(3)ノルウェー編・後半
前回「ノルウェー編・前半」の続きです。
平等意識の強いノルウェー
ヘレンハルメ(H):ちょっと話を戻しますね。もうひとつ、スウェーデンの警察ものを読んでいて思うのは、もともとフラットで平等意識の強い社会なので、階級や年齢などの序列が小説の中でもあまり問題にならない、ということです。ないわけじゃないんだけど、話のメインにはならない。ノルウェーも似たような感じだろうと想像しますが、どうでしょうか。これが日本の警察ものだと、お偉いさんとの軋轢、上層部からの圧力、下っ端がなかなか表立って活躍できない、などといった話がもっとたくさん出てくると思うのですが……
青木さん(A):はい、まさにそのとおりです。ノルウェーは歴史的にスウェーデンよりもさらに平等意識が強いですね。スウェーデンは貴族階級がいましたが、ノルウェーはデンマークやスウェーデンの支配下に置かれ、自国はみんなが農民という意識が育ちました。
相手が上司であってもファーストネームで呼ぶのが当たり前ですし、思ったことはストレートに発言するのが自然です。ネスボの主人公ハリー・ホーレは、上司を「ボス(Sjef)」と呼んでいますが、行動は破天荒で、上司に遠慮はまったくありませんね。
H:なるほど、歴史的にスウェーデンよりもさらに……というのは考えたことがありませんでしたが、たしかにそうですよね。でも、相手が上司であってもファーストネームで呼ぶことや、部下であろうと、新人であろうと、思ったことははっきり言い、上司も耳を傾ける人が多いことなどは、スウェーデンも基本的には同じだと思います。
A:階級差もそうですし、ジェンダー差が少ないのも北欧ミステリーの特徴ではないでしょうか? 日本では、小説やテレビの世界では女性警官が活躍しますが、現実では女性警官の割合は10%と聞いています。警察の記者会見で、女性警官が話しているのは見た記憶がありません。ノルウェーでは、女性警官が現実に活躍し、そして小説で描かれていても違和感がないです。おそらくスウェーデンもそうですよね。
H:おっしゃるとおりですね。
ノルウェーとほかの北欧諸国
H:ノルウェー人はスウェーデンにコンプレックスを抱いている、という話がちらっと出ましたけど、ノルウェーとほかの北欧諸国とのちがいや関係について、ちょっと聞いてみたいと思います。ノルウェー人がほかの北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド)について抱いているステレオタイプ的なイメージはありますか?
A:スウェーデンに対しては、愛憎入り混じる感情があると思います。北欧の兄貴的な存在だけど、スノッブで鼻につくというイメージもあり。とにかくつねに意識していますね。でもスウェーデンのほうにはあまり相手にされてないという自覚もあって、新聞に「スウェーデン人はノルウェーの国王の名前すら知らない」という記事が載ったことも。ノルウェーをけなすスウェーデン人のコメントを載せて、自虐的に喜んでる感じです(笑)。
H:喜んでるんですか(笑)。デンマークに対してはどうですか?
