翻訳昔話(その3)——ミステリ忘年会

 翻訳の世界に入ってからの年月を振り返るとき、年末恒例のミステリ忘年会の話を抜かすわけにはいかない。

 もともと、早川書房の編集部主催みたいな形で、地下のレストランに少人数が集まって忘年会らしきものをやっていたのだが、四年目に「今年は中止」という噂が流れた。そんなある日、翻訳者仲間のNから電話があった。

「せっかくこういう機会が持てるようになったのに、やめちゃうなんてもったいないよ。みんなに声かけて、今年も集まらない?」

 というわけで、二人であわてて会場探しをして、とりあえず、神楽坂に昔あった〈タゴール〉という店を確保した。ところが、参加人数が予想を大幅にうわまわったため、狭い店内は身動きもできないほどの混雑で、そこに煙草の煙が加わって、あちこちから「酸欠になる!」という悲鳴があがったほどだった。

 以来、十一月がくるたびに、前の年より広い会場探しに追われることとなった。ところが、みなさんに案内状を送ると、予想をうわまわる出席の返事がくるわ、噂を聞きつけた人たちからの参加の連絡もあるわで、忘年会当日はまたしても酸欠状態+料理不足になってしまう。青山、天王洲アイル、恵比寿。いろんなところを転々としたものだ。

 あれはたしか恵比寿のときだったと思う。会も終わりに近づき、やや閑散としてきた店内で、わたしは若手翻訳者の可愛いTさんとしゃべっていた。

「十年も忘年会の世話役をして、そろそろ疲れてきた。誰か交代してくれそうな人、いないかなあ」

「わたしでよかったらやりますよ」

 えっ! 幻聴かと思った。Tさんが天使に見えた。気の変わらないうちにと、その場で頼みこんだ。翌年はTさんを初めとする若手美人グループが会をとりしきってくれた。以後、何人の方たちが幹事をやってくださったのだろう。みなさん、お疲れさまです。あ、田口先輩、乾杯の音頭を毎年ありがとうございます。

 昨年、久しぶりに忘年会に顔を出した。何人かのなつかしい人たちと再会できた。おっちょこちょいのNとヤマモトが勢いで始めてしまった会が、こうして何年も続いていることに感動した。

山本やよい(やまもと やよい)1949年岐阜県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒。主な訳書/サラ・パレツキーのV・I・ウォーショースキー・シリーズ。ピーター・ラヴゼイのダイヤモンド警視シリーズ。最近はメアリ・バログのロマンス物に挑戦。

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