第22回 3人のクルト・ヴァランダーと4人のマルティン・ベック

『ミレニアム』三部作のスティーグ・ラーソン(お亡くなりになったのが残念)、『催眠』『契約』ラーシュ・ケプレル『悪童』などのエリカ&パトリック事件簿シリーズカミラ・レックバリなど、今、スウェーデン・ミステリが盛り上がってるなあ、……などと思っていたところに、その隣国であるノルウェーで凶悪な大量殺人事件が起こってしまったこと、そして(犯人があきらかに常軌を逸していることは明白すぎるものの)その背景に移民問題/人種問題が潜んでいることには、正直、驚かされました。

 スウェーデン、デンマーク、ノルウェーといった北欧諸国のイメージというと、手厚い福祉政策、ノーベル賞、氷河もあるヨーロッパの北の果て、等々といったキーワードが浮かんできます。そこから、ついなんとなく、牧歌的で平和な成熟した社会を思い浮かべてしまっていた日本人は、私だけではないのでは?

 でも、そんなイメージのわりには、ミステリで描かれるのは国家的な陰謀だったり、サイコパスによる残虐な凶行だったりするわけで、やはりその背後には、アメリカや日本と変わらない、さまざまな問題を抱えた近代国家の姿があったということなのでしょう。

 今回は、そんな現代北欧を取り巻く問題から生まれた怪事件を縦糸に、一人の刑事の悩み多き人生を横糸に描かれた傑作ミステリ・シリーズを取り上げることにしました。

 それが、上記の作品群と並んで、日本でもついに人気がぐんぐん上がってきている、ヘニング・マンケルクルト・ヴァランダー警部シリーズです。

 主人公のヴァランダーは、奥さんと離婚して鬱々してるし、酔っ払いだし、泣き虫だしと、なんとも情けない、もとい、人間くさいおじさん。

 この、人間味溢れるおじさん刑事が、毎回、田舎町にはそぐわない凶悪な犯罪に立ち向かうのが、このシリーズの読みどころ。

 事件の背景には、前述した現代のスウェーデンが、というより、現代社会が抱える問題が大きく影を落としているのですが、それを真正面から受け止めて、ヴァランダーが我々読者に代わって存分に嘆き節を聞かせてくれるところが、このやたらと暗い物語の、救いであり魅力でもあったりします。

 全10作+番外編のうち、すでに7作目までが翻訳されているこのシリーズ、全巻完結が待ち遠しいところです。

『殺人者の顔』(1991)
『リガの犬たち』(1992)
『白い雌ライオン』(1993)
『笑う男』(1994)
『目くらましの道』(1995)
『五番目の女』(1996)
『背後の足音』(1997)
Brandvagg (1998) 未訳
Pyramiden (1999) 未訳
番外 Innan frosten (2002) 未訳。娘のリンダが主人公で、クルトは脇役。
10 Den orolige mannen (2009) 未訳

 そして、このクルト・ヴァランダー警部シリーズを、イギリスのBBCテレビがドラマ化したのが、「刑事ヴァランダー」です。

 主人公のクルト・ヴァランダーを、映画『ヘンリー五世』『ハムレット』などでお馴染みの、名優にして映画監督兼脚本家でもあるケネス・ブラナー(最新監督作は『マイティ・ソー』だったりするところがお茶目)が、渋く、そして、情感たっぷりに好演しています。

 イギリスのドラマなんで、みんな英語でしゃべってるんですが、完全スウェーデンロケで、設定も含めて原作通りなところがすばらしいです。

 1話90分なので、長い原作をかなり切り詰めてはいるのですが、主人公であるヴァランダーの捜査と彼の心情に焦点を絞った脚色と演出は「お見事」の一語に尽きます。

 ただし、原作とは物語の順番が全然違うので、原作ファンはちょっととまどうかも。

 内容は以下の全6作。日本でもDVDが発売中。必見ですぞ。

「目くらましの道」
「混沌の引き金」Brandvagg の映像化)
「友の足跡」『背後の足音』の映像化)
「殺人者の顔」
「笑う男」
「五番目の女」

 実は、スウェーデン本国でも、このシリーズは映像化されています。

 日本でもCATVで放送されたのが、ロルフ・ラッセゴードがヴァランダーを演じている「スウェーデン警察クルト・ヴァランダー」。ラッセゴードはブラナーよりはかなりごついおじさんで、お世辞にもハンサムとは言い難いですが、逆に原作のイメージには近いかも。

