって尊しとなすところも。そうそう、さっきコメディアンの話が出ましたけど、つい最近、スウェーデンのコメディアンが「スウェーデン人は対立が嫌いでヘタレだ」というのをネタにしているのを聞きました。「でも、対立が嫌いだからこそ、200年も戦争しないでやってこられたんだ! 世界中の人がぼくらみたいにヘタレだったら、戦争は起きないよね?」と言っていて、ちょうどフィンランドの歴史について読んでいる最中だったので、これフィンランドの人が聞いたらムカつくかもなあ、と思ったけど(笑)。

S:そこはばっちり突っ込みどころですね(笑)。じゃあ、スウェーデン人は「No」というのが苦手だと聞きましたが、ほんとうなんですね。

H:ある程度まではほんとうだと思いますよ。イエスともノーともはっきり言いたくないときは、Ja (Yes) とNej (No) をまぜて、Nja…って言ったり。たとえばお店に苦情を言うこととか、苦手な人がけっこういます。でも、はっきり言うべきときには言いますけどね。合理性を重んじる人たちでもありますから……

 和をもって尊しとなすとはいうけれど、日本との大きなちがいは、その根底に個人主義と合理性があることですかね。個人主義と集団の和が両立するのが、はじめは不思議だと思っていましたが(いまでもたまに思いますが)、慣れてくるといろいろと楽です。個人主義的に自己主張する分、相手の自由も大いに尊重してくれることで対立は避けられるし、コンセンサスをとるにもちゃんと合理性に基づいた議論ができることが多いので。それが私のおおざっぱな印象です。もちろん例外はいくらでもありますが……

S:合理性はフィンランドでも強く感じますね。プラグマティックで、現実を見ている、というか。

 いま、フィンランドの高レベル放射性廃棄物処分場が日本で注目されているんですよ。うちからわりと近い町にあるので、私もよく視察の通訳をしたり、取材のコーディネートをしたりするのですが、それで見ていて思うのは、フィンランド人はほんとうに現実的なものの見方をしている、ということです。意思決定のプロセスでも、現実を受け入れて、実利を取りますね。放射性廃棄物処分場となると住民の反対がつきものですが、自治体のほうも、しかたがない、と受け入れている感じです。もちろん全員が賛成するわけではありません。が、なにはともあれ廃棄物をどうにかしなければならないという現実についてはコンセンサスが取れていて、そこからどう具体的に進めていくか、という話になっている印象です。

H:そういうところは、スウェーデンにも共通していると思います。

S:フィンランド人はとにかく、なんでもプロジェクト化して、プロジェクトチームを作って、スケジュール設定をして、コツコツと進めていくのが好きですね。とあるスポーツでフィンランドがなかなか国際大会で勝てないので、フィンランド人はそのたびにプロジェクトチームを発足させて対策を話し合うが、そのあいだに練習を積んでいる他国にやっぱり負けてしまう、なんていうジョークを耳にしたこともありますよ。日本とは少しちがった意味で、会議大好き国民ですね(笑)。

H:わかります! スウェーデンの職場も、会議とコーヒーブレイクが頻発するところが多いですよ(笑)。

 たとえば、フィンランドの国民性をよく表わしていると思う言葉はありますか? これ、今回の北欧諸国に関する記事でさんざん引き合いに出しているんですが、スウェーデンでは「ほどほど」「ちょうどいい」というような意味の「ラーゴム(lagom)」がスウェーデン独特で、ほかの言語にはうまく訳せない、とスウェーデン人は思っています。日本語の「ほどほど」にかなり近いとは思うんですけどね。極端なことを好まないメンタリティーがよく表れていると。

S:これはフィンランド人にはないですね! スウェーデン語系フィンランド人にはありそう。うーん、フィンランドの国民性を表わす言葉、なにかあるかなあ……

 あ! ありました! 「カヴェリア・エイ・ヤテタ(kaveria ei jätetä)」。「仲間は見捨てない」という感じですが、この言葉の持つ意味の熱さ、重さがうまく訳せずにいます。冬戦争でソ連と戦ったときも、この精神で独立を死守しました。

H:そういうところは、突き詰めるとすごく個人主義的でドライなスウェーデン人には、ちょっと欠けているような気もしますねえ。あ、もちろん、やさしい人たちですし、親しくなると友情は深いと思うんですが。

 エスニックジョークみたいなものはありますか? ノルウェーでは「スウェーデン人ジョーク」というジャンルが確立していて、スウェーデン人がさんざん馬鹿にされているそうなんですが。フィンランド人もきっと、スウェーデン人を馬鹿にしてますよね。