A:デンマークは、陽気な国民性、酒の安い国、というイメージ。デンマーク人はスウェーデン人よりノルウェー人の方が好きだ、とノルウェー人は思っています。ノルウェーは14世紀から19世紀までデンマークの支配下にありましたが、ずいぶんとゆるい支配だったので、恨みめいたことを口にする人はだれもいません。明るいデンマーク人のことは大好きで、またデンマーク人もノルウェー人が好きと思っているところがいじらしいですね。でも、この前、デンマーク在住の日本人の方に聞いたら、デンマーク人はあまりノルウェーに興味がないみたいで、ここも片思いか、と思いましたよ(笑)。
H:ノルウェーはスウェーデンにも支配されてた時代がありますよね。
A:そう。19世紀から20世紀初頭にかけてですね。でもそのころは、ノルウェーはかなり独立に向けてスウェーデンに抵抗していたので、同じ支配でも、スウェーデンのことを、特に年配層は「気に入らない」と思っているところがあります。
H:なるほど。加えて、第二次大戦のときに中立国だったスウェーデンは、ナチスドイツとの戦争を回避するため、ドイツに占領されたノルウェーをあまり積極的には助けなかったんですよね。そのことでスウェーデンを恨んでいる面もあるのかもしれない、と想像しますが、どうなんでしょう。とくに年配層は。
A:「恨んでいる」というのはちょっと強すぎる表現かもしれません。うまく立ち回ったと思っている、という感じかな。スウェーデンに関してはほんとうに、愛憎入り混じる感情があると思いますが、それでも「北欧の代表は?」と聞かれると、それはまちがいなくスウェーデンと認識しています。戦後の北欧型福祉モデルを立ち上げたスウェーデンの後を、ずっと追いかけてきたので。産業面においても文化においても「スウェーデンの方が優れている」という認識があると思います。ウィンタースポーツは唯一、うっぷんを晴らせる機会ですが。
H:そうですよね。スキー競技に関しては、スウェーデンはノルウェーにかなわないし、またそういう自覚もあると思います。もう素直に白旗を上げて代わりにノルウェーを応援している感じがしますよ。ノルウェーが不振だと「ざまあみろ」とか口では言うけど、なんだかんだ言ってノルウェーの選手を目で追っているような……
A:あと、スウェーデンの若者の失業率が高くなるにつれて、オスロへ働きに来るスウェーデン人が増えていて、ノルウェー人は「スウェーデン人の方がサービスいいね」と上から目線で褒めています(笑)。カフェ、レストランなどスウェーデン人労働者が多いんですよ。
H: そうですよね。ノルウェーのほうが物価も高いぶん、お給料がいいので、オスロで働いているスウェーデン人はたくさんいますよね。学生の夏バイト先としても人気らしくて、夏はオスロでバイトしてくる、という話をけっこう聞きますし、外食産業だけでなく、医師や看護師がノルウェーへ流出しがち、という話も聞いたことがあります。
でもそれはノルウェーだけでもなくて、デンマークのコペンハーゲン空港はスウェーデン国境に近いこともあって、お店はスウェーデン人店員だらけですし、アイスランドで乗馬をしたときはガイドさんがスウェーデン人の夏バイト学生で、異国情緒20%減でした。スウェーデン人は自分たちのことを「北欧の出稼ぎ要員」と言いますよ……。
A:そうなんだ(笑)。それでも、やっぱりノルウェー人、スウェーデンに対する憧れはかなりあると思いますよ。さっきも話した、スウェーデン語を使うのがカッコいい、みたいな意識もそうだし、服装やライフスタイルもスウェーデンのほうが洗練されている、とノルウェー人は思っていると思います。
H:洗練……?(笑)
A:実際、ストックホルムに行ったとき、スーツにネクタイの男性が多くて驚きました。ノルウェーではほとんどいないので……。フォーマルで洗練されている、と感じましたね。
H:そうですか……フォーマルですかね? うーん、スーツにネクタイ率、日本に比べたらものすごく低いと思うけど、ストックホルムにはその率が高い界隈もあるのかもしれませんねえ。洗練されているんですかね……?(疑問符多発)
A:スウェーデンに影響されて、温かいランチの習慣もノルウェーに入ってきましたし。
H:温かいランチですか?
A:もともとノルウェー人って、昼食は家から持参した、紙に包んだオープンサンド程度のものですませることの多い、さびしい人たちなんですよ(笑)。それが何年か前から、「スウェーデン人はどうやら温かいランチを食べているらしい」という話が広まりまして。温かいランチ——まあ要するに、きちんと調理された、できたてあつあつの昼食ということですね。それで、お昼休みにデリで食事を調達したり、会社に食堂ができたり、学校の休み時間に外に出て買い食いしたり、という光景がよく見られるようになりました。オスロのような都市部を中心に、一部の学校が有料で給食を出すようになったり。
H:へえ〜、なんかそれちょっと異文化です! スウェーデンではもちろんサンドイッチですませるケースも多いけど、レストランのランチタイムは混雑しますし、学校給食もあるのがふつうですし……。
A:やっぱりスウェーデンは進んでいる。
H:その程度で進んでいると言っていいんでしょうか。
A:ノルウェーとちがって文明化されている。
H:そんな自虐的にならなくても……(笑)
気を取り直して(?)アイスランドやフィンランドはどうですか?
