みなさまこんにちは。毎日暑くて大変ですね。節電もだいじですが、熱中症にはお気をつけください。

 先日翻訳ミステリー大賞シンジケート事務局の方から教えていただいたのですが、前回の『狼殺し』の原稿アップ後、シンジケートのサイト経由でamazonの古書が五冊売れたそうです! え、それは親切で心の広い慈愛に満ちた神様のような方々が、私の記事を読んで興味を持ってくださったということ……? 大変うれしいお知らせでした。ありがとうございます! 今回の課題は我が社の本、ということで、こちらも頑張って書けば少しは売り上げにつながるのかしら? と思ったり思わなかったり本音を言えばちょっと期待しちゃったりしてるんですが、欲を出すのはいかんと思うのでいつもどおりのテンションで書きたいと思います。

 さて、そんな今回の作品はH・R・ハガードの『ソロモン王の洞窟』です! 

 ◆あらすじ◆

 ソロモン王の時代から、暗黒大陸アフリカの奥地に眠り続けるという莫大な財宝を求めてカーティス卿とアラン・クォーターメンの一行は、一枚の地図をたよりにして出発した。砂漠の焦熱地獄を乗り越えてようやくソロモン街道にたどり着いた一行を待っていたのは……。雄渾な筆致と奔放な想像力で描く不滅の秘境大冒険小説!

(東京創元社ホームページより)

『ソロモン王の洞窟』は1972年初版刊行の本ですが、未だに版を重ねているロングセラーの作品です。ちょうど編集部に初版本があったのでそのまま読みましたが、訳文もすごく読みやすく、いろいろな味わいのある面白い本でした。

 物語は著名な探検家アラン・クォーターメンのところに、英国の貴族ヘンリー・カーティス卿が訪ねてくるところから始まります。ヘンリー卿は行方不明の弟を探して莫大な財産が眠っているというアフリカの奥地へ行くつもりで、経験豊かなクォーターメンに案内を頼んだのでした。この作品はクォーターメンさんの回想記という形式で、彼らの冒険をあますところなく描いています。

 読み始めてまず、好きだな〜と思ったのが、波瀾万丈な展開です。クォーターメン一行は旅の途中でさまざまな困難にぶつかります。灼熱の砂漠で一滴の水も飲めなくなってしまったり、ライオン狩りの最中に仲間が死んでしまったり。怪しげな魔女のような老婆がいたり、残虐な殺戮を繰り返すアフリカ原住民の王様と戦ったり。そのような異国情緒(?)あふれる出来事がいかにも「秘境冒険!」という感じで、読んでいてとてもわくわくしました。まぁインディー・ジョーンズの世界ですよね。やっぱり頼もしい仲間が集まって伝説の秘宝を求めて旅をするというのは、王道かつ魅力的だなーと思いました。

 そして特筆すべきは展開の早さだと思います。この作品、本文だけで 332ページなのですが、そうとは思えないほど濃密な冒険が描かれています。面白さの要素がぎゅぎゅっと詰まっている感じで、さくさく展開していきます。回想記という書き方のせいもあって、登場人物の心理描写が少ないです。何か起こったらすぐまた次、というように出来事が羅列されています。思うに、ハガードさんは想像力が豊かすぎて、一つの要素や場面を掘り下げて深い描写をするより、頭に浮かんでくることをどんどん書いていくほうが好きだったのではないでしょうか。訳者の大久保康雄先生による解説にもありますが、「つねに空想がペンに先行する」のだと思います。

 それゆえ、読むひとによっては「物足りない」とか、「話の構成(プロット)しか描かれていない」と感じる方もいると思います。しかし私は、展開が速く要素が詰まっているために、逆に単純な物語展開の面白さがストレートに伝わってくるなと感じました。変なたとえで恐縮なんですが、骨格標本的な美しさを持つ作品というか……。いろいろな場面を肉付けしたり、登場人物の心象をこまやかに描写して重厚な物語に仕上げることも重要ですが、そのためには基本の構成がしっかりしていなければいけないと思うのです。ハガードさんの作品はそれがものすごくきちんとしていて、安心して面白く読めます。登場人物に深く感情移入したりはできないのですが、それでも面白いのは、やはり豊かな想像力に支えられてプロットがきっちりできているからだと思います。筋肉がなくても骨格標本はきちんとしていて美しい、そんな感想を持ちました。

 あとは登場人物もいいですね〜。こう、お約束のように「秘密を持った謎の人物」が旅の仲間になっているのも好印象でした。「このひと絶対何かあるな!」と思って、それが的中したときのうれしさったらないですね。むふふ。あと語り手のクォーターメンさんのミョーに現実的なところが好きです。洞窟に閉じ込められて絶体絶命! というシーンがあるのですが、そこで脱出できるかもしれないという希望の光が見えたとたんに、そこらへんにあるダイヤモンドをポケットに入れて持ち帰ろうとするんですよ! いや、確かにダイヤだいじだよ、でもその前に取りあえず脱出しようよ! と思わずツッコミを入れてしまいました。「私だって、価値のあるものは、持ち去る機会がすこしでもあるかぎり、絶対にあとには残さないということが、長いあいだの習慣から第二の天性になっていなかったら、ダイヤをポケットにねじこむようなさもしいことはしなかったにちがいない」とかなんとか、言い訳してますけど! そのほかにも、アフリカの原住民をいいくるめるシーンも大好きです。銃を知らない人々に「これは魔法の道具だ!」と思わせたり、日蝕を利用して予言の力を信じ込ませたり。クォーターメンさん、意外と演技力ある! まぁそれくらい機転がきかなきゃ探検家なんてやってられないのでしょう。ううむ、嘘がすぐ顔に出る私には無理だなぁ……。スパイも探検家も、冒険小説に出てくる職業は大変そうです。

 あともう、ヘンリー卿、ヘンリー卿が!!!(机をたたく)わたくし、先ほど「登場人物に深く感情移入したりはできないのですが」と書きましたが、それ間違いでした。めっちゃヘンリー卿に感情移入しちゃったよ!! このひと、行方不明の弟を探して旅に出るのです。ひどい喧嘩をして出て行ってしまった一文無しの弟を探しに行くなんて……。うう、わかります、下のきょうだいって手がかかるけど見捨てられないんですよね〜。「血は水よりも濃い」というのは真実だ! 私も下に手のかかる妹がいましてね……。「ああもうふざけるな!! 追い出してやる!」って思うときが何度も何度も何度もあるんですけど、結局はほだされてしまうんですよね……。うう、しょうがないけど連れ戻しに行くか、っていうヘンリー卿の気持ちはすごくよくわかる! でも私は妹のために秘境には行けないな! ヘンリー卿えらい!! ……すみません、長女のセキララな本音が漏れました……。

 というわけで、『ソロモン王の洞窟』は秘境冒険の魅力たっぷり、展開の妙も味わえて、おまけにうるわしい兄弟愛もあるというすてきな作品でした。絶賛発売中ですので、ぜひお手にとっていただけるとうれしいです!

【北上次郎のひとこと】

『ソロモン王の洞窟』は秘境冒険小説の傑作で、発表から百年たってもまだ色あせないのは素晴らしい。現代の作品で、百年後も読まれているものがあるだろうかと考えると、敬服に値する。そこでもう一例、ヴィクトリア朝冒険譚の典型である『ゼンダ城の虜』を読まれたい。こちらは百年たつとわかりにくい箇所があるかもしれないが、19世紀末に書かれた傑作である。

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