S:うーん、そうでもないかも。フィンランド人は、逆輸入フィンランド人ネタが好きかもしれません。そうすると自虐ネタですね。日本人と一緒で、外からこういうふうに見られている、というのにとても関心を示すんですよ。

日本でのフィンランドのイメージ

H:外からこういうふうに見られているといえば、フィンランドって、日本ではとても評価の高い国ですよね。かわいい、おしゃれ、などというイメージで女性に人気があると聞きますし、いまはフィンランドの教育がとても注目されている印象を受けます。もちろん、高福祉社会という意味でも(これは北欧全体に共通するかと思いますが)。実際にフィンランドで暮らしてみて、日本での評価と現実とのあいだにギャップは感じますか?

S:高福祉イコール高負担なのは北欧共通だと思いますが、日本ではいい部分だけ強調されて、研究者でもなければ実情は詳しく知らないですよね。たとえば公立ヘルスケアでは長々と待たされることが多くて、行列の長さは解消されていないところのほうが多いと思います。

H:そうですよねえ。そのへんはスウェーデンも同じで、お医者さんにはなかなか診てもらえないし、医療費は無料だとかたまに言われてるけど無料じゃないし、等々、日本で流布しているスウェーデン像には納得のいかないことがたくさんあります。日本でそんなイメージだから、ミステリー小説を読んで、北欧も理想の社会ではないんだな、と新鮮に思う方が多いみたいですね。

 フィンランドの教育は、スウェーデンでもかなり評価が高いんです。スウェーデンの学校教育、かなりの崩壊状態にあるので。いいところもたくさんあるとは思うのですが、学力という面ではたしかに相当まずいようです。実際のところ、どんなふうに感じられますか?

S:うーん、先生の能力によるかなあ。先生個人の裁量できる範囲が広いんです。教科書なども決められます。教え方としては、原因と結果、論理を究明させることに力を入れている印象がありますね。「1+1は?」と問いかけて、「2」と子どもが答えると、「どうして?」と聞いたり。テストも記述式が基本で、丸暗記では対応できない風になっていますね。

 でも、最近はフィンランドも落ちてきていると思いますよ。好景気の時もあったのに予算は削られたままですし。先生が少なくなってきていたり、生徒数が増えてきていたり、そのうえさまざまな学習障害と診断される子どもが(これは昔ならスルーされていた部分をあえて診断してみたらかなりの確率でなにかに当てはまってしまう、という面もあると思いますが)どんどん増えていたりと、課題はたくさんあると思います。

H:スウェーデンでは教師に対する尊敬心の薄さが問題になっていて、日本人の私からするとたしかにびっくりすることも多いのですが、そのあたりはどうですか?

S:フィンランドの先生はまだ尊敬されているといいますが、それもだんだん落ちてきているんじゃないでしょうか。体罰はもってのほか、法律で禁止されていますから、デコピンでも犯罪です。逆に子どもがそれを利用して脅したり、という話を聞きますね。

H:ああ、そのへんは同じですねえ。

「スウェーデン系フィンランド人」の話

H:たいへん失礼な話ですが、フィンランドがおしゃれでかわいいと日本で人気なんだ、という話をスウェーデンですると、「ええっ? どうしてフィンランド?」と不思議がられます。マリメッコとか、ムーミンとか、というふうに話をもっていくと「ああ……でもムーミンはスウェーデン語で書かれたんだよ」って絶対言います(笑)。

S:まあたしかに。あまり知られていない事実かもしれませんが、ムーミンの作者トーベ・ヤンソンは、スウェーデン語系フィンランド人で、母親がスウェーデン人でしたし、スウェーデン語で作品を書いたんですよね。

H:フィンランドはフィンランド語とスウェーデン語が公用語ですが、実際にスウェーデン語が使われる場面というのはあるんでしょうか? 西部のごく一部にスウェーデン系が多く、そういうところでは2か国語表記を採用しているけれど、あとは基本的にフィンランド語のみ、というのが私の漠然とした理解なのですが。あ、あと、ヘルシンキも2か国語表記が多くて、旅行したときはかなり助かりました。

S:そのとおりです。西岸のいくつかの町、首都圏周辺の町には、スウェーデン語系の人が多いところがありますが、完全にスウェーデン語しか話さないという人はほとんどいなくなっているのではないでしょうか。さきほどもちらっと話に出ましたが、スウェーデン系フィンランド人の割合は5%程度で、その他の外国人と同じ割合になってしまいました。