A:アイスランドは、近い国の割にはあまり知らないかもしれませんね。ただ漠然と、神秘的な自然と純朴な国民というイメージかな? 私自身は、人々がとても親切で、ノルウェー人以上に素朴だと感じました。アイスランドでは中学でデンマーク語を習うので、ノルウェー語で話しても通じますし、それで人々との距離感も縮まった印象です。
フィンランドに対するイメージは、はっきり言って、遠い国でよく知らない、っていう感じですかね。暗くて、酒飲みで、よく銃を撃っているイメージ。「おしゃれな国」などという日本人のフィンランド観を聞くと、ノルウェー人は心底驚くみたいです(笑)。
H:そうですよね。驚かれますよねえ……(笑)
とくに私はスウェーデンの中でもフィンランドからいちばん遠いところに住んでいるせいか、フィンランドに対しては心理的な距離があると感じます。デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語は似ていますが、フィンランド語はまったく系統のちがう言葉なので、そういう意味でも異文化で、あまりよく知らないし、なじみがない国というイメージです。ああ、でも、スウェーデンに住んでいる外国人でいちばん多いのはフィンランド人ですし、地域によってはとても身近な国と感じているかもしれません。
A:ノルウェーだとほんとうに、フィンランドは完全に別物扱いですね。興味もないし、遠い国のイメージです。やはり根幹は「スカンジナビア」という枠組みだと思います。
H:それはありますよね。言葉も母国語のままでわかりあえるし。なんだかんだ言ってもスカンジナビア三国、仲いいですよね。身内というか、兄弟みたいな感覚で、スウェーデン人はノルウェーやデンマークの悪口を言いはするけど、かといって北欧以外の国からノルウェーやデンマークの悪口を言われるとちょっとかばいたくなる、みたいなところがある気がします。
ご存じかもしれませんが、スウェーデンには「ノルウェージョーク」と呼ばれるジャンルのジョークがありまして、たいていはノルウェー人がいかに素朴で間抜けかを笑う内容です。
Q:ノルウェー人はどうやって50クローネ札を偽造する?
A:500クローネ札のゼロをひとつ消す。
Q:イエス・キリストはどうしてノルウェーで生まれなかったのでしょう?
A:賢者が3人も見つからなかったから。
そういう、ほんとうにどうしようもないやつです。ノルウェーにも似たような感じで「○○人ジョーク」が存在するにちがいない、と踏んでいるのですが、いかがでしょうか。やっぱり「スウェーデン人ジョーク」ですか……?
A:はい、「svenskvits(スウェーデン人ジョーク)」という立派な(!)カテゴリーがありますね。なぜかはわかりませんが、「スウェーデン人は馬鹿だ」というオチのようです。例を挙げると、
スウェーデン人の乗ったボートに穴が開いた。
「助けて! 沈んじゃうよ!」とあわてたが、素晴らしいアイディアが浮かんだ。「そうだ、もう1つ穴を開ければ、水が流れ出るよ」
Q:どうしてスウェーデン人はトイレのドアを閉めないか知ってる?
A:鍵穴からのぞかれないため。
H:やっぱりね。予想どおりでした(笑)。
A:そんなジョークを言い合えるのも、結局は仲がいいからこそですよね。
5月17日のナショナルデー(憲法記念日)の行進。1814年、ノルウェーはデンマークからの独立を果たし、当時としてはひじょうに民主的で革新的な憲法を制定。すぐスウェーデンに支配されてしまい、最終的な独立は1905年までおあずけになりましたが、そのあいだも憲法は守られました。2014年は憲法制定200周年。愛国心はスウェーデンに絶対負けません!
