サッカーなどのチーム・スポーツでキーマン的存在のことを「〇〇の司令塔」と呼ぶことがある。誰がいいだしたのかは知らないが、司令塔(conning tower)といえば、軍艦で指揮に必要な要具や操艦に必要な舵輪などを特に分厚い装甲板で囲い、敵弾が命中しても艦の指揮や操艦が不能にならないようにしたものをいう。

 鋼鉄船の登場によって誕生したもので、当初は西洋式の指抜き(thimble)か釣り鐘のような格好をしていたので塔と呼ばれたのだろう。司令塔には防御のため小さな窓しか開いていないから、当然見晴らしは悪く、そのためその上部に艦橋がもうけられるようになった。そして時代とともに航海艦橋、羅針盤艦橋などが付け足され、軍艦は何階建てもの大きな艦橋構造物を持つようになっていく。戦艦大和も、あの巨大な艦橋構造物の中ほどに司令塔をそなえているのだ。

(現存する戦艦三笠の司令塔の写真へのリンクを張っておく。ただし戦後作られたレプリカだが。http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/map/bridge.html#sirei

 ところが、潜水艦のあの上に突きだした部分のことを司令塔と勘違いしている人が意外に多い。しかも、英米でも conning towerとまちがって呼んでいたりするから厄介だ。

 その形状から英語では sail(帆)とか fin(ひれ)とか呼ばれるが、あのなかには水上航走時に使用する艦橋と艦内に降りる昇降筒、潜望鏡の筒、通常型潜水艦の場合にはスノーケル以外、空っぽで、水密区画にもなっていない(潜航中は水が入る)。潜水艦の指揮や操舵のための装置はすべて発令所(control room)と呼ばれる耐圧船殻(内殻)内の区画におさめられているのである。

 ただし、第二次世界大戦ごろの潜水艦には司令塔と呼ばれる戦闘指揮所があった。これは発令所の上、sailのなかにもうけられた耐圧船殻で、おもに攻撃時に使われた。この司令塔が sail のなかにあったせいで、sail と司令塔の混同が起きたともいわれる(わたしは「塔」という響きがいけないのだと思うが)。だからUボートものなどを訳すときは注意が必要だ。

(拙訳書『Uボート113 最後の潜航』。著者のマノックがよく調べているので、ちゃんとsailと司令塔が区別されていた。)

 さて、このsailの正しい呼びかただが、海上自衛隊では米海軍にならって「セイル」といっている。戦前や艦船マニアは艦橋、あるいはトップの艦橋と区別したいときには艦橋構造物と呼んでいるようだ。

村上和久(むらかみ かずひさ)1962年生まれ。ミステリ&ミリタリー両分野で翻訳に従事するかたわら、北島護名義で軍装関係の翻訳も手がけ、現在「ミリタリー・クラシックス」誌で連載中。最近刊はフォーデン『乱気流』

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