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フィンランド南西の町、トゥルクにて。通りの名前もフィンランド語とスウェーデン語、両方あります。上がフィンランド語、下がスウェーデン語。ちなみにこれの意味は「城通り」、その名のとおり、中心街からトゥルク城へと続く道です。

H:それでも、学校ではスウェーデン語が必修なんですよね。

S:小学校3年生から外国語1として選択可能ですが、そこでは圧倒的に英語を選ぶ人が多いです。スウェーデン語は、義務教育のあいだに必ずどこかでやることになっていて、ふつうは7年生(中1)で外国語2として履修しますね。中学では3年間やることになります。高校でも必須科目ではありますが、高校卒業資格試験では必須ではなくなりました。

H:なるほど、中1から学ぶ人がほとんどで、しかもあまりモチベーションが上がらないなんて、まさに日本の英語教育みたいですねえ。学校でスウェーデン語を習う件に関して、不要論が出てきている、と聞きました。また、そもそもスウェーデン語に対する反感が強くなってきていて、スウェーデン語を話す有名人が脅迫されたこともある、という記事を最近読みました。このあたりの現状を教えていただけますか?

S:右翼の人たち以外は、反感までは行っていないと思いますよ。そこまでの嫌悪感を耳にすることはありませんので、ご心配なく……

H:じゃあ、脅迫云々は極端なケースなのかな。

S:でも、スウェーデン語を必修ではなく選択制にしようという提案が出されていることは事実です。ただ、スウェーデン語の利点は、スウェーデン語ができればノルウェーでもデンマークでも通じるし、デンマーク語が必修なアイスランドともコミュニケーションがとれる、ということで、北欧の一国としてのアイデンティティーにもかかわっているんじゃないですかね。

H:でも、実際のところ、コミュニケーションは英語じゃないですか? 私はスウェーデン人とデンマーク人に接する機会が多いですが、彼らのあいだでは、しばらくはそれぞれの母国語で会話しているけど、込み入った話になってきて理解が難しくなったら、いつのまにか英語に切り替わってます。

S:なるほどね。そうですよね。私もスウェーデンに通訳で行くと全部英語で済んでしまいます、みなさん英語が上手なので(笑)。

H:以前、ヘルシンキに行ったとき、さきほども言ったとおり街の標識などはスウェーデン語も併記されていていっさい困らなかったのですが、ふと、スウェーデン語で話しかけたらどのくらい通じるんだろう、通じたとしても「やな感じ」って反感を買ったりするんだろうか、と悩みました。まあ、でも、英語が問題なく通じるので、結局3秒ぐらいしか悩まなかったんですが(笑)。考えてみると、フィンランド語は英語に近いわけではないのに、フィンランド人はみんな流暢に英語を話せて、すごいですよね。

S:ほとんどのテレビ番組が吹き替えではなく、字幕で見ているからだと思いますよ。昔は子ども番組でもそうでした。いまは子ども向けの番組なら吹き替えにすることも多いですが。あと、最近の男の子はかなりの確率でゲームをやるので、それで英語を覚えることが多いみたいですね。

H:そんな中で、もしスウェーデン語でフィンランドの方に話しかけたら、反感までは抱かれないけど、苦手意識があるからあまり話してはくださらない、という感じですかね。

 スウェーデン系住民は旧支配階級だから、お金持ちのイメージがある、と聞いたことがありますが、ほんとうでしょうか。

S:たしかに、旧支配階級に繋がる家柄のスウェーデン系フィンランド人が、富をいまだに独占している、というイメージは多少ありますね。実際、一部にとんでもないお金持ちがいるのはほんとうですよ。いまでもヘルシンキのお金持ちスウェーデン系社会では、たとえば事業で失敗すると、フィンランドのスウェーデン系社会が小さすぎるので、しばらくほとぼりが冷めるまでスウェーデンに留学したり転職したり、っていうことがありますね。あと、かわいい女の子が「私、同じスウェーデン語系の、ある程度余裕がある家柄の人としか結婚しないわ」とか言ったり。

H:うわー、いまだにそんなことが。

 さきほど少し話に出ましたが、ムーミンの作者トーベ・ヤンソンの評伝を読んだところ、スウェーデン系の芸術家は主にスウェーデン系どうしで付き合うことが多かったようで、驚きました。そういう描写があったのは主に戦前の話だったと思いますが、ひょっとして、スウェーデン系とフィンランド系とのあいだには、いまでもそんな壁があったりするのでしょうか。