スカンジナビア諸語と、ふたつのノルウェー語
H:実際、ノルウェー人にとっては、スウェーデン語やデンマーク語はどのくらいわかるものなのでしょうか。どちらのほうがわかりやすい?
A:話し言葉はスウェーデン語の方がわかりますね。
H:やっぱりそうですよね。私からしても話し言葉はノルウェー語のほうがデンマーク語よりもずっとわかりやすいです。どこの方言かにもよるけど。
A:方言、激しいですからねえ。通訳をするときなんか、方言、さっぱりわからなかったりして怖いです。来る前にどこの出身の人か探りを入れて準備しておきます。しかもノルウェー人、外国人だから標準語で話してあげよう、なんて配慮はしてくれないですからね。そもそも方言を話すのが恥ずかしいという考えがなくて、政治家もニュースキャスターも方言を話しています。標準語に直したりしません。
H:それはスウェーデンも同じですね。
A:で、書き言葉はデンマーク語の方がわかります。いまのノルウェー語は、もともとデンマーク語の書き言葉にノルウェー語的な要素を取り入れた、ブークモールと呼ばれる言葉が主流なんです。
H:たしかに、書き言葉はデンマーク語にそっくりですよね。私、ぱっと見ただけじゃ見分けがつかないことがあります。
A:以前、ノルウェー語をエンタメ風に見せる番組で、「スカンジナビア人、だれがいちばんほかの言語を理解できるか?」という企画がありました。優勝したのはノルウェー人でしたね。デンマーク語は歴史的に結びつきが深いですし、スウェーデン語は、スウェーデンのテレビがノルウェーでも見られるので、それを見ているノルウェー人が多いことが原因かと思います。
H:そうでしょうね。スカンジナビア三国に興味があってどの国の言葉もわかるようになりたい、と思ったら、話し言葉はスウェーデン語に近く、書き言葉はデンマーク語に近いノルウェー語を勉強するのが、いちばんいいのではないかとよく思います。
そういえば、さきほどちらっと話に出たブークモールについても、うかがいたいと思っていました。ノルウェーには、ブークモールとニーノシュク、2種類の書き言葉があって、どちらも公用語なんですよね。
A:はい。ブークモールはさきほども言ったとおり、デンマーク語にノルウェー語の要素を加えた書き言葉で、「本の言葉」という意味です。1814年にノルウェーがデンマークから独立したとき、ノルウェー語の書き言葉を確立しようという動きが高まりました。で、デンマークの影響を受けたブークモール派と、西ノルウェーに住んでいた独学の言語学者が体系化した、デンマーク語の影響を排したニーノシュク(「新ノルウェー語」)派の二陣営に分かれて、激しい論争が繰り広げられたんです。
1940〜50年代に、労働党が中心になってこのふたつを統合しようとしたんですが、激しい反発に遭いました。折衷ノルウェー語で書かれた学校の教科書を、親が黒ペンで塗りつぶす、なんていうこともあったみたいです。といっても、たいしたちがいじゃないんですよ! bok(本)に定冠詞をつけたら、bokenになるか、bokaになるか、ぐらいのちがいです。
そんなこんなで、そのあとに政権に就いた保守党はもうこの論争を放置してしまって、それでいまだに2つ、公的な書き言葉が認められているという状態です。いまでもニーノシュクをメインに採用している自治体は、西ノルウェーの田舎の人口の少ないところです。全国での使用比率は、ブークモール:ニューノシュク=9:1、といったところでしょうか。
H:なるほど……それでも、ニーノシュクなんて要らない、とはならないんですね。
A:ニーノシュク強硬派がいますからね。彼らは、ニーノシュクのほうが純粋なノルウェー語、と認識しています。だから、廃止となると抵抗勢力が強いんだと思いますよ。でも、本音ではみんな、ちょっと面倒だと思っているんじゃないでしょうか。ノルウェーでは高校でニーノシュクの授業とテストを受けなければならないのですが、いやがっている人が多いですね。国営放送は20%、ニーノシュクを使わなければならないという決まりがあるのですが、実際調べてみたら守られておらず、10%程度だった、という記事を読みました。民放ではほとんど使われていないようです。
それに、ニーノシュクだと本が売れないんですよ。文法が微妙にちがったりするので。ごく一部にニーノシュクで書いていて売れている作家がいますが、例外的だと思います。
ノルウェー人の自己イメージ
H:ノルウェーと北欧諸国の関係についておうかがいしましたけど、では、ノルウェー人の自己イメージってどんなふうなんでしょうか。ノルウェー人はどういう国民性だと、ノルウェー人自身は思っているのでしょう?
A:これもなかなか複雑ですね。「ノルウェーは小国だから」と謙遜しつつ、「ノルウェーは世界で一番暮らしやすい国」と思っている節があります。個人主義、自由と平等を愛し、寛容である(と思いたい)。シャイかもしれないが、一度打ち解けると、友情は深い(と思いたい)。
ほかの北欧諸国に比べ、自国の自然への誇りが強いと思います。壮麗なフィヨルド、神秘的な北ノルウェーなど、観光客は来ても当たり前、とあぐらをかいている節がありますね。
H:いやー、実際、ノルウェーの自然は圧巻ですもんね。息をのむような雄大さで。スウェーデンは、少なくとも南のほうは、ひたすらのどか、という感じなので、あのダイナミックさはうらやましいです。
A:その一方で、莫大な石油ガスにより、世界的にリッチな国になった国ゆえ、「北欧のカタール」と自嘲しています。豊かな自然資源の上で、人々(特に若い世代)は苦労しなくても生活は保障され、競争力の低下を懸念する声はよく耳にします。甘やかされた、とよく表現していますね。
H:それについては、さっき話したジョー・ネスボの『蝙蝠男』に、面白い一節がありました。基本的にオーストラリアが舞台でノルウェーについてはさっぱりわからない小説なんですが、オーストラリア人に「ノルウェーってどんな国?」と聞かれて、ハリーがこんなことを言うんです(スウェーデン語版からの粗訳です)。
ハリーは語った。フィヨルドと、山と、そのあいだに住む人々について。他国との連合、抑圧、イプセン、ナンセン、グリーグ。自分では進歩的で先見の明があると思っているけれど、ほんとうのところは一次産品の輸出に頼るばかりのいわゆるバナナ共和国とそう変わらない、北の小国。オランダやイギリスで木材が必要になったとき、ノルウェーには森と港があった。電気が使えるようになったとき、ノルウェーには滝や急流があった。そのうえ玄関先で石油まで見つかった。「ノルウェー人がボルボやツボルグみたいなものを生み出したことは一度もない。ただひたすら、国の自然を輸出してきただけだ。これまでずっと、頭を使わないですんだ。ケツの毛まで金でできてる国なんだよ」
A:そのとおりだと思いますよ(笑)。ノルウェーの北海油田は1969年に発見されたんですが、それまではスウェーデンより貧しい国だったんです。それが急に豊かになったんですよね。いまの経済状態もきわめて良好で、失業率は3.3%。
H:ひゃあ……スウェーデンは2014年2月の統計で8.5%だそうですよ。なんたるちがい。
A:石油が枯渇したときに備え、石油基金というお金を貯めていますが、国民一人当たり、1000万円以上の貯蓄に相当するようです。
H:ええっ!(目眩)うらやましすぎますよ……分けてほしいですね……
A:その豊かさゆえ、ネスボの言うとおり、あぐらをかいて甘えているのが問題かもしれません。学校を中退し、すぐにNAVと呼ばれる社会事務所で手当てをもらう若者の存在がクローズアップされています。Navから取ったnaveという動詞が昨年の流行語大賞でした。
最近も、ノルウェー人とスウェーデン人を比較して、ノルウェー人は仕事を探すとき、どこかに1通履歴書を送ってはのんびり結果を待っているけれど、スウェーデン人は同時に何社にも送って効率的に仕事探しをしている、という話を聞きました。石油産業にもスウェーデン人が進出しているらしいので、そのうち乗っ取られるんじゃないかと。
H:私の個人的な印象でも、ノルウェー人はスカンジナビアの中でもいちばんマイペースでのんびりしているイメージがあって、リッチな国だからかなあと思っていました。ある程度までは当たっているのかもしれませんね。スウェーデンやデンマークは企業などを見ていても商売上手、宣伝上手だなあと思うけれど、ノルウェーはそのへんあまりがつがつしていないから、ノルウェー・ミステリーもスウェーデンやデンマークに比べてあまり注目されないのかな、なんて思っているんです。