 原作全10話中、最終話を除く9話を映像化しているのですが、ただし日本のケーブルテレビでは「殺人者の顔」「リガの犬たち」「笑う男」「ファイアーウォールBrandvagg の映像化)」「苦い過去Pyramiden の映像化)のみが放送されている模様です。

 そしてもう1作、最近では、クリステル・ヘンリクセンがヴァランダーを演じるユニークなシリーズ、 Wallander もスウェーデンで作られました。

 どこがユニークかというと、第1話のみ Innan frosten (原作は上記のとおり、娘のリンダが主役のシリーズ番外編)を映像化、あとは完全なオリジナルストーリーで展開しているのです。こちらは全26話と話数も多く、スウェーデンでは大人気だとか。日本でも放映して欲しいですね。

 さて、スウェーデンを舞台に、現代社会の持つ問題を背景として、次々に起こる難事件を刑事が追う、といえば、推理小説ファンにとっては、マイ・シューヴァルとペール・ヴァールーマルティン・ベック・シリーズが忘れられないことでしょう。

 ヴァランダー警部シリーズが1990年代のスウェーデン社会の様子を活写しているように、マルティン・ベック・シリーズは1965年から75年にかけてのスウェーデンの姿を、ミステリの形を借りて描きだした傑作シリーズであり、ヴァランダーはもちろんのこと、(エド・マクベイン87分署シリーズ(1956〜2005)と並ぶ)現代的な警察小説の嚆矢とも呼べる記念碑的作品なのは、今さらくどくどと言うまでもないでしょう。

 全10作のリストは以下の通り。

『ロゼアンナ』(1965)
『蒸発した男』(1966)
『バルコニーの男』(1967)
『笑う警官』(1968)
『消えた消防車』(1969)
『サボイ・ホテルの殺人』(1970)
『唾棄すべき男』(1971)
『密室』(1972)
『警官殺し』(1974)
10 『テロリスト』(1975)

 ちなみに、このマルティン・ベックシリーズも何度も映像化されています。

 70年代には、舞台をアメリカに移し、ウォルター・マッソーがベックに扮したアメリカ映画「マシンガン・パニック」『笑う警官』の映像化)や、本国スウェーデン製作の「刑事マルティン・ベック」『唾棄すべき男』の映像化)がありました(こちらは、カール・グスタフ・リンドステット主演)。

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 ですが、なんといっても現時点での決定版は、ヨースタ・エクマン主演のスウェーデンのテレビシリーズ、「マルティン・ベック」でしょう。

 舞台を現代(1993〜94年)に移し替えてはいるものの、原作の骨子を見事にそのまま映像化した、緊迫感溢れる傑作になっています。最終話のみ、オリジナルストーリーになっていて、原作ファンもドキドキする展開になっているところもおもしろい試みでしょう。

 内容は以下の全6話。「マシンガン・パニック」「刑事マルティン・ベック」同様、日本でもDVD化されているので、未見の方はぜひ。

ロゼアンナ
消えた消防車
サボイホテルの殺人
バルコニーの男
警官殺し
ストックホルム マラソン(オリジナルストーリー)

 さらに、マルティン・ベックものには、もう一つ、ペーター・ハーベル主演の「刑事マルティン・ベック」というテレビシリーズがスウェーデンで製作されています。

 こちらは、現代に舞台を移し、完全オリジナルストーリーで展開しており、97年から2009年まで断続的に製作されて、全部で20話を超しています(ただし日本ではCSで8話のみ放送)。

 てことは、スウェーデンのテレビじゃ、ベックとヴァランダーが同時代の人になっちゃってるんですね(笑)。

 とにかく、スウェーデン・ミステリの人気が上がっている今こそ、日本でもマルティン・ベックシリーズの再評価を! 『笑う警官』以外は古本じゃないと入手できないというのは、あまりにも不幸です。

 とか書いてたら、今度はロンドンが暴動で大変なことに! ううむ、ヨーロッパはどうなっちゃってんでしょう?

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

刑事ヴァランダー DVD・Blu-ray 予告編

http://gyao.yahoo.co.jp/player/00928/v00014/v0000000000000000017/

AXNミステリー「刑事ヴァランダー」のページhttp://mystery.co.jp/program/wallander_uk/

AXNミステリー「スウェーデン警察クルト・ヴァランダー」のページhttp://mystery.co.jp/program/wallander/

Super!dramaTV「刑事マルティン・ベック」のページhttp://www.superdramatv.com/line/martin_beck/

〔筆者紹介〕堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。

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