S:そうなんです、戦時中あたりだと壁はかなりありました。いまはそれほどではないですし、フィンランド系とスウェーデン系のカップルなんかもたくさんいますけどね。

 そのトーベ・ヤンソンの評伝にも、トーベの弟ラルスが鬱になって、友だちと「ヨット」で逃亡しようとした、というエピソードが出てきます。が、当時困窮していた、とくに労働者階級のフィンランド人の家庭では、ヨットなんて見たこともない家がほとんどだったわけですよ。トーベの両親ともに芸術家で収入は少なかったかもしれませんが、それでもヤンソン家はお手伝いさんも雇えていたわけですし、保守派、ブルジョワ系の考え方は脈々とありますね。そんな中で、トーベは左翼の人とばかりお付き合いすることになって、お父さんは苦虫噛みつぶしていたことでしょうね(笑)。

H:あと、トーベ・ヤンソンの評伝では、彼女がスウェーデン語で作品を書いていたので、フィンランド語に訳されるまでに時間がかかった、という話もあって、これも驚きました。フィンランドにはスウェーデン語で作品を書いているスウェーデン系の作家がけっこういますよね。でも、彼らの作品がフィンランド語に訳されることは稀なのでしょうか。

S:スウェーデン系フィンランド人の作家の作品は、スウェーデン市場向けにスウェーデン語で出版しているシルツ&セーデシュトレムス(Schildts & Söderströms)という出版社があって、フィンランド語の翻訳版もそこが出版しています。この出版社も、トーベ・ヤンソンやトーベの最初の女性の恋人ヴィヴェカたちと付き合いのあった人々がやっていた会社です。夏にヨットでクルーズに行ったりね(また出た、ヨット!)。スウェーデン語系、みんなつながっている感じですね。スウェーデン語も読めるフィンランド人がそれらの作品を読んで、これはフィンランド語の市場でも行ける、と判断されると、フィンランド語にも翻訳される、というプロセスだと思います。最近だと、チェル・ウェスト(Kjell Westö、フィンランド語読み)なんかがその例ですね。サスペンス系の作品も書いている作家ですが。

H:シェル・ヴェストー(スウェーデン語読み)はスウェーデンでも人気があって、最新作は権威のある文学賞、アウグスト賞にノミネートされたり、スウェーデン公営ラジオが主催する小説賞を獲得したりしていますね。

 はじめにお話したとおり、フィンランドのミステリーは残念ながらあまりスウェーデン語に訳されていないんですが、逆にスウェーデンのミステリーはフィンランドでたくさん見かけますか?

S:ヘニング・マンケルは人気ですね。『マルティン・ベック』シリーズもいまだに人気がありますし、『ミレニアム』シリーズはもちろん売れました。ほかにはオーサ・ラーソン、マリー・ユングステット、カミラ・レックバリ、アンナ・ヤンソンなどをよく見かけます。あっ、女性ばかりでしたね。男性だと、オーケ・エドヴァルドソンなどでしょうか。美穂さんが翻訳されたケプレル、ルースルンド&ヘルストレムも人気ですよ! ノルウェーのジョー・ネスボも人気ありますね。翻訳もの自体、けっこう多いです。英米の作品もね。

H:やっぱり有名どころはひととおりそろっていますねえ。スウェーデン、フィンランドの作品の紹介、もっと頑張ろうよ、と言いたいです……

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フィンランド西岸の町、トゥルクの書店にて。ペーパーバックコーナーにはミステリーがずらり。ダン・ブラウン、スティーヴン・キングなどに加えて、スウェーデンものもちらほら。前回セルボさんに挙げていただいた、レイヨ・マキ(Reijo Mäki)も目立っています。あっ、『三秒間の死角』も発見。フィンランド語のタイトルが『コルメ・セクンティア』……(前回の冒頭、フィンランド語についての話をご参照ください)

フィンランドの好きなところ・嫌いなところ

H:北欧の中でもこれがフィンランド独特、と言えることって、なにかあるでしょうか。私にとっては、フィンランドというと真っ先にイメージするのは、サウナ大好き、っていうことですが。

S:たしかに、サウナはほかの北欧諸国ではそこまで盛り上がらないですよねえ。戦争しても設営ですぐサウナ作りますからね、フィンランド人は。海外のオフィス拠点にもサウナ作ります、絶対に。フィンエア—の新社屋屋上にも立派なサウナがあります(笑)。

H:やっぱり……日本人にとってのお風呂みたいなものですかねえ。こちらにいると、日本人の友だちには「家探しをするときの必須条件はバスタブがあること」という人が多くて、うっすらと同胞感を抱きます(笑)。(付記:ちなみにセルボさんのご自宅にもちゃんとサウナがあり、おお、やはり……と感嘆したことをご報告させていただきます。)