マイペースで純朴なノルウェー人
H:ノルウェーの国民性をよく表わしていると思う言葉、言い回しや慣用句などはありますか? たとえばスウェーデンでは、ちょうどいい、中庸、ほどほど、というような意味の「ラーゴム(lagom)」という言葉がスウェーデン独特で、極端なことを好まない、ほどほどが好きなメンタリティーをよく表わしていると言われています。
A:「シッペルターク(Skippertak)」でしょうか? 意味は「短期決戦」みたいな感じです。
ノルウェー人は、例えば金曜午前締め切りの仕事に、すぐに取りかかりません。木曜午後くらいまで放置しますが、最後の最後で、すさまじいパワーで仕上げます。仕事を依頼する側としては、ハラハラですが、最終的には帳尻をあわせますね。
H:ええっ! ちょっと、ノルウェー人! デンマーク在住の友人と話したときに、デンマークは心地いいというような意味の「ヒュッゲ(hygge)」だろう、あとは 「Slab af!(リラックスして!)」ともよく言う、という話になり、ほどほどで心地よいのがいちばんと考えるメンタリティーはやっぱりデンマークとスウェーデン似通っているのかねえ、なんて結論に達していたのですが、それなのに、ノルウェーがいきなりこれですか……でも、なんとなくノルウェー人らしい気もします(笑)。
A:ノルウェーとの付き合い、もうずいぶん長いですが、とんでもなくマイペースなところ、残業しないように仕事は最小限しかしないこと、などには、いまだにびっくりさせられますね。あと、家族と自然が大好きなところも。”Nordmann ble født med ski på beina”、「ノルウェー人はスキーを足に付けて生まれる」もよく知られた表現ですね。
H:そもそも青木さんはどういうきっかけでノルウェーとかかわるようになったんですか?
A:90年代初めにオーロラツアーでノルウェーを訪れたのがきっかけです。オーロラを見に行くツアー、いまは人気がありますが、当時はまだレアだったんですよ。結局、オーロラは見られなかったのですが、ノルウェー人の純朴さ、人のよさにすっかり魅了されてしまいました。それでノルウェー語の勉強を始めて、何度か留学もして、いまに至ります。詳しくはこちらのブログ記事に書いたので、読んでみてください。
H:なるほど、オーロラツアーがきっかけだったんですね。ほんと、人生ってどう転ぶかわからないですね。
A:以来、ノルウェーとの付き合いは、もう20年以上にもなるので、気分は倦怠期の夫婦でしょうか。もうノルウェー人に対するキラキラした憧れは残念ながら、薄まってしまいましたが……
H:けど、好き嫌いを超えた愛着みたいなものが生まれたんじゃないですか? 日本を好きか嫌いかって聞かれたら、そういう次元ではなく母国だから特別だと私は思いますが、母国でなくても長くかかわっていると、だんだんそういう境地に近づいていくような気がします。それはある意味、倦怠期の夫婦に近いのかもしれませんけど(笑)。
A:でも、ひとつの国を理解するって、ほとんど終わりのない作業ですよね。私のようにノルウェー在住でない者は、情報や新しい動きについていくのに必死です。
H:青木さんは日本にいながらにして、ノルウェーの新聞を購読してチェックしてらっしゃるんですよね。さすが、知識が幅広くて深いと思いますよ。でも、ほんとうにおっしゃるとおりですね。語学も終わりがないと思いますし、私はスウェーデンの社会についても、文学についても、まだまだ知らないことだらけだと日々痛感しています。いまだに驚くこともたくさんあるし。でも、新たな発見がたくさんあって、面白いですね。
5月には、ノルウェーで開かれたノルウェー語翻訳者向けのセミナーに出席してらしたんですよね? どうでしたか?
A:いつもはノルウェーにツッコミ入れる私ですが、手放しで素晴らしいセミナーでした!
オスロ郊外のフィヨルド沿いのホテルに、各国から150人のノルウェー語から母国語への翻訳者が招待されました。主催はNorla(Norwegian Literature Abroad)という団体で、スポンサーはノルウェー外務省です。3日間のセミナーは、外務大臣のユーモアたっぷりのスピーチで始まり、名だたる作家や言語学者なども続きました。他には、様々なジャンルごとのセミナーが開催されました。私は児童文学や絵本、言語事情やミステリーなどのセミナーに参加しました。
ミステリーのセミナーは、ジョー・ネスボの英語翻訳者と、ノルウェーのミステリー作家の対談形式でした。「グロテスクな描写ばかりではなく、ミステリーは社会批判が大事」という主張がいかにも「北欧」という印象でしたね。また、「本当に面白い作品は、まだ翻訳されていない」という言葉を聞いて、「え? 教えてください!」って叫びたい気持ちでした。
また多数の作家が参加するワークショップにも参加しました。いろいろな国の翻訳者と作家が直に意見を交換したり、「ここはどう訳せばいいのですか?」と聞いたりする機会を得て、実り多かったです。
さらにさらに、実際的な催しとして「エージェントカフェ」が挙げられます。大手出版社を中心にエージェントが並び、それぞれ興味のある出版社のエージェントと直接、話したり、作品を見せてもらったりすることができました。やっぱり北欧的だなぁと感じたのは、出版社のエージェントに「こんな作品ありますか?」と尋ねると、「うちからは出てないけど、○○社から出ているよ」と簡単に教えてくれたことです。競争相手というより、横並びで仲良しなんですよね。
いずれにしても、ノルウェーがいかに自国の作品を海外に普及させようとしているかという熱意が伺えるセミナーでした。ノルウェー語はまだまだマイナーですし。もちろん、ノルウェーには潤沢な資金があるからこそ、実現できたセミナーだったと思います。
H:ものすごくうらやましいお話です! スウェーデンもそういうセミナー、じゃんじゃん開催してほしいのですが。しかし潤沢な資金というところでつまずきそうですね……
ミステリーセミナーにて
A:今回こうしてお話して、スウェーデンのことをいろいろ知ることができて面白かったです。やはりスウェーデンとノルウェーは、似ているところも多々あるけど、いろいろな意味で「スウェーデンの方が進んでいる」と感心しましたね。
H:えっ、そういう結論!? ノルウェーもスウェーデンに負けず劣らずミステリーのさかんな、素敵な国だから、日本にももっと紹介しましょう、というところに持っていきたかったんですが(笑)。青木さん、ぜひがんばってください! お願いします。
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今回、日本に住んでいらっしゃる青木さんとはスカイプでお話したのですが、食事の時間を忘れるほど話にのめり込み、気がつけばかなりの時間が経っていて驚きました。
日本での北欧のイメージや、北欧関連ビジネスの数々についてお聞きして、逆にびっくりしたこともたくさんありました。スウェーデンが「イケメン大国」と言われているとうかがって、「はあっ!?」と素っ頓狂な声をあげてしまい、笑われました……。あ、イケメンは実際、たくさんいらっしゃるんだと思いますよ。私に縁がないだけで……
次回はフィンランドに移ります!
青木順子さんのサイト
「ノルウェー夢ネット」http://www.norway-yumenet.com
twitter https://twitter.com/norwayyumenet
ブログ http://norway-yumenet.la.coocan.jp/wp/
◇ヘレンハルメ美穂。スウェーデン語翻訳者。最近の訳書は、ルースルンド&ヘルストレム『三秒間の死角』、セーデルベリ『アンダルシアの友』など。スウェーデン南部・マルメ近郊在住。ツイッターアカウントは@miho_hh |