翻訳者のなかには、「陸軍と海軍で Captain と Lieutenant を訳し分けるだけでも手間なのに、なぜ英国空軍(RAF)はこんな面倒臭い階級名を使っているのだろう」と疑問に思われたかたもおられるだろう。

 陸軍航空軍をルーツとするアメリカ空軍が陸軍時代の階級名をそのまま踏襲したのに対し、英国空軍は Squadron Leader とか Pilot Officer とか、階級なのか役職なのかわからないような階級名を使っている。そこには世界最初の空軍の誕生にまつわる物語が隠されているのだ。

 二十世紀初頭、イギリスでは陸軍と海軍がべつべつに細々と観測気球の運用や飛行船の実用化に取り組んでいた。しかし、ドイツがツェッペリン飛行船をつぎつぎに建造し、フランスのブレリオが飛行機でイギリス海峡の横断に成功すると、世論に押されるようにして1912年、陸海の両部門と飛行学校からなる王国航空隊(RFC)が創設される。少ない予算を効果的にというやつだ。

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 ところが、意見のちがいから海軍は第一次世界大戦直前にRFCを飛びだして海軍航空隊(RNAS)を作ってしまい、RFCは事実上、陸軍の航空隊になってしまった。でも、戦争をやってみるとやっぱりべつべつに飛行機の調達や運用をやるのはむだだ。そこで、1918年、陸海を統合した王国空軍(RAF)が誕生する。そして、前回の反省をふまえ、陸軍とも海軍ともちがう独自の色の制服と階級名を採用したのである。制服のスタイルは陸軍型を採用し、階級章は海軍風になった。つまり面倒臭い階級名は英国式気配りの結果というわけだ。(写真はイギリス軍の3軍の大尉の階級章。左から陸軍、空軍、海軍。)

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 このとき採用されたのがいまや世界中の空軍の制服の色ともなっている薄いブルーグレーで、一説にはロシア革命でいらなくなった帝室近衛兵の制服生地の在庫を転用したものとか。この色が当時使われていたシラミ駆除剤の色に似ていたというので、空軍将兵にはcrab(シラミ)のあだ名がつく。(写真は第二次世界大戦中の王国空軍の中尉(Flying Officer)の制服。)

 こうして王国空軍ができたため、1920〜30年代の英国海軍の空母にはネイビーブルーではなくブルーグレーの制服を着た飛行士が乗っていた。でも、空軍のなかでは艦隊航空隊(FAA)は日陰者の存在で、結局、1937年、海軍はFAAを自分のものにしてしまう。英国式気配りでも溝は埋まらなかったのである。

 なお、インドやパキスタンなどイギリスの旧植民地やイギリスの影響が強かった国はいまでもRAF式の階級名と階級章を採用しているから、注意してみるとおもしろい。

(写真も筆者)

村上和久(むらかみ かずひさ)1962年生まれ。ミステリ&ミリタリー両分野で翻訳に従事するかたわら、北島護名義で軍装関係の翻訳も手がけ、現在「ミリタリー・クラシックス」誌で連載中。最近刊はフォーデン『乱気流』

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