S:あと、コーヒーとアイスクリームの一人当たり消費量も世界一だったような。うろ覚えですが。

H:北欧ってどこもコーヒー派ですよね。

 フィンランドやフィンランド人に初めて接したとき、驚いたことってありますか? いまでも驚くこと、慣れないこと、とか。

S:シャイなことでしょうか。私がフィンランドに来てから13年経って、フィンランド人もだいぶ外国人慣れしてきたと思いますが、昔は英語でしゃべるのも恥ずかしがる人が多かったですよ。

H:はっきり言って「フィンランドのここが嫌い」と思うところはありますか?

S:やっぱりここもアルコールですかねえ(笑)。週末にドカ飲みして前後不覚になる無礼講さとか、お酒を強要してくるところとか、いやですね。あと、煙草のポイ捨ても。

H:もうすっかり「フィンランド=アルコール」の図式が脳に刻み込まれました……(笑)。逆に「ここが好き」とアピールしたいところは?

S:朴訥で、素朴で、派手さはないですが、二枚舌とか本音と建前とかいったこともなく、真っ向からぶち当たってくれるところ。頼れる、信じられる人たちだと思います。

H:今回はほんとうにありがとうございました。フィンランドについては知らないことだらけだったので、とっても勉強になりました。

S:こちらこそ。スウェーデンのこともいろいろわかって面白かったです。前から思っていたんだけど、スウェーデン語もできるといろいろと便利なので、勉強しようかな。

H:やりましょう!! で、ミステリーの翻訳をするのです!(笑) あっ、その前に、フィンランドの作品をぜひもっと紹介していただかなければなりませんね。期待してます!

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 実ははるか昔、中学生のころに、『フィンランド語は猫の言葉』という本を読んで以来、フィンランドは気になる国のひとつでありつづけていました。思えば外国(しかもマイナーな国)やその言葉に興味をもつようになったのは、あの本の影響も大きかったかもしれません。いまでもよく覚えている本です。

 激動の現代史を生き抜いてきたフィンランドは、言葉の問題もあり、その豊かな文学がなかなか外国に紹介されにくい国ですが、今年は大きな飛躍のチャンスになるのではないかと期待しています。

 今回、北欧各国についてお話をうかがって、思ったこと……

「なんか、スウェーデン、けっこう嫌われてる?」

 あっ、いやいや、そんなことはないですね。ごくあたりまえのことの再確認ですが、北欧の国々は似ているところがたくさんあり、基本的な価値観は共有している、それでいてどの国にも独自の個性がある、とあらためて実感しました。昔はいろいろあったのにいまは平和で、ときにライバル心をむき出しにし、ときにはジョークで笑い合いながら、仲良く共存している姿を見ていると、世界中がこうなれたらどんなにいいだろう、と思いもします。

 どの国の記事でも、話はミステリーからだいぶ脱線してしまっていますが、連載の最初にも書いたとおり、私たち個人の視点から見た北欧社会のようすを少しでも感じとっていただき、本を読むときの楽しみが増えたと思っていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

 逆に、北欧に興味があってこれらの記事にたどり着いた方々がもしいらっしゃったら、ぜひ一度、ミステリーを手に取ってみていただきたいと思います。ミステリーは「社会を映す鏡」であり、とくに北欧のミステリーは意識的にそういう方向をめざしてきたのが大きな特徴です。読んでみると新たな発見があると思いますし、なにより難しいこと抜きにして面白い作品がたくさんありますよ。

 それでは5回にわたり、長々と失礼いたしました。

 ありがとうございました!〜 Tack så mycket! (SWE) – Mange tak! (DEN) – Tusen takk! (NOR) – Kiitos paljon! (FIN) 〜

セルボ貴子さん プロフィール

 2001年よりフィンランド西岸のポリ在住。英語、フィンランド語の通訳・翻訳、フィンランドに関する執筆などで活躍。目下、初の書籍共訳の最終段階にあり。共著書に『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)

ウェブサイト:http://wa-connection.net

Twitter:twitter.com/takakosuomessa

ブログ:http://japani.exblog.jp

ヘレンハルメ美穂。スウェーデン語翻訳者。最近の訳書は、ルースルンド&ヘルストレム『三秒間の死角』、セーデルベリ『アンダルシアの友』など。スウェーデン南部・マルメ近郊在住。ツイッターアカウントは@miho_